リズペットの嘘
聖女への定例報告を終えた私は、宿に戻ってリズと合流し、今後の方針について話をしていた。
議題は、今ある依頼の説明と、その対応についてだった。
とはいえ、私は休暇で一時的に離脱してしまうため、依頼はリズ一人でこなせるものが中心となる。とはいえ、通常の討伐依頼だと私は支援に徹し、戦闘はほとんどリズが担当していることから、余程の強敵と当たらない限り依頼遂行には影響がない想定だった。またリズは元々ソロパーティーで魔物討伐を行ってきているため、一時的にその頃に戻るだけだとも言える。
それ故、大きな心配はない。そのはずだった。
「……以上が、今ある魔物討伐依頼の内容です」
私は一通りの説明をし終わった後で、リズの反応を窺った。
だが、リズは椅子に腰を掛けてテーブルに頬杖をついたまま、どこか上の空だった。
「……リズ様?」
「――ああ、大丈夫よ、カノン」
私が再び声を掛けると、リズは同じ姿勢を維持したまま答えた。
「カノンは何も心配しなくていい。あとはあたしの方でうまくやっておくから」
大丈夫と言いながらも、やはりどこか呆けているような顔だった。心ここにあらず、といった印象を受ける、そんな表情。
――くれぐれも、あなたの不在中にリズペットが道に迷うことのないように。
ふと、聖女の言った言葉が思い起こされる。
「……もし、私が一時的にでも外れるのがリズ様の意にそぐわないのであれば、今からでも取りやめることも可能ですが……」
「いえカノン。その必要はないわ」
私が恐る恐る口にした言葉を、リズは即座に否定した。
「ここまで、カノンにはだいぶ無理をさせちゃったんだもの。少しぐらい休んでも罰は当たらないわ」
「それなら良いのですが……」
そう言って、私は次の話――各依頼の対応について話したのだが、リズはやはり反応が鈍かった。
結局時間ばかりが過ぎてしまい、会議はあまり進展せずに終了した。
これまでもリズが考え事に没頭することはあったが、それにしてもこれはあまりにリズらしくない。
そんなことを考えながら、私たちは二人で夕食を摂った。考えに没頭するリズに引きずられて、私も何となく話を振りにくくなってしまい、無言のまま食事を終えた。
その後は部屋に戻り、いくらか差し障りのない話はしたものの、お互いに肝心の内容には触れられないまま、この日は眠ることになった。
やはり、私が休暇を申し出たことは迷惑だったのだろうか。
そんなことを考えながら、私はランプの灯りを消し、ベッドの上に横になった。
「――カノン」
部屋の反対側のベッドから、リズの声が聞こえた。
「リズ様?」
「休暇、どのぐらいになるのかしら?」
「……ケガの回復状況次第ですが、おそらく三週間から一ヶ月ぐらいかと」
「そう」
リズは短く答えた。それは長いという反応だったのか、短いという反応だったのかは判断が付かなかった。
「まあ、いいじゃないの。あたしのいないところで、ゆっくりと羽を伸ばして頂戴」
「リズ様……」
「さあ、もう寝ましょう。また明日ね」
一方的に言うと、リズは一つ寝返りを打った。ベッドが軋む音が鳴った後、室内は静寂に包まれる。
私は身体を起こして、リズの方を見た。リズは私に背中を向けて、すうすうと寝息を立てている。その姿を少しの間見届けた後、再び身体を横に倒した。
目を閉じたところで、私は強烈な違和感を感じた。
――こんなものは違う。
瞼を固く結んで、頭から振り払おうとする程、その気持ちは強く湧き上がってくる。その正体が何なのかはわからない。わからないが、このままにしておくのは良くないという確信があった。
――私はもう逃げないと、欲しいものは全部口に出すと、そう決めたのだ。
私は再び身体を起こし、サイドテーブルのランプに火を灯した。
「――リズ様」
私はベッドから降りて立ち、横になるリズの背中に向かって言った。
「……なによ。もう遅いんだから早く寝なさ――」
「らしくないですよ。リズ様」
目を擦りながら身体を起こしたリズに向かって、私は言い放った。
一方のリズの反応は鈍かった。何を言っているのかわからない。そう言いたげな表情だった。
「物分かりがいい振りなんて、あなたには似合わない」
「カノン、何を言っているの?」
「以前、私がパンダスの街で『あなたと共にありたい』と伝えた時、リズ様は何と言ったか覚えていますか?」
「……忘れるはず、ないじゃない」
リズはどこか苦々しそうに、私から目を逸らした。
まるで、別の何かからも目を背けるかのように。
「『それなら、あたしも容赦しない。誰が来ても、カノンがもう嫌だと言っても、あたしはカノンを手放さない』」
私はその時の言葉を一字一句違わずに読み上げ、さらに強くリズを睨みつけた。
「あれは、嘘だったのですか?」
「嘘じゃないわよ……」
「それなら、今この場で同じことを言ってみて下さい」
「カノン、どうしちゃったの?」
「どうかしているのはリズ様の方です!」
私は叫んでいた。もう、我慢の限界だった。
「リズ様。あなたはいつもわがままで、やりたい時にやりたいことをやって、言いたい時に言いたいことを言って、いつだって私や周囲の人間を困らせる」
「ひどい人間もいたものね」
「でも、それがあなたの良いところだ」
そう言って、私は未だに私から目を背けるリズのところまで歩き、ベッドの横に跪いて下から顔を覗き込んだ。
リズは私に顔を見られまいと、すぐさま顔を背けた。
「あなたは、まだ私に言っていないことがある。違いますか?」
「……ないわよ。仮にあったとしても、言えるわけない」
「リズ様!」
「言えるわけないじゃない!」
私の追求に耐え切れず、リズもとうとう口を割って叫んだ。
「カノンが考えて考えて、考え抜いて出した休暇という選択を、あたしが寂しいから撤回してくれだなんて、そんな情けないこと言えるわけないじゃない!」
リズはひとしきり叫ぶと、自身の顔を両手で覆った。指の隙間からは薄っすらと涙が、ランプの灯りで照らされていた。
私はすぐに答えなかった。ただただ無言で、リズの次の言葉を待った。
しばらくして、リズはゆっくりと口を開いた。
「……きっと、あたしは弱くなったんだと思う。カノンが近くにいないだけで、カノンの声が聞こえないだけで、あたしは落ち着かなくて、何も手が付かなくて、気が付いたらあなたのことを探してしまう」
「リズ様。それなら――」
「駄目よカノン。それ以上は言っちゃだめ」
言いかけた私を、リズが制した。
「これはあたしが越えなきゃいけない壁なの。これはあたしの問題。カノンが一つ壁を乗り越えたように、あたしも前に進まなきゃいけない」
そう言って、リズは目元を乱暴に拭い、その後私の顔を見た。もう目を逸らしてはいない。その目は、いつもの強いリズペットのものだった。
「だからカノン。約束して」
リズは、まっすぐに私を見ながら言った。
「あたしのいないところで、しっかり休んで。ゆっくりと羽を伸ばして。きっちりケガを癒して。そして、ちゃんとあたしのところに戻ってきて」
「お約束します。私の心は、いつだってリズ様のお傍におります」
私の答えは一つだった。最初から決まっていた、わかりきったものだった。
私の言葉を聞いて、リズは短く「そう」と言った。どこか安心したように、穏やかな笑みだった。
「だが、リズ様は一つ勘違いをしていらっしゃいます」
「あら。何かしら?」
微笑みながら小さく首を傾げたリズに向かって、私は言った。
今度は、私が勇気を出す番だった。
「あなたと離れて寂しいと思うのは、何もあなただけではないということです」
「おはよう。カノン」
私が目を覚ますと、リズが既に起きて着替えを済ませていた。亜麻色のボディスに茶色のスカート。以前マリエルとのお茶会でも着用していた、リズにとっての普段着だった。
「おはようございます。リズ様」
私は身体を起こし、リズに挨拶を返した。
昨夜は少し熱くなって、何だか恥ずかしいことを言ってしまったような気がする。
「リズ様、昨夜のことは……」
「昨夜? さて、何のことだったかしら?」
リズは笑いながら、何でもないことのように言った。
「ごめんなさいね。寝ぼけててあんまり覚えていないのよ。あたし、何か言ったかしら?」
「……いえ、大丈夫です」
リズが笑ったのに釣られて、私も思わず笑ってしまった。




