お茶会
迎賓館での社交界から数日後、私はリズ、ノアと共にマリエルの邸宅に招待されていた。
送迎の馬車から降りた先には、コの字型で囲われた巨大な邸宅がそびえ立っていた。以前アーミテージ卿の邸宅を訪れた際にも大きいと感じたが、その時と同等か、それ以上に大きさに見えた。
「いやあ、やっぱり馬車は楽だねぇ」
私の後に続いたノアが、一つ大きく背伸びをした。
「あなたは運動不足なんだから、少しは歩いた方が良いと思うのだけど……」
ノアに続いて馬車を降りたリズが、やや呆れながら言った。
今回は貴族の邸宅への招待だが、迎賓館の時とは違って正式な場ではないことから、服装は基本的に自由となっていた。それに伴い、リズとノアは普段通りの服装を着用していた。ただしリズは鎧を着用しておらず、亜麻色のボディスに茶色のスカートというシンプルな服装だった。ただしアクセサリーなどの装飾はなく、上着はサイズが合っていなくて若干だぼついているのが、多少のだらしなさを演出してしまっている。リズにとって普段着はある程度の清潔感とあとは「着られれば良い」ものなので、見た目の野暮ったさはあまり気にしていない。まさに玉に瑕といったところだった。
「それはよろしいのですが」
他人の服装はこの際どうでも良い。私も気にしないし、おそらくマリエルも気にしないだろう。問題は——
「どうして私だけ、使用人の恰好なのでしょうか……」
私は今更ながら自分の服装を顧みて、思わず溜め息をついた。
「しょうがないだろう。キミだけ服装の指定があったんだから」
「いいじゃないの。似合ってるわよ」
「そういう問題ではないのですが……」
私が文句を言っていたところで、玄関に待機していたローゼンバーグ家の使用人が歩み寄ってきた。服装はメイド服という点では私と同じだったが、短く切り揃えられた髪に赤いリボンがワンポイントのアクセントとなっていた。
「本日は、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
使用人は深々とお辞儀をした後で、邸宅内の庭の方に案内した。リズ、ノアの順で並んで歩くその後ろを、やや行き場を無くしたやるせなさを胸に私が続いた。
庭の中は、敷地内とは思えないほどの広さだった。まさに緑に囲まれた空間、といった具合で、庶民の集合住宅が何軒か入ってしまいそうな広さがあった。
その庭の一角、大きな木の下に白い布がかけられたテーブルが設置されており、マリエルが着席していた。
「いらっしゃいませ」
マリエルは起立し、ドレスの裾を掴みながら恭しく礼をした。
「ようこそミズレット。いや、今はリズペットとお呼びした方が良いかしら?」
「どちらでも。マリエル様のお気に召す方で」
「ふふっ、改めてよろしく。リズペット」
「ええ、こちらこそ」
お互いに笑顔を交換して、リズはマリエルの正面に着席した。
マリエルは、続けてノアに向き直った。
「ノア様。お忙しいところようこそいらっしゃって下さいました」
「それはキミもだろうマリエル。評議会議長も暇じゃないのだろう?」
「とんでもない。お飾りの議長はこうして時間を持て余しているのですよ」
「そのおかげでボクたちはご相伴に預かれるのだから、そのお飾りさには感謝しないとね」
「まったくでございます」
マリエルは口に手を当てながら笑った後、ノアを自身の右手側の席に促した。
何か、リズとノアで扱いが違うような気がするのだが、気のせいだろうか。
「カノン様も、この度はわたしのわがままを聞いて下さりありがとうございます」
「それは良いのですが、あの、マリエル様?」
「何でしょうか?」
「私に敬称は不要なのですが……」
「承知しました。それではカノン様はこちらにどうぞ」
マリエルは私の願いを軽くスルーしながら空いている席——自身から見て左側の席を指し示した。私としては見過ごせない部分だったが、それでも無理に訂正を求めるのも野暮だと思い直し、促されるまま渋々マリエルの隣に腰を掛ける。これで、マリエルを十二時だとすると、時計回りに私、リズ、ノアの順で着席したことになった。
マリエルが頑なに私への敬称を外さないせいで、リズより上の立場に置かれているようでどうも落ち着かない。
当のリズが気にしている様子がないのはまだ救いだった。
全員が着席したタイミングで、後ろに控えていた使用人が陶器製のポットを手に歩み寄り、それぞれのカップに中身を注ぎ始めた。中身は紅茶だろうか。辺りに茶葉のかぐわしい香りが広がった。
「どうぞお召し上がり下さい。お口に合えばよいのですけど……」
マリエルに勧められて、カップの紅茶を一口すする。少し甘いような、優しい味がした。
「良いお茶ね。おいしいわ」
「うん、これはうまいや。悪いけどお替わりもらえるかな?」
風情もへったくれもないノアの飲みっぷりに、私と、それにリズは苦笑を隠せなかった。いくらなんでも失礼過ぎると思ったが、マリエルは「ノア様ったら」と笑っていたので、ひとまずは安堵した。
そこで、マリエルのカップが空なことに気付いた。入れ忘れかと思ったが、よりによって主人の飲み物を注ぎ忘れるなんてことがあるだろうか。
「それで、カノン様。一つだけお願いがあるのですが」
考えていると、マリエルから声が掛けられる。
「わたしの紅茶を淹れて下さらないかしら?」
「私が、ですか?」
「もちろん、ゲストの方にこのようなお願いが不躾であることは重々承知しているのですけど……」
「いえ、そういう問題ではなく、私は素人ですよ?」
「構いません。わたしはカノン様の淹れたお茶が飲みたいのです」
微笑みを浮かべながらもどこか真剣な顔で、且つどこか面白がりながら、マリエルは私に懇願した。
まさか、私に使用人の恰好をさせたのはこのためだろうか。
「いいじゃないの。あたしも見たいわ」
「ボクも興味あるな。そのためのその格好じゃないか」
全然、そのための恰好ではないのだが。
「……リズ様がそう仰るのであれば……」
私の中で妥協点を見つけつつ席を立つと、使用人が笑顔でポットを手渡してきた。
やることは単純だ。手に持ったポットを目の前のカップに向けて傾ける。ただそれだけなのだが、先程目の前で本業の技を見せられてしまっているので、無駄に緊張してしまう。私は手の震えを抑えながら、マリエルのカップに紅茶を注ぐ。
並々と注いだところで注ぎ口を持ち上げると、先端から液体が少し零れてしまった。
「……申し訳ありません」
「いいんですのよ。無茶振りをしたのはわたしの方ですから」
そう言って、マリエルは私が注いだ紅茶の香りを確かめ、何度か頷いた後で一口飲んだ。その後微笑んで言った。
「とってもお上手ですわ。我が家で召し抱えたいぐらいです」
「……お粗末様でございました」
私は手に持ったポッドを使用人に戻すと、再び着席した。
何か、既にどっと疲れてしまった。
「それじゃあ、先に堅苦しい話から済ませようか」
私が一息ついたところで、ノアが口を開いた。
「ヴァンホーテン卿の件だけど、彼は全部吐いたよ。自分が首謀者であることも、そのために専門の連中を雇い入れたこともね」
ヴァンホーテン卿の件とは、彼が計画したマリエル・ローゼンバーグ誘拐未遂事件のことである。
先日、迎賓館で行われたパーティーにて、マリエルが会場に入ったタイミングで彼女を狙う賊の襲撃に遭った。
結果として、リズやマリエル自身の活躍により賊は退けられ、首謀者としてヴァンホーテン卿も捕縛されていた。
私がやったことと言えば、無様に足を引っ張ったことと、マリエルを平手打ちしたことぐらいである。
「動機は権力欲かしら?」
紅茶のカップを片手にリズが言った。
「権謀術数は貴族社会の常だという話だけど」
「ボクもそうだと思っていたけど、どうも違うらしい」
ノアはごくごくと飲んでいたカップを一度置き、マリエルの顔を見た。
「動機はマリエル、キミそのものだったらしい」
ノアに言われて、マリエルは顎に手を当てて少し考え込むような表情になった。どうやら、思い当たる節があるらしい。
「……過去に、ヴァンホーテン卿から求婚されたことがありました。急な話で、わたしもその気がないということでお断りしていましたが……」
「だが、彼は諦めなかった。何度もアプローチを繰り返した後、彼は強硬手段に打って出た」
それが、マリエルを誘拐すること。
その後は、どこか閉鎖された場所でゆっくりと彼女を懐柔するつもりだったのだろう。
ヴァンホーテン卿の自供によると、彼はマリエルを決して傷つけないようにと手下に厳命していたそうだ。あの時現場に残っていたのも、自身が首謀者で賊に襲われる心配がないからというのもあっただろうが、一応彼なりにマリエルの安全を気にした結果だったのかもしれない。
もちろん、それで彼の罪が軽くなるわけではないし、そのことをもって彼を擁護するつもりもないのだが。
「要するに、色欲ってことね」
リズは少々渋い顔をしながら突き放した。正義感の強い彼女にとって、ヴァンホーテン卿の行いは共感の外にあるようだ。
「まあ、そういうわけだから、一旦は一件落着ってことかな?」
そう言って、ノアはカップの中身を一気に飲み干すと、続けて手を上げて「お替わり!」と叫んだ。お願いだからはしたない真似はやめて欲しい。
「それでは、堅苦しい話はおしまいですわね」
マリエルは閑話休題というように手を叩き、私の顔を見た。
「それではカノン様。わたしは冒険者がどのような暮らしをされているのか興味がありますの。少し教えて頂けないかしら?」
「それは、私よりリズ様に聞いた方が良いかと思いますが……」
「いいじゃない。あたしも興味あるわ」
私の冒険者歴はさほど長くない。というかリズはずっと一緒にいるから知っているはずなのだが。
「ところでマリエル、何かお菓子とかないのかい? ボクはちょっと小腹が空いちゃってね」
冒険者の長として、お願いだから少し黙っていて欲しい。
「ふふっ、では先に用意していた茶菓子をお出ししましょうか」
マリエルは笑いながら、手を叩いて背後の使用人に向けて合図を送った。
そこからは、楽しい楽しいお茶会の始まりだった。




