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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第七章
88/105

武闘と舞踏

 マリエルは目を丸くして、何故叩かれたのかわからない、という表情だった。

 私はマリエルの胸倉を掴み、手元に引き寄せた。

「何を甘えたこと言ってるんですか……!」

 こんなことをしている場合ではない。頭ではわかっていたが、私はどうしても感情が抑えられなかった。

「あなたを生かすために、どれほどの人間が尽力していると思っているのですか! あなたの家族。あなたに仕える人々。それなのに、肝心のあなたがそんなでどうするんですか!」

 そう言って、私はマリエルを掴んでいた手を突き放した。マリエルは尻もちを付いて、しばし茫然としていた。

 私は背後を振り返り、ナイフを構える。もう既に、追手の男たちが追いついていた。

「どうした、仲間割れか?」

 男の一人が嘲笑うように言った。見えない仮面の向こうには、おそらく歪んだ表情が隠れているのだろう。

 私は質問に答える代わりに、相手の男たちを睨み返した。敵は二人。一人は先程斬りつけた腕に手傷を負っており、もう一人は無傷。状況は悪いが、やるしかない。

 どちらか一方でも潰せば、あとはリズが何とかしてくれる。

 それを信じて、私は全力を尽くす。最悪、刺し違えてでも。

 私はナイフを構える手に力を込める。

「――お待ちなさい」

 いざ駆け出そうとしたところで、背後から声が掛けられた。

 背後に目を遣ると、いつの間にか立ち上がっていたマリエルが、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。

「そのナイフ、少し借りるわね」

「……何をされるおつもりで?」

「大丈夫。悪いようにはしませんわ」

 突然のことに首を傾げつつも、私はナイフを持ち換えて柄の方をマリエルに差し出す。マリエルはそれを受け取ると、小さく「ありがとう」と言った。

 マリエルはナイフを身体の横にぶら下げたまま、男たちに向かって数歩前に出た。

「何だ、降伏かい?」

「ええ。最初はそのつもりだったんだけどね」

 そう言って、マリエルは持っていたナイフを男たちに向かって突き出した。

「でも、気が変わったわ。ここからはわたしが相手よ」

「マリエル様!」

 私は叫んでいた。いくら何でもそれは無謀過ぎる。

 奴らは、相手がターゲットだからと言って容赦するほど甘い連中ではない。

「いいから。ケガ人は黙ってなさい」

 マリエルはちらりとこちらを見遣り、冷たく言った。先程までとは違う気迫に、思わず息を飲んだ。

「……おい、やめてくれよ」

 男は呆れるように言った。

「俺たちの目的はあんたの確保なんだ。できれば無傷で確保するように言われてる。だが、そうやって刃を向けられたら、俺たちも本気でやらざるを得なくなる」

「御託はいいわ。早く始めましょう。それとも、最近の賊はお喋りの方が得意なのかしら?」

「ああ、そうかい!」

 それが合図だった。

 男たちは一斉に駆け出した。今度は二人同時に、それぞれが直線的にマリエルの立つ場所を目指していた。

 対するマリエルは、相手を見据えながら、わずかに腰を落とした。慌てる様子は微塵も感じられなかった。

 先に仕掛けたのは、長剣を扱う男の方だった。

 私との戦いで右腕を負傷したためか、男は左腕で大振りの斬撃を繰り出す。威嚇の意味合いもあるのだろうが、当たったらもちろん「痛い」では済まない。

 その一撃を、マリエルは足の動きだけで難なく避ける。剣はマリエルの眼前を通り過ぎ、大理石の床に当たって鈍い音を立てた。

 続けてもう一人の男が短剣を振り下ろすと、それもかわされたと見るや、続けて突きの一撃を繰り出す。一撃目は最初から当たらないことを想定したフェイント攻撃だったが、マリエルはいずれも足のステップと上半身のひねりでうまく避けていた。

 その後も男たちはマリエルに向けて攻撃――私の目から見ての全力のもの――を続けていたが、マリエルは最小限の動きでいずれも間一髪で回避し続けていた。二人の男を翻弄するように周囲を跳ねて回るその動きは、さながら踊りのようだった。

 もちろん、私もただ見ているわけにはいかない。何かあったらすぐに介入できるよう、戦いの様子を窺う。

「くそがっ!」

 しびれを切らしたのは短剣の男の方だった。

 男は外套の内ポケットからナイフを取り出すと、それをマリエルに向かって投擲した。マリエルが迫りくるナイフを自身のナイフで弾くのを見た男は、その隙を突かんとして一気に間合いを詰めてきた。

 これまで回避に徹していたマリエルだったが、今度は退かず、逆に男に向かって踏み出した。

 決着が近い。そう思った私も駆け出した。

 男の低い姿勢から繰り出された薙ぎ払いの斬撃。マリエルはそれを軽やかに跳んでかわすと、すれ違い様、男の背中にナイフを突き立てる。男はぐえっという悲鳴を上げた後、前のめりになってくずおれた。そこにもう一人の男が剣を振りかぶりながらマリエルに迫る。マリエルは男を刺した際に姿勢を崩しており、回避は間に合わない。

「マリエル様!」

 私は走った勢いのまま、滑り込むようにして男の足を払った。背後からの攻撃で対処できなかった男は大きくバランスを崩し、ひっくり返るようにして転倒した。背中から思い切り落下した男の呻き声が聞こえた。

 私は倒れ込んだ男の元に駈け寄ると、男が取り落とした長剣を拾い、切っ先を喉元に向けて振りかぶった。ギルドの仕事で殺しをするのは本懐ではないが、相手もプロだ。相手に()()をする以上、自分が()()なることも覚悟の上だろう。躊躇う理由は何もない。

「カノン! どきなさい!」

 ふとリズの声が聞こえ、反射的に構えた剣を下げて男から離れた。

 次の瞬間、ワインの瓶を振りかぶったリズが視界に入り、男の顔面に向かって叩きつけていた。瓶が真っ二つに割れて中の液体が飛び散ると同時に、男は白目を剥いて動かなくなった。

 リズは割れたガラス瓶を床に放り投げながら、私に向き直った。

「危なかったわね。大丈夫だった?」

「ええ、まあ……」

 ()に対して危なかったのか。その真意を測りかねた私は、曖昧に返事をするに留めた。

「それにしても――」

 そう言って、リズは割座でへたり込んでいるマリエルに視線を向けた。

「ちょっとだけ見てたけど、良い動きだったわね。ただのお貴族様とは思えないぐらい」

 マリエルに向かって、リズはラフに話しかける。どうやらこの期に及んでミズレット・ウェインフィールドの仮面を被るのはやめにしたようだった。

「……いや、こっちもぎりぎりだったわ。ありがとう」

 マリエルは肩で息をしながら応じた。額には玉のような汗が浮かんでおり、その言葉通り余裕がなかったことが窺える。

「しかし、マリエル様の動きは素晴らしかったです。どこかで訓練を受けていたのですか?」

 謙遜するマリエルに向かって、私は素直に賞賛を送った。それはおべっかなどではなく、偽らざる本音だった。

「一応、護身術の類は習っているけど、それだけね。最近は面倒でサボっていたし」

「……それで、あんな啖呵を切っていたのですか?」

「あなたの言うことはわかるわ。でもいける気がしていたのよね」

 呆れる私に、マリエルは少し苦笑いしながら言った。

「だって、ダンスも短刀術も、似たようなものでしょう?」

 ……絶対違うと思う。

 だが、目の前であんな動きを見せられたのだから、間違っているのは私の方なのかもしれない。心なしか、リズが「ほら、言ったじゃない」と言いたげな顔をしているように見えた。

「あ、そうそう。助けに来るのが遅れちゃった理由だけど」

 閑話休題、という具合に、リズが口を開いた。

「奴らに時間稼ぎされて粘られたというのもあるんだけど、ちょっと()()()をしたのよね。ちょっと待ってなさい」

 そう言って、リズは踵を返して走って行った。

「ねえ、あなた」

 リズの背中を見送っていた私に、マリエルが声を掛けてきた。

「……ありがとう」

「いえ、お礼を言わなければならないのは私の方です。マリエル様は、ご自身で自分の身を守られたのですから」

 呟くように言ったマリエルに対し、私は目を背けた。

 今回、私はほとんど活躍できなかった。肋骨のケガのせいと言ってしまえばそれまでだが、私自身ではもう少しできると思っていた。相手もプロだったとはいえ、この程度の相手に苦戦を強いられるようなら、今後の仕事の受け方は考えないといけないかもしれない。

「それは違うわ」

 私の言葉に、マリエルは首を振った。

「わたし一人では自分の身は守れなかった。あなたがいたから、わたしは身を守れた。つまり、あなたのおかげよ」

「いえ、私は何も……」

 言いながら、貴族のマリエルに平手打ちをしてしまったことが今更ながら思い出される。感情が昂った結果とはいえ、不敬で罪に問われてもおかしくなかった。できれば、一時のことだったとして忘れていてくれると助かるのだが。

「さっき、わたしのこと叩いてくれたでしょう?」

 だが、その思いは叶わなかった。

「わたし、誰かに叩かれたのは初めてなの。すっごく驚いたけど、とっても温かくて、優しいって思ったわ」

「そ、そうですか……」

 内心冷や汗を掻きながらも、前向きに捉えてもらっていたことに安堵した。

「ねえ。さっきのお願い、聞いてもらっていいかしら?」

「お願い?」

「あなたの名前、教えて欲しいわ」

「ああ、そのことですか……」

 私は未だに座り込んでいるマリエルの前まで歩いていき、手を差し伸べながら言った。

「私はカノンと申します。まだ駆け出しですが、冒険者をやっている者です」

「カノン……良い名前ね」

 そう言って、マリエルは私の手を取った。そのまま、私はマリエルの身体を引き起こした。

「それで、あっちの彼女が貴族、というのはやはり嘘なのね」

「はい。ミズレットは仮の名前で、正しくはリズペットと申します」

「でも、惜しいわね」

 マリエルは少々残念そうに言った。

「せっかく、貴族のお友達ができたと思ったのに」

「申し訳ありません」

「怒っているわけじゃないのよ。それにしても彼女の貴族ぶりはだいぶ板に付いていたわね」

「是非、本人に言ってやって下さい。嫌がると思いますが」

「ふふっ、そうね」

 そう言って、マリエルはくすりと笑った。ヴェール越しでもわかる、いい笑顔だった。

「――さて、待たせたわね」

 背後からリズの声が聞こえたかと思うと、どさりと何かが落ちる音がした。

 振り向くと、一人の丸々と太った男が、手足を縛られた状態で転がっていた。

 その男は、どこかで見たことのある顔だった。

「ヴァンホーテン卿……」

 マリエルがその男の名前を呼んだところで、私ははっとなった。

 この男――ヴァンホーテン卿と呼ばれた男は、ここに来て最初にリズに声を掛けてきた、あの不愉快な貴族だった。

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