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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第七章
87/106

時間稼ぎ

 大広間のガラスが割れ、そこから黒い外套を着た男たちが侵入してきた。人数は五人。顔は仮面で隠れており、その表情は窺えなかった。

 男女問わず各所から悲鳴が上がり、室内はパニック状態となった。

「カノン!」

 リズの言葉を受けて、私は手に持っていた木のケースを床に置き、その蓋を開ける。

 マリエルに献上して空となったケースの底に触れ、木の板をはがした。

 そして、()()()()から出てきた剣を取り出し、リズに向かって放り投げた。

 リズはその剣を受け取ると、鞘からその刃を抜いた。

「さあ、行くわよ!」

 リズは空となった鞘を私に放り返し、踵を返して駆け出す。私も鞘を受け取りながら、同じくケースの底に張り付けてあった自分のナイフを手に取り、リズの後を追った。

 侵入してきた男たちは我先に出口へと殺到する貴族たちをかき分けて、明らかに一つの方向を目指していた。正確には、一人の人物が立つ場所に向かっていた。

 マリエル・ローゼンバーグ。

 彼女は直立不動のまま立ち尽くしていた。それが、突然のことで気が動転しているのか、今の状況を悟ったが故のものかは判然としなかった。

「マリエル様!」

 一人の黒ずくめの男がマリエルに向かって手を伸ばしかけたところで、先行していたリズが間に入り、剣を振るう。男は寸でのところでかわし、数歩後ろに下がった。

「お怪我はありませんか?」

 私もリズに少し遅れて到着し、マリエルに声を掛ける。

「ミズレット? それにあなたも……どういうこと?」

 黒いヴェール越しにも戸惑いを隠せないマリエルを囲むように、リズと私が背中合わせに立つ。周囲を、黒い外套の男たちが取り囲んでいた。

「……お前たちは何者だ」

 男の一人が言った。それを聞いたリズがはっと吹き出した。

「何者か、ですって? あなたたち、鏡で自分の姿を見た方がいいんじゃないの?」

「……我々の目的はマリエル・ローゼンバーグだ。邪魔立てしなければ危害は加えない」

 リズの軽口には答えず、別の男が言う。男たちは姿は同じだが、持っている得物は長剣、短剣、ナイフと様々だった。

「残念だけど、それもこっちのセリフなのよ」

 そう言って、リズは両手で剣を持ち、側頭部に構える。

「大人しく投降すれば、今ならブタ箱に放り込むだけで済ませてあげられるから」

 リズの挑発を聞いて、また別の男がハッと笑った。

「どこの誰かは知らねぇが、邪魔するなら容赦しねぇ!」

 叫ぶと同時に、男は得物の長剣抜いてリズに襲いかかる。

 頭上に振り下ろされる剣をリズは自身の剣で受け止める。ガキン、と金属同士がぶつかり合う音が辺りに響いた。

 男はそのまま足を踏み出して剣を振るう腕に力を込めた。相手は女ということもあり、鍔迫り合いからの力勝負に持ち込み、そのまま押し切る予定だったのだろう。

 しかし、リズの身体は一歩も下がらなかった。むしろ、リズが力を込めると逆に男の身体が後ろに押し出される。

「うおっ!」

 男が思わずバランスを崩したのを見て、リズは鋭く剣を斜めに振り下ろした。剣は男の長剣に当たり、男の手から離れた剣が宙を舞った。

 男が舌打ちをしながら外套の内側に手を入れた瞬間、リズの強烈な拳が男の下腹部を直撃していた。

「ぐへぇ!」

 呻き声と共に、男はその場にくずおれる。同時に、男の手からナイフが零れ落ちた。

「ちっ、馬鹿が。先走りやがって……」

 男の一人が舌打ちをしながら、吐き捨てるように言った。

「……カノン」

 リズは小声で、私に問いかけた。

「二人相手の時間稼ぎ、いける?」

「お任せ下さい」

「無茶しないでね」

「……善処します」

 短く会話を済ませると、リズは改めて男たちに向き直った。

「見たところ、ただの賊ってわけじゃなさそうね。メンタルのコントロールは素人みたいだけど」

 リズは剣を構え直しながら、挑発的に言った。

「……もう一度だけ聞くが、大人しくマリエル・ローゼンバーグを引き渡すつもりはないんだな?」

「悪いけど、こっちも仕事なのよね」

「ならば、死ね!」

 その言葉を合図に、残った四人の男が一斉に動き出した。同時に、リズも前方に相対する二人の男に向かって駆け出した。

「マリエル様は私の傍を離れないで下さい」

 マリエルが無言で頷くのを見届けて、私はナイフを構えた。

 リズが指摘したように、彼らはただの盗賊やごろつきの類ではないだろう。おそらく、こういった仕事を専門に引き受ける、言わばプロなのだろう。一部感情を制御できない無能はいたが、その腕は確かなもののはずだ。

 万全の状態ならいざ知らず、肋骨を負傷している今の状態で彼らを退けるのは難しい。

 よって、私の役目はとにかく時間を稼ぐことだ。

 リズが一方の相手を片付ける間、マリエルを守り通せばこちらの勝ちだ。

 私に相対している男は二人。

 幸い、彼らの目的はマリエルの命ではなく身柄だ。マリエルを傷つけられないという制約がある今なら、やりようはある。

 相手の男たちは二手に分かれ、一方は私に向かって直線的に走り、もう一方は大きく回り込みながら様子を窺っていた。

 まず相手をするのは一人。私は目の前の男の動きに意識を集中した。

 こちらに迫る男の得物は長剣で、リーチの差を生かされるとナイフのこちらが不利になる。私は一つ呼吸を整えた後で、男に向かって駆け出した。私の動きに気付いた男は、その手の剣を振り下ろした。剣の切っ先が私の頭上から迫った。

 わたしは迫る刃をサイドステップでかわすと、男のナイフを持つ腕を斬りつける。痛みで怯んだのを見逃さず、空いた脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 蹴りの感触から、私は内心舌打ちをした。

——浅かったか。

 案の定、男はバランスを崩してよろめいたが、何とか堪えて踏み留まっていた。仮面で表情はわからないが、荒く息をしていることから相当怒っていることが窺えた。

 私は体勢を整えながら、脇腹を手で押さえた。

「あなた、ケガしているのね?」

 私の様子を見ていたマリエルが、ぽつりと言った。

「今の蹴り、踏み込みが全然足りなかった。その様子だと箇所は肋骨かしら?」

「……わかるのですか?」

 少し驚きながら、マリエルの顔を見た。

「少しだけね。ダンスで人の動くはよく見るから、身体の動きには詳しいの」

 その時、短剣を構えながらこちらに向かって駆けてくる男の姿が目に入った。

 私は左手でマリエルを下がらせつつ、右手のナイフを逆手に持ち替える。やがて獲物の射程に入ったが、男は尚も走る速度を緩めない。

 私のナイフが届く距離に入ろうかというところで、男は深く腰を落として屈み、立ち上がる勢いも乗せて短剣を横に払ってきた。かわすのは容易だったが、私の後ろにはマリエルがいて、避けると彼女に当たる可能性がある。

 瞬時に判断した私は、払われた短剣の切っ先を縦に構えたナイフで受け止めた。

 その時、脇腹に強い痛みが走った。

「——っ!」

 思わず出そうになった声を何とか堪えつつ、私は受け止めた短剣を弾いた。

「こっちです!」

 そう言ってすぐに背後のマリエルの手を取ると、急いでその場から離れる。

 マリエルの手を引きながら走っている最中も、下腹部からは刺すような痛みが警報の鐘のように鳴り響いていた。

 正直なところ、状況はかなり悪かった。リズから託された目的を達成できないかもしれない。そう思った。

 この状況を打開するには、少しばかり()()をしないといけないかもしれない。

「……もう、いいわ」

 それまで無言で手を引くに任せていたマリエルが言った。

「そのケガ、かなり悪いのよね? だったら無茶することないわ」

「……それには同意しますが、何をするおつもりで?」

「簡単よ。わたしを彼らに差し出しなさい」

 思わず、私は後ろを振り返った。黒いヴェールの向こう側の顔は真剣そのものだった。

「彼らの目的はわたしなのでしょう? 目的さえ達成されれば、彼らも無駄な争いは好まないはずよ」

「……彼らに捕まれば、何をされるかわかりません」

「いいのよ。元々、わたしは一度死んだ人間だもの。何の因果か今まで生きてきたけど、たぶんここらが潮時なんだと思うわ」

 感情の起伏もなく、マリエルは淡々と言葉を並べる。

 まるで、そうなることが自分の運命だと言わんばかりに。

「あなたたちに会えて良かったわ。ありがとう」

 そう言うと、マリエルは私の手を払い、その場に立ち止まった。それに合わせて、私も逃げる足を止めた。

「マリエル様……」

「最後に、あなたのお名前、聞いてもいいかしら?」

 ヴェールの向こう側で、マリエルは穏やかに笑った。

「私は……」

 私は、ナイフを持っていない左手を強く握りしめた。

 

 そして、マリエルの顔を平手打ちした。

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