カノンと子守り④
「大丈夫……大丈夫、ですから……」
接地した時に強く打った左肩と元々ケガを抱えていた脇腹、それに全身が殴打されたような痛みがあった。
「カノン、駄目よ! 休んでて!」
「……ははっ、大袈裟ですよ。クラリア様は」
今にも泣きそうなクラリアを安心させようと、何とか笑おうとするが、どうしても顔が引きつってしまう。
「私は冒険者です……。ケガは日常茶飯事ですし、このぐらいなら何と、もっ……!」
立ち上がってみせようとしたところで、肩と脇腹に激痛が襲った。咄嗟に耐え切れず、膝を付いて座り込んだ。
「カノンっ!」
私の様子を見たクラリアが悲鳴を上げる。
最悪だ。心配をかけないようにした行動で、余計に心配をさせてしまった。
「クラリア様、おケガは……?」
「あたしなら大丈夫よっ! どこもケガしてないっ!」
「そう、ですか……」
その言葉を聞いて、少し肩の力が抜ける。一応、目的は達成できたのだ。
以前の私なら、ここで意地を張っていただろう。あの時からまだそれほど日が経っていないのに、随分と昔のことのような気がする。当時は、周りに相当迷惑をかけてしまった。
「クラリア様……」
「何!?」
「すみません、少し、休みます……」
そう言って目を閉じた瞬間、全身の力が抜ける。後ろに倒れそうになる身体を、クラリアに支えてもらって何とか姿勢を維持した。はた迷惑な話ではあるが、こうやって誰かに支えてもらうのは、それほど悪い気分ではなかった。
外れの牧場から邸宅まではかなりの距離があり、おそらく数十分はかかる。そこまで休んでいれば、とりあえず歩くことぐらいはできるようになるだろう。
「カノンっ! カノンっ!」
だが、私を抱きかかえながら耳元で叫ぶお嬢様が、それを許してくれそうにない。
――やはり、まずは彼女を安心させるのが必要か……。
そう考えながら目を開けたところで、人の足音が聞こえた。
「こ、こちらでございます!」
遠くで厩務員のヨージの声が聞こえる。もう誰かを呼んできてくれたのだろうか。それにしても早過ぎる。たまたま近くに誰かいたのだろうか。
「――あら?」
思考を巡らせていたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
思わず顔を上げると、そこにはやはり見覚えのある顔があった。
「こんなところで会うなんて。災難だったわね、カノン」
リズは私を見下ろしながら、少し目を丸くして言った。
「何かえらく慌てている人がいたから声を掛けてみたのよ。そうしたら人がケガしているって聞いたから、急いで来てみたらカノンなんだもの。驚いちゃった」
リズは私の身体を抱えながらアーミテージ邸宅に戻る道中、素直な感想を口にした。
ちょうど良くて助かったと思った一方、事を荒立ててしまったのは申し訳ないなと思った。
邸宅に戻った私は、まずはすぐ近くに住んでいるお抱えの侍医に診てもらうことになった。診断は落下時に肩を強く打ったことによる打撲と、全身の打ち身と擦り傷。私が元々のケガもあって大袈裟に痛がってしまったので重症のように思わせてしまったが、落馬のケガ自体は軽傷と言って良かった。一方のクラリアは服が少しすり切れたぐらいで、ケガらしいケガは見られなかった。
「ジョージの制御が効かなくなったのは、おそらく装具の問題でございます」
今回の事態が起きた原因についてヨージが語る説明を、私は来客用の寝室にあるベッドの上で聞いた。部屋には他にクラリアと私を運んでくれたリズ。それに用事から帰宅したアーミテージ卿が合流していた。
ヨージの話によると、普段あまり人の乗る機会が少ない、且つ今回複数人で乗ったことで、鞍がずれてしまい、馬に痛みとなって伝わり動揺してしまったのではないか、という可能性が考えられるということだった。
「申し訳ありませぬ。わたくしめが準備を怠ったばかりに……」
「じいは悪くないわ! あたしが悪いの! あたしが無理に乗りたいって言ったから……!」
「ふむ、詳しい事情はわからぬが、貴様らは少し落ち着くのだ」
アーミテージ卿は落ち着きを払った声で二人を窘める。
「この家で起きたことは全てわしに責任がある。よって、悪いのはわしだ。アーミテージ家を代表してお詫び申し上げる。いや、ただ謝るだけでは生温い。ここはわしが土下座を――」
「知らないくせにしゃしゃり出て事を大きくしてどうするのよ……」
躊躇なく片膝をついたアーミテージ卿を見て、リズは呆れたように言った。
「ともかく、私は大丈夫です」
目の前のやり取りに少し笑みを零しながら、私は言った。
「冒険者にケガは付き物ですから、この程度はケガのうちに入りません」
「それに、カノンに謝る前に、もっと他に言うことがあるんじゃないの?」
リズの言葉に対し、アーミテージ卿も「ふむ。そうだな」と同意した。クラリアは何のことかわからず、首を傾げていた。
「カノンよ。我が娘クラリアを守ってくれたこと。心より感謝するぞ。ほれ、お前もお礼を言わぬか」
「ごめんなさい……じゃなかった、ありがとう、カノン」
「クラリア様がご無事で何よりですよ」
私が笑ってみせると、クラリアもようやく表情を崩した。
「ですが、アーミテージ卿。依頼の件は少し相談させて下さい。私が途中で依頼を遂行できなくなってしまったので、減額頂いても――」
「何を言うか」
私の言葉を、アーミテージ卿が遮った。
「貴様はクラリアの身を救ってくれたのだ。それに、聞いたところによると貴様がいたことでクラリアも日々の学習に一層精を出していたと言うではないか。その功績を考えて、わしの方から増額はしても減額するつもりなどない」
「しかし、アーミテージ卿……」
「いいじゃないの、カノン。もらえるものはもらっておきなさいな。せっかく骨を折ったんだから、お金ぐらい儲けておきなさい」
「そうだ。何事もお金で解決できるうちが幸せなのだからな」
「何で私が常識知らずみたいになっているんですか……」
私がぼやくと、部屋の中が笑いに包まれた。
それに釣られて、私も少し笑ってしまった。
「さすがカノンね」
アーミテージ邸宅で少し休み、歩けるまで回復した私は、リズと宿への帰路を歩いていた。
辺りは日が落ち、道を照らす灯りに火が灯っていた。
「療養中の仕事でまたケガしちゃうんだもの。もはや特技ね」
「私も好きでケガをしているわけではないのですが……」
苦笑しながら応じると、リズも「ふふっ」と笑った。
「それはそうと、リズ様はどうしてこの近くに?」
「たまたまよ」
私の疑問に、リズは短く即答した。
「暇だったから、ちょっと散歩がてら近くを歩いていただけ」
それだけ言うと、リズは両手を後ろに回しながら少し早歩きになった。今回の依頼――クラリア・アーミテージの身辺警護は少々急なものだった。リズは快く送り出してくれていたが、もしかしたらそれによって元々の予定が狂い、結果としてリズの予定に穴を開けてしまったのかもしれない。もしそうだとしたら少し申し訳ないことをしてしまった。
一方で、直近の依頼をこなしていく中で、一つ思ったことがある。
今の私は、一人の従者として、または一人の冒険者として、人の役に立てていない。
ケガを抱えた今の私は、単なる足手まといでしかなかった。
「……カノン?」
考えこんで無言になっていた私を、リズが心配そうに振り返っていた。
私はずっと考えていたことを打ち明けるため、口を開いた。
「――リズ様。少しご相談が」
「どうしたの、急に改まって」
首を傾げたリズに向かって、私はその内容を告げた。
「しばらく、お暇を頂きたいのです」




