強盗襲撃
急に停車した馬車の中で、私は神経を研ぎ澄ませた。こういう時は、何かトラブルが起きたと経験が言っていた。
それからまもなく、何人かの乱暴な足音が聞こえた。
これはおそらく——
「何人かえ?」
ガロ婆が声を掛けてきた。落ち着き払った様子で、その表情からは慌てた様子は一切見られない。
「……おそらく、十人です」
私は少し逡巡しながら答えた。まだ、目の前の老婆が敵である可能性を捨てきれていなかった。
「それで、どう見る?」
「……足音に乱れがあります。おそらく、ただの素人でしょう」
「ほっほっほ。それじゃあ金品狙いの強盗と言ったところかのう?」
私は無言で首肯した。同時に、内心舌打ちをした。
白昼堂々、馬車の群れを襲撃するのは素人の行いだ。基本的に馬車には旅人しか乗っていないため大した金品は期待できず、また私のような冒険者が乗っていて返り討ちに遭う危険性も少なからずあるからだ。そのため、本当の強盗は行商の一団か、貴族の馬車を狙うのが普通だ。
何より、そんな素人共に行く手を遮られたことに腹が立つ。いずれの解決を見たとしても、目的地への到着が遅れることは確定だろう。
「少し落ち着くんじゃて」
奥歯を噛み締めたところで、ガロ婆が言った。
「旅に障害は付き物じゃ。焦っても何もならん。逆にその障害を楽しむぐらいがちょうどええんじゃて」
「それは……そうかもしれませんが……」
私は内心納得できない気持ちを抱えながらも、握っていた拳の力を抜いた。ガロ婆の言うことはもっともだった。起こってしまったことはしょうがない。今は、この状況をどう切り抜けるか考える方が重要だ。
「とはいえ、老い先短いババアの時間をこれ以上奪われるのも困るのは事実じゃて」
「……何をするつもりですか?」
「どれ。ここはあたしが話をしてみるかのう」
ガロ婆は杖を付き、「よっと」という掛け声と共に立ち上がった。足がおぼつかないように震えていた。
「ガロ婆、落ち着くのはあなたの方です」
私は立ち上がったガロ婆に冷や水を浴びせた。
「相手は既に罪を背負う覚悟を持って来ている者どもです。言葉で解決できるとは思いません」
「諦めるのは良くないぞよ?」
私の言葉に、ガロ婆はにやりと笑った。
「何事も、やってみなければわからんのじゃ」
「しかし……」
「お前さんは若いのに見切りが早いのう。まるで連中のやり口をよく知っているかのようじゃな?」
かっかと笑うガロ婆を、私は黙って見据えた。目の前の老婆が何を考えているのか、どういう意図を持っているのか、その糸口だけでも探りたいと思った。
だが目の前にいるのは、何事もないかのように快活に笑う老婆だけだ。
「まあ見ておれ。お前さんに年の功というものを見せてやるわい」
「……そう、ですか」
私は目を閉じて、一つ息を吐いた。ガロ婆の言い分に納得したわけではなかったが、そこまで言うのならお手並みを拝見してみたい気持ちが勝った。
「……ガロ婆」
「来たかえ」
「三人です。お気を付けて」
「ほっほっほ。任せておくがええわい」
そう言った直後、次第に大きくなってきた足音が馬車の目の前まで来て、止まった。
次の瞬間、入り口の帆が開かれる。それぞれ、剣で武装した男が三人、馬車の外で立っていた。
「——降りろ。命が惜しかったらな」
男の一人が剣を馬車の中に向かって突きつけながら、威圧的に言った。
「ほっほっほ。元気がええ若者じゃて」
ガロ婆は依然として余裕の姿勢を崩さずに笑っている。念のため、いつでも介入できるようにコートの下でナイフの感触を確かめる。
「無駄口を叩くな! さっさと降りろ!」
「そう焦るなて。よっこらしょっと」
そう言いながら、ガロ婆は杖を突きながら一歩一歩踏みしめる。そのゆったりとした動きに、男たちがいらだっているのが見えた。
相手の冷静さを奪うのは交渉の基本だが、激高させてから穏便に済ませすのは難しいのではないだろうか。
馬車を降りるガロ婆の背中を見送りながら思ったが、ここは一旦、彼女のやり方に合わせると決めた。私が動くのは、その後だ。
「おい、奥のお前もだ! さっさとしろ!」
男の怒声を受けて、私も無言で荷物を肩に担ぎ、足早に馬車を降りる。
私が地面に降りたところで、首元に剣が突き付けられた。
「持っているもの全部出せ。そうすれば命は助けてやる」
私は眼前に迫った切っ先に目を遣った。所々刃こぼれしており、まるで手入れが行き届いていない。そもそも武具を手入れするという発想自体がないのだろう。その知能があれば、そもそもこんなことはしていない。
私は無言で肩に担いだ荷物袋を下ろすと、男の目の前に投げ捨てた。別の男が中を改めると、「けっ、しけてんな」と悪態を吐いた。
「とりあえずお前は釈放だ。感謝しろよなっ!」
男は叫ぶと同時に剣を振り上げると、柄の部分を私の頭に向かって振り下ろした。剣はごつ、という音を立て、私はその場に倒れ込んだ。
頭を押さえながらゆっくりと身体を起こした私は、男の顔を睨んだ。殴られる瞬間、咄嗟に身を翻したのであまりダメージはない。ただ、ちょっと腹が立っただけだ。
正直なところ、あの程度の攻撃をかわすのは容易だったが、この場はガロ婆に任せると決めた以上、私が短気を起こすわけにはいかなかった。
「おいおい、暴力はよしとくれよ」
私の方が決着したところで、ようやくガロ婆が動いた。
「お前さんたちも人間じゃろうて。若い女子の顔を傷つけるとはどういう了見じゃ」
「へっ、何を甘いこと言ってやがるんだ」
私は思わず眉を寄せた。不本意ながら、それに関しては私も同感だった。
「おい、ババア」
先程まで私に相対していた男——私を殴った男が言った。
「こいつは、お前の何なんだ?」
「その娘は、わしの孫じゃよ」
私は声が出かかったのを、すんでのところで堪えた。
彼女の中でどういうプランがあるのかはわからないが、どうやらそういう方向から攻めることにしたようだ。
「はん、孫ねぇ」
訝しげに、男は唸った。
「あんまり似てねぇが、本当に孫なのか?」
「ああ、孫じゃ。目元がキュートなところとかあたしそっくりじゃろう?」
「うるせぇ! そんなのどうでもいいんだよ!」
ガロ婆の近くにいた男が激高し、ガロ婆の胸倉を掴んだ。
「てめぇらの戸籍調査をしてるんじゃねぇんだ! いいから金目のもの出せってんだよ!」
「やめて下さい!」
私は思わず叫んだ。周囲の男たちの視線が私に集まった。
「……お、おばあちゃんに、手を出さないで下さい」
少しぎこちなくなりながら、私はその名を呼んだ。現状が彼女の思惑通りなのかはさておき、ひとまずは私も彼女のシナリオに乗るしかない。茶番に付き合わされるのは少しだけ思うところはあるが。
「……けっ」
私が介入したことで興が削がれたのか、男はそれ以上何もせずガロ婆から手を離した。ガロ婆は地面に落ちて尻餅をつきながら「あいたたた……」と言った。
「そんじゃババア、もう一回だけ言うぜ?」
男はガロ婆の目の前に顔を近付けながら、ドスの利いた声で言った。
「ケガしたくなかったら、金目のものを出せ。そうしたら孫ともども無傷で解放してやる」
「ほっほっほ。生憎じゃが、金になるようなものは何もないんじゃよ」
「あ?」
ガロ婆の言葉に、男は露骨に不機嫌になった。
「あたしらの荷物は孫が持っていたので全部じゃよ。あたしは見ての通り丸腰じゃ。何かあげたくても、あげられるものなどありゃせんわい」
「てめぇ、散々手間取らせた挙句に……!」
男は顔を真っ赤にしながら、腕をわなわなと震えさせた。
「こうなりゃその杖だけでもいい! 身ぐるみ全部置いていけや!」
そう叫ぶと同時に、男はガロ婆の杖に手を伸ばした。一方のガロ婆は、相変わらず余裕たっぷりに笑っている。
男の手が杖に触れた、その瞬間だった。
男の腕が、真っ二つに切断されていた。




