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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第八章
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リズペットの嘘

 聖女への定例報告を終えた私は、宿に戻ってリズと合流し、今後の方針について話をしていた。

 議題は、今ある依頼の説明と、その対応についてだった。

 とはいえ、私は休暇で一時的に離脱してしまうため、依頼はリズ一人でこなせるものが中心となる。とはいえ、通常の討伐依頼だと私は支援に徹し、戦闘はほとんどリズが担当していることから、余程の強敵と当たらない限り依頼遂行には影響がない想定だった。またリズは元々ソロパーティーで魔物討伐を行ってきているため、一時的にその頃に戻るだけだとも言える。

 それ故、大きな心配はない。そのはずだった。

「……以上が、今ある魔物討伐依頼の内容です」

 私は一通りの説明をし終わった後で、リズの反応を窺った。

 だが、リズは椅子に腰を掛けてテーブルに頬杖をついたまま、どこか上の空だった。

「……リズ様?」

「――ああ、大丈夫よ、カノン」

 私が再び声を掛けると、リズは同じ姿勢を維持したまま答えた。

「カノンは何も心配しなくていい。あとはあたしの方でうまくやっておくから」

 大丈夫と言いながらも、やはりどこか呆けているような顔だった。心ここにあらず、といった印象を受ける、そんな表情。

――くれぐれも、あなたの不在中にリズペットが道に迷うことのないように。

 ふと、聖女の言った言葉が思い起こされる。

「……もし、私が一時的にでも外れるのがリズ様の意にそぐわないのであれば、今からでも取りやめることも可能ですが……」

「いえカノン。その必要はないわ」

 私が恐る恐る口にした言葉を、リズは即座に否定した。

「ここまで、カノンにはだいぶ無理をさせちゃったんだもの。少しぐらい休んでも罰は当たらないわ」

「それなら良いのですが……」

 そう言って、私は次の話――各依頼の対応について話したのだが、リズはやはり反応が鈍かった。

 結局時間ばかりが過ぎてしまい、会議はあまり進展せずに終了した。

 これまでもリズが考え事に没頭することはあったが、それにしてもこれはあまりにリズらしくない。

 そんなことを考えながら、私たちは二人で夕食を摂った。考えに没頭するリズに引きずられて、私も何となく話を振りにくくなってしまい、無言のまま食事を終えた。

 その後は部屋に戻り、いくらか差し障りのない話はしたものの、お互いに肝心の内容には触れられないまま、この日は眠ることになった。

 やはり、私が休暇を申し出たことは迷惑だったのだろうか。

 そんなことを考えながら、私はランプの灯りを消し、ベッドの上に横になった。

「――カノン」

 部屋の反対側のベッドから、リズの声が聞こえた。

「リズ様?」

「休暇、どのぐらいになるのかしら?」

「……ケガの回復状況次第ですが、おそらく三週間から一ヶ月ぐらいかと」

「そう」

 リズは短く答えた。それは長いという反応だったのか、短いという反応だったのかは判断が付かなかった。

「まあ、いいじゃないの。あたしのいないところで、ゆっくりと羽を伸ばして頂戴」

「リズ様……」

「さあ、もう寝ましょう。また明日ね」

 一方的に言うと、リズは一つ寝返りを打った。ベッドが軋む音が鳴った後、室内は静寂に包まれる。

 私は身体を起こして、リズの方を見た。リズは私に背中を向けて、すうすうと寝息を立てている。その姿を少しの間見届けた後、再び身体を横に倒した。

 目を閉じたところで、私は強烈な違和感を感じた。

――()()()()()()()()

 瞼を固く結んで、頭から振り払おうとする程、その気持ちは強く湧き上がってくる。その正体が何なのかはわからない。わからないが、このままにしておくのは良くないという確信があった。

――私はもう逃げないと、欲しいものは全部口に出すと、そう決めたのだ。

 私は再び身体を起こし、サイドテーブルのランプに火を灯した。

「――リズ様」

 私はベッドから降りて立ち、横になるリズの背中に向かって言った。

「……なによ。もう遅いんだから早く寝なさ――」

()()()()()ですよ。リズ様」

 目を擦りながら身体を起こしたリズに向かって、私は言い放った。

 一方のリズの反応は鈍かった。何を言っているのかわからない。そう言いたげな表情だった。

「物分かりがいい振りなんて、あなたには似合わない」

「カノン、何を言っているの?」

「以前、私がパンダスの街で『あなたと共にありたい』と伝えた時、リズ様は何と言ったか覚えていますか?」

「……忘れるはず、ないじゃない」

 リズはどこか苦々しそうに、私から目を逸らした。

 まるで、別の()()からも目を背けるかのように。

「『それなら、あたしも容赦しない。誰が来ても、カノンがもう嫌だと言っても、あたしはカノンを手放さない』」

 私はその時の言葉を一字一句違わずに読み上げ、さらに強くリズを睨みつけた。

「あれは、嘘だったのですか?」

「嘘じゃないわよ……」

「それなら、今この場で同じことを言ってみて下さい」

「カノン、どうしちゃったの?」

「どうかしているのはリズ様の方です!」

 私は叫んでいた。もう、我慢の限界だった。

「リズ様。あなたはいつもわがままで、やりたい時にやりたいことをやって、言いたい時に言いたいことを言って、いつだって私や周囲の人間を困らせる」

「ひどい人間もいたものね」

「でも、それがあなたの良いところだ」

 そう言って、私は未だに私から目を背けるリズのところまで歩き、ベッドの横に跪いて下から顔を覗き込んだ。

 リズは私に顔を見られまいと、すぐさま顔を背けた。

「あなたは、まだ私に言っていないことがある。違いますか?」

「……ないわよ。仮にあったとしても、言えるわけない」

「リズ様!」

「言えるわけないじゃない!」

 私の追求に耐え切れず、リズもとうとう口を割って叫んだ。

「カノンが考えて考えて、考え抜いて出した休暇という選択を、()()()()()()()()()()()()()()()だなんて、そんな情けないこと言えるわけないじゃない!」

 リズはひとしきり叫ぶと、自身の顔を両手で覆った。指の隙間からは薄っすらと涙が、ランプの灯りで照らされていた。

 私はすぐに答えなかった。ただただ無言で、リズの次の言葉を待った。

 しばらくして、リズはゆっくりと口を開いた。

「……きっと、あたしは弱くなったんだと思う。カノンが近くにいないだけで、カノンの声が聞こえないだけで、あたしは落ち着かなくて、何も手が付かなくて、気が付いたらあなたのことを探してしまう」

「リズ様。それなら――」

「駄目よカノン。()()()()()()()()()()()

 言いかけた私を、リズが制した。

「これはあたしが越えなきゃいけない壁なの。これはあたしの問題。カノンが一つ壁を乗り越えたように、あたしも前に進まなきゃいけない」

 そう言って、リズは目元を乱暴に拭い、その後私の顔を見た。もう目を逸らしてはいない。その目は、いつもの強いリズペットのものだった。

「だからカノン。約束して」

 リズは、まっすぐに私を見ながら言った。

「あたしのいないところで、しっかり休んで。ゆっくりと羽を伸ばして。きっちりケガを癒して。そして、ちゃんとあたしのところに戻ってきて」

「お約束します。私の心は、いつだってリズ様のお傍におります」

 私の答えは一つだった。最初から決まっていた、わかりきったものだった。

 私の言葉を聞いて、リズは短く「そう」と言った。どこか安心したように、穏やかな笑みだった。

「だが、リズ様は一つ勘違いをしていらっしゃいます」

「あら。何かしら?」

 微笑みながら小さく首を傾げたリズに向かって、私は言った。

 今度は、私が勇気を出す番だった。

「あなたと離れて寂しいと思うのは、何もあなただけではないということです」



「おはよう。カノン」

 私が目を覚ますと、リズが既に起きて着替えを済ませていた。亜麻色のボディスに茶色のスカート。以前マリエルとのお茶会でも着用していた、リズにとっての普段着だった。

「おはようございます。リズ様」

 私は身体を起こし、リズに挨拶を返した。

 昨夜は少し熱くなって、何だか恥ずかしいことを言ってしまったような気がする。

「リズ様、昨夜のことは……」

「昨夜? さて、何のことだったかしら?」

 リズは笑いながら、何でもないことのように言った。

「ごめんなさいね。寝ぼけててあんまり覚えていないのよ。あたし、何か言ったかしら?」

「……いえ、大丈夫です」

 リズが笑ったのに釣られて、私も思わず笑ってしまった。

 

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