11話 観測開始:2年220日目-2 / 再訪
エデンがそう伝えると、レイラが驚いた顔で聞き返す。
「突然どうしたの?」
脳裏を焼くのは、無力だった自分への残像。銃口の黒。染み渡る血の赤。崩れ落ちる涼花のシルエット。何も出来ず、ただ観測することしか許されなかったあの瞬間が、今、目の前の危険と重なる。
「私はもし……もし、身近に危険があるのなら、アリシア様の盾となりたいのです」
「そう……エデンちゃん、アリシアちゃんを守れるようになりたいの」
「はい。それが必要であるのならば」
「それは、そうね……確かに、身を守る術はあった方がいいとは思うけれど……」
レイラは口ごもると、困った顔でディーンを見た。そちらを確認すれば、ディーンもなんとも言えない表情でエデンを見ている。
「エデン。お前、どうやって戦うつもりだ?」
「え?」
「いや……だって体が無いしな」
指摘されて、今の体が質量を持たない事を思い出す。アリシアの中にいて、どうやって戦うというのか。
「そ、そうでした……」
エデンの気落ちした声に、レイラとディーンが困ったように顔を見合わせた。どうしたらいいのか分からないのは、二人も同じだ。少しの空白の時間が流れると、レイラに抱かれていたアリシアが「ふぁ~」と大きなあくびをした。
「あら、アリシアちゃん、眠くなっちゃったのね」
「……まあ、もしかしたら良い方法が思いつくかもしれない。アリシアを寝かせるか」
そう言って席を立つと、リビングからつながる扉を開ける。するとそこは、以前アリシアとレイラが過ごしていた小部屋だった。一人用だったベッドは無くなり、余裕を持って3人で寝られる大きなベッドが部屋のほとんどを占拠して置かれている。
アリシアをベッドに寝かせると、ディーンがそういえばと口を開く。
「エデンは寝るのか?」
「いえ、私に睡眠は必要ありません。アリシア様の様子を見守っています」
「そっか……おれ達ももう少ししたら寝るけど、リビングにいる。何かあったら呼んでくれ」
「エデンちゃん。アリシアちゃんのこと、よろしくね」
そう言うレイラは、どこか嬉しそうにしながらエデンに手を振った。アリシアの事を任せてもらえる。その事が、エデンにとっても嬉しかった。
「はい。ママ様、ディーン様。お任せください」
「なあ、エデン。そう堅苦しくなくて良い。俺のこともパ――」
「エデンちゃん、また会えて本当にうれしい。これから一緒にいられるのね」
今何かディーンが言おうとしていたが、いいのだろうか? そう思いつつ、エデンも自分の思いをレイラに伝える。
「はい。私も嬉しいです」
「ふふ。これからの毎日が楽しみね。それじゃあ、また後でね」
レイラはディーンの背中を押して部屋を出ると、扉を閉めた。そのままリビングに戻ると、キッチンに向かってハーブティーの入ったポットとカップを手に取った。
「……『知性あるスキル』、か」
リビングに戻り、ディーンがテーブルに肘をつきながら呟いた。レイラは彼のカップに静かにハーブティーを注ぎ、その隣に座る。二人の顔から、先程までの柔らかな表情は消えていた。
「ええ。やっぱり、夢じゃなかった。……でも、問題だわ」
「まあ、そうだな」
ディーンは相槌を打つと、カップに口をつけた。熱い液体が喉を通り過ぎるのを待ってから、言葉を続ける。
「リスクが無くなったわけじゃない。むしろ、増えたかもしれん」
ディーンはふーっと息を吐くと、背もたれに体を預けた。その重さにギギッと椅子が声を上げる。レイラから話は聞いていた。まるでおとぎ話のような、娘の命を救った『ギフトスキル』。唐突に現れ、たった1日で消えてしまったもう一人の娘の話。信じたいと思いつつ、どこか信じきれなかったディーンにとって、今日の出会いは衝撃だった。
「エデンの意識が戻らなかったのは、残念ではあったがある意味都合が良かった。リスクが無かったからな」
エデンが目覚めたのは喜ばしいが、手放しでは喜べない。本当に『知性あるスキル』なら、考えないといけない事はいくらでもある。ディーンが目を細めて考えをまとめていると、レイラは悲しそうな顔をして口を開いた。
「そんな顔しないで。私達の娘よ」
「そうだな、悪かった」
そうだ。例え出会ったのが今日初めてだとしても、エデンはアリシアの『ギフトスキル』。この2年間一緒にいた娘だ。ディーンは頭を切り替えると、何度も聞かされた事を確認する。
「エデン、魔力操作が出来るんだろ?」
アリシアの魔力不足をそれで解決したはずだ。そう確認すると、レイラは首を横に振った。
「ただの魔力操作じゃない。信じられない精度よ。髪に魔力を流すなんて、私でもできない」
レイラにも出来ない。その言葉にディーンの眉がピクリと動いた。
「それは、そんなに凄いのか?」
「ええ。こんな細いところに魔力を通すなんて。私がやろうとしたら、束ねた髪を1つの物質と捉えて、大まかに通すことぐらいしかできないわ」
「悪い、その凄さがいまいちピンとこない」
ディーンはレイラほど魔力操作が得意じゃない。いや、苦手と言った方がいいだろうか。自分に比べればほとんどの人が魔力操作が上手い事になるだろう。だがその中でも、エデンの技量がとびぬけた物であることは理解できた。ディーンの反応がいまいちな事を見て、レイラは「じゃあ」と次の話に移る。
「今アリシアの魔力、10歳くらいの子供と同じくらいあるの。もちろん個人差はあるけど」
「おい、まだアリシアは3歳にもなってないんだぞ?」
「体中を余す事なく魔力が循環してる。それも常にね。器の広がりが早すぎる」
「……参ったな」
これも本来なら喜ばしい事のはずだ。魔力が多いのはそれだけで役に立つこともある。素直に喜べないのはエデン自身の問題ではなく、周りの問題だ。
解決できない問題に匙を投げつつ、ディーンの頭の中で出会ってからの会話が思い出される。丁寧な口調とアリシアを第一に考える言動。ある意味分かりやすいのかもしれないと思いつつ、ふと気になった事を口にする。
「……エデンのやつ、魔物について知らなかったな」
「魔力の事も知らなかったわ」
「『知性あるスキル』はなんでも知っている、そんなもんだと勝手に思ってた。だけど、違うのか」
「でもとても賢い。理解力があって、何よりアリシアの事を大切に思ってる」
「……新しい知識を身に着けられるってことは、成長していくのか」
『知性あるスキル』について知っている事は無いに等しい。分かっているのはその希少性と眉唾とも思える有能さだ。だけど、後者は想像と少し違っていた。
「『戦い方を教えてください』……か」
唐突に伝えられたその願いに、どう答えるのが良いか迷ってしまった。レイラも悩ましい顔をして「どう思う?」と意見を求めるが、ディーンの考えは整理できた。
「俺は賛成だ。エルフの姫さんのこと、聞いてるだろ?」
「うん。200年前に『知性あるスキル』だったと確認されている、最後の人よね。フィフィから教えてもらったけれど」
「彼女の張った結界、今もエルフの里を守り続けてるらしい」
実際に見たわけではないが、噂が自然と世を駆け巡る。それほどの大魔法。
「けれど、その方は……」
そう言って視線を逸らしたレイラに、ディーンはうなずいた。
「そうだ。それは避けたい」
エデンの体をどうすればいいかは検討もつかない。だけど、身を守る術を身に着けた方が良いのは間違いない。だが自分達だけで上手く導けるのか、それも明確な答えは出ない。
「もう少し目覚めが早ければな」
「そうね。シエル達がちょうど来てくれてたけど」
「2年は戻らない。手紙にもエデンのことは、うかつに書くわけにはいかないしな」
2月ほど前に来てくれた仲間は、次の依頼があるからと行ってしまった。数少ない信頼できる奴らだ。レイラも同じような事を考えていたらしく、乗り気ではない様子で口を開く。
「やっぱり……一度帰った方がいいかしら」
「今はまだ無理だ。長旅になる。せめて5歳くらいになってからだな」
危険な世の中だ。そんな中、子供二人を連れての旅なんて出来はしない。
「なんにしても、まずは一緒の生活に慣れないとな」
「エデンちゃんは良い子よ。きっと大丈夫」
「これも育児の一環か? バレるのはまずいが、家の中に引きこもらせるのもよくないかもしれん」
「そうね。一緒に村の中をお散歩する? 家族みんなで」
レイラがそう言って口元を緩めると、引き締まっていた空気が和らいだ。ディーンも合わせるように肩の力を抜いて口を開く。
「そうだな。俺のこともパパって呼んでくれないかな?」
「エデンちゃんにそう言えばいいじゃない」
レイラがなんてことないように言ったのを受けて、ディーンは恨めしそうな顔で見つめ返した。
*********
レイラとディーンは30分ほどで寝室に戻って来た。
二人はアリシアを挟むように横になり、3人で川の字で寝ている。
窓が閉められ灯の消えた部屋で、エデンは一人思考を続けていた。
(そうです、ここは地球ではありません)
レイラとディーン、二人は身近に危険があるのを、当たり前として受け入れている。
きっとそれがこの世界の当たり前で、ズレているのはエデンの方なのだろう。だけど、わずかな危険もエデンにとっては見過ごす事ができない。
(情報が必要です。アリシア様の為にも)
思考に涼花の顔が浮かぶ。残念ながら、中身はとぼけた立ち振る舞いのキューレだが。
2年の月日はアリシアの魔力を確かに増やしたようだ。エデンの中の魔力は、以前の数倍確認されている。今なら起動に問題はないだろう。
(ワールドライブラリ、起動します)
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[REQUEST] アプリケーション『ワールドライブラリ』を起動
[CONNECTING] 対象領域:『ワールドライブラリ』に接続...
[LAUNCHING] アプリケーション『ワールドライブラリ』...
[SUCCESS] 接続を確立しました。
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