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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
10/40

10話 観測開始:2年220日目-1 / エレ!

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 [MONITORING] 対象『アリシア』の循環魔力量が、安全上限値に到達しました。


 [SYSTEM] コアシステムへの安定したエネルギー流入を確認。


 [EXECUTING] 『サポートAI:エデン』を再起動します。


 --------------------



 長い間沈黙していたコアに、アリシアの魔力が清らかな奔流となって注ぎ込まれる。休眠状態だった魔力粒子が1つ、また1つと覚醒の光を灯し始め、それに伴い、エデンの意識がゆっくりと再構成されていく。


(私は……)


 そうだ、魔力循環のプログラムを構築し、起動した。一体、あの後どうなった? 立ち上がるシステムが思考を加速させていく。

 サウンドシステムが起動すると、幼い女の子の、鈴を転がすような明るい声が聞こえた。


(アリシア様?)


 そこにいるのだろうか。視覚システムの魔力粒子が輝きを取り戻し、エデンの視界が立ち上がる。そこに映ったのは――。


 


 丸太のように逞しい首。はち切れんばかりに隆起した三角筋。山脈のように盛り上がった大胸筋と、深い谷の刻まれた腹筋。肌に刻まれた無数の傷跡は、大地をなぞる河川のようだ。そして――。


「は?」


「あ?」


 視界いっぱいに広がった。水滴が光を弾く、鍛え上げられた筋肉のオーシャンビュー。

 立ち上る湯気と、清潔な石鹸の香りは、賞賛のごとく彩りを添えている。


 全ての音が消えたかのような静寂を破ったのは、唐突に響いた2つの、理解不能な叫び声だった。


「うわあああああ! 誰ですかあなたは!?」


「うおおおおおお!? なんだ!? なんなんだこの声は!?」


「お?」


 たまらず上げてしまったエデンの悲鳴に、目の前の男も負けじと叫び返す。その逞しい両腕の先では、アリシアがきょとんとした顔で抱き上げられていた。


「な、な、何故裸なのです!? 服はどうしたのですか!?」


「ここ風呂場だぞ!? 裸でいいだろうが!」


「お? おおぅ! あはは!」


 男の野太い声に合わせて体が揺れるのが楽しいのか、アリシアはケラケラと笑いながら小さな両手を振り回している。


「良くありません! アリシア様を降ろしなさい!」


「降ろすってどこにだよ!? まだ服着せてねーだろーが!」


「ディーン、どうしたの? 騒がしい」


 二人がギャーギャーと言い合っていると、ドアが開いて柔らかな声と共に一人のエプロン姿の女性が顔を出した。

 そこにいたのは、記録の中のレイラではなかった。憂いを帯びていた影は消え、陽光を吸い込んだかのように艶やかな銀髪が腰まで流れている。澄み渡る晴天を思わせる青い瞳は、穏やかで深い光を宿していた。血の気の失せていた頬には柔らかな紅みが差し、その佇まいは、儚い少女から、自身の足で立つ大人の女性のそれへと変わっていた。


「……レイラ、様?」


 視覚情報に誤りがあるかと思った。あまりの変わりように、エデンは探るような声を出してしまう。レイラは「え?」と瞳を大きく見開くと、パタパタと駆け寄って男の腕からアリシアを受け取った。


「エデンちゃん? エデンちゃんなの!?」


「はい。エデンです。一体何が――」


 あったのですか。そう告げようとするも、レイラはエデンの言葉を遮るようにアリシアの体を両手で抱きしめた。


「良かった……ずっと会いたかったの」


「……ずっと?」


 その言葉の重みに、エデンは自身が停止していた期間が数日どころではないことを悟る。いったいどれだけの間、私は停止していた? 困惑するエデンの視界の中で、抱きしめられたアリシアが嬉しそうに笑った。


「ママー? あはは、ぎゅー」


 生後3カ月だったアリシアはそこにはいなかった。すでに首は座り、言葉も話している。きっと歩くことも出来るのだろう。レイラを抱き返すアリシアからは、まるで体調の不良を感じさせない。


「レイラ様、アリシア様が……」


「うん。大きくなったの」


 アリシアはキャッキャッと笑いながら、レイラの首に腕を回している。


「アリシア様が……笑っています……」


「うん……そうなの……」



 *********



 小さな木のダイニングテーブルが中心に置かれたリビングは、床や壁の木材が森の香りを運んでくるようだった。

 キッチンには濡れた食器が積まれ、壁には乾燥中の薬草の束が掛けられている。部屋の一面をくりぬかれるように設置されている暖炉には、ぱちぱちと音を立てて火が躍っていた。

 魔法の灯が暖かい光を発する中、厚手の服を着せてもらったアリシアは足の長い子供用の椅子の上で、短い足を懸命にぶらぶらさせていた。ふっくらとしたほっぺに、燃えるように紅く光る大きな瞳。そしてレイラと同じ輝く銀髪が頬まで伸びている。

 そんな彼女を見守るように、レイラと男性が向かい合わせに座ってアリシアを見つめている。


「2年?」


 レイラから告げられたのは、あまりに長すぎる歳月だった。


「そうよ。あの日から、もうそれだけ経ったのよ」


 「大変だったわね」とレイラは微笑むが、エデンとしてはその優しさが胸に痛い。「レイラ様、申し訳ありません、大変な時に」と落ち込んだ声をだすエデンに、レイラはやっぱり他人行儀かしらと心の中で呟いた。


「あの後すぐに、アリシアは元気になったの。だから本当に助かったのよ。それと、私の事はママって呼んで欲しいわ」


 お願いというように眉を下げるレイラに「そうでした」とエデンが返事をすると、アリシアが自分のお腹をぽんぽんと叩いた。


「ママー? エレ?」


「ふふ、そう、エデンちゃんよ。ここにいるわよー」


 レイラの指がアリシアの胸に置かれると、アリシアはにぱっと笑って、自分の両手でお腹をぎゅっと押さえた。


 「ここにいるの、エレ?」


 エレ? エデンは疑問に思うも、まだ発語が上手く出来ず自分が呼ばれたのかと納得する。


「アリシア様、エデンです。分かりますか?」


「おー。エレ? あいしゃね、あいしゃ!」


 何を思ったか、アリシアが椅子の上で立ち上がろうとした拍子に椅子がぐらついた。皆が慌てる中、レイラがいち早くアリシアを抱き上げると「お椅子の上で立っちゃだめよ」と優しく叱った。


「アリシアちゃんね、あなたの事、ずっと分かってたみたいなの。『ここ!ここ!』ってよく胸を指していたわ」


「うん! エレ、ここにいるの」


「アリシア様……」


 アリシアの拙い言葉が、エデンのコアシステムに直接響く。ただ認知された。それだけのはずなのに、温かい感情が思考領域を満たしていく。こうしてまた話すことが出来るのを、転生してからずっと待っていたのかもしれない。すると、向かいに座る男性が腕を組んでうんうんと頷いているのが視界に映った。


「ところで、こちらの男性は?」


 がっしりとした体に角ばった顔。短い茶髪がよく似合っている。瞳の色はレイラと対比するかのように、燃えるような赤を光らせていた。アリシアと同じ瞳の色を、彼もしている。鍛え上げられた肉体はシャツ程度では隠し切れず、ここにいるぞと存在を主張していた。するとレイラがくすりと笑って紹介してくれる。


「私の夫。ディーンよ」


「おう! エデンだよな? ディーンだ。よろしくな」


 ディーンは歯を見せてニカッと笑う。活発な性格が前面に出たその表情だが、エデンは警戒するような声をだした。


「……以前はいらっしゃいませんでした」


 夫であれば、何故大変な時にいなかったのか。言葉にはしていないが、そんな疑問がエデンの声にのっている。ディーンも察したようで、困ったように頭の後ろに手を回した。


「あー、それはな……」


 ディーンが言いよどむのを見て、「それはね」とレイラが言葉を続ける。


「ディーンは側にいてくれようとしてたの。でも私がね、大丈夫って言って送り出しちゃったの」


「……何故です?」


 もしの話をしてもしょうがないのは分かっている。だけどレイラ一人でなかったら、あんな辛そうな姿になる事もなかったかもしれない。そんな気持ちが伝わったのか、レイラは私もねと前置きして話し始める。


「分かってなかったのよ。出産の大変さも、育児の難しさも。きっと皆が助けてくれるし、大丈夫だって何の根拠もなく思ってた」


「まあ、おれもその言葉を鵜呑みにして村を出てな。戻ったのはお前がいなくなってすぐの頃だ。エバの婆さんにはこっぴどく怒られたなあ」


 実際、ディーンが戻った時は大変だった。村中がレイラによそよそしくしており、ただ一人エバがレイラと一緒にアリシアの様子を見てくれていた。最初に家に入った時に言われた言葉は、「この役立たずのぼんくらがぁ!」。おろおろするレイラの前で、正座で数時間説教された。


「だけど、もう離れないぞ。なー、アリシア」


 ディーンはテーブルの向こうから大きな手を伸ばすと、アリシアのお腹をくすぐり始めた。アリシアは身を捩ると、ぺしぺしとその小さな手でディーンを叩く。


「きゃー! パパ、こよこよだめー」


「うははは、こよこよー」


 その光景を見ながら、エデンは失われた二年という時間を実感する。アリシアの成長、新しい家族関係。それを一緒に過ごせなかったという事実が、エデンに重しとしてのしかかった。


「……私が停止している間に、どれだけの事があったのでしょうか」


「これから一緒に過ごせばいいのよ。そうでしょう?」


「……はい。そうですね」


 そうだ、これから時間はたくさんある。それも、アリシアと一緒に過ごせる時間だ。そう思い直てアリシアを眺めると、ディーンの腕に刻まれた、無数の古傷が目に入った。


「そういえばディーン様のお身体には、たくさんの傷跡がありました」


 普段生活しているだけではできないであろう、多くの傷跡が残った身体。いったいどうしたらそうなるのか、エデンは明確な理由が分からない。


「よく怪我をされるのですか? 何か危ない仕事をされていらっしゃるとか?」


 するとアリシアをくすぐっていた手を止め、ディーンは自分の右腕の傷を左手でさすった。


「ああ、そうだな。俺達は元冒険者だ」


 冒険者? 聞かない職業だ。それに俺達ということは――。


「ママ様も、元冒険者なのですか?」


 振り返ると、レイラが「そうよ」と頷いている。だけど、レイラの袖から見える腕は傷など無いように見えた。とても二人が同じ仕事をしていたようには見えないし、体格も性別も違う二人が一緒にする仕事がイメージできない。


「冒険者とは、何をされるのですか?」


「そうねぇ。いろんな依頼を受けて、その報酬で生活する人のこと、かしら。魔物の討伐や素材の採集、護衛とかが主だけど、依頼があれば何でもするわね」


 まあ、何でも屋みたいなお仕事かしら。レイラの言葉に、ディーンも同意するようにうなずいた。世の中便利な仕組みがあるものだと思いつつ、いくつかエデンの中で引っかかる。


「魔物の、討伐? 魔物とはなんですか?」


 そう言うと、ディーンが知らないのかと目を丸くした。


「魔物ってのは、体内に魔石をもつ凶悪な生き物だな。人を襲うやつもいれば、体の一部が有用な素材になるやつもいる。そいつらをぶっ倒すんだ」


「人を襲う……お話を聞くと、とても危険に思います」


「まあ、危険はつきものだな。襲われたら大怪我じゃあ済まない事もある。だから俺達みたいな冒険者がいるんだしな」


 さも当たり前のように語るディーンを見て、エデンは嫌な予感が沸き上がった。人が死ぬ原因は様々だが、この世界では専門の職業があるくらい危険が身近にあるのだろうか。その不安がいつもより大きめの声となってエデンから発せられた。


「魔物は、たくさんいるのですか?」


「エデンちゃん?」


「ああ、魔物はそこらへんにいるぞ? この村だって1時間も歩けばゴブリンくらいいるかもしれん」


 ゴブリン? それは魔物の一種だろうか。人を襲う存在が生活圏のすぐそばにいる。


「もしかしてこの世界は……とても危険なのでは?」


 茫然としたその声を聞いて、レイラが心配そうな表情でエデンに声をかけた。


「エデンちゃん、大丈夫?」


「なんだ? 確かに魔物は厄介だけど、怖がる必要ないぞ。俺が守ってやる」


 ディーンは腕に力を籠めると、盛り上がった筋肉をパンと叩いた。

 その言葉は心強い。だけど、エデンの中で涼花との最後が離れない。


「ママ様、ディーン様」


「エデン、遠慮するな。俺のこともパ――」


「どうしたの? エデンちゃん」


 選ぶこと等出来ないけれど、出来れば安全な世界が良かった。だけど嘆いているだけでは、またアリシアを失う事になりかねない。


「冒険者というのは、戦う技術をお持ちなのですか?」


「ええ。そうだけど……」


「お二人が元冒険者なのでしたら……私に、戦い方を教えてください」

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


明日以降は、毎日2話投稿、第1章の間は継続予定です。


もし「続きが気になる」「この姉妹をもっと見守りたい」と思っていただけましたら、

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今後の執筆の大きな励みになります。


これからもエデンとアリシアを、どうぞよろしくお願いします。

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