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円舞曲

 演奏が一巡したところで、リズとマリエルが並んで深々と一礼した。社交界の舞踏は位の高い観客——主に国王など——に向けて披露されるものだと聞いたことがある。今回はそうした観客に該当する人間はいないが、舞踏の始まりとして一つの様式となっているのだろう。

 ゆったりとした曲調に合わせて、マリエルがステップを踏みながら離れる。リズもそれに合わせて離れる。

 ステップの動きは単純だった。一瞬背伸びをするように足を伸ばした後、沈み込んで小刻みに歩く。一定間隔ごとに、その繰り返し。

 マリエルの動きはさすがの一言だった。歩いている途中で重心がぶれない、まるでスキップを踏んでるような軽やかさだった。

 だが、一方のリズも負けてないと思った。

 曲調とマリエルの動きに合わせながら、同じステップで追従する。いや、追従どころか、逆にマリエルを引っ張っているようにすら見える。

 二人はゆっくりと、だが軽やかにお互いのステップを踏みながら、二人の間に見えない目印でもあるかのように、そこを中心として視点と身体の向きを合わせる。時折手を繋いでは、小さな風車のようにくるくると白と黒の対照的な色を混ぜ合わせていた。

 正直、リズがここまで踊れるとは思っていなかった。「剣術もダンスも同じようなもの」というのは今思ってもだいぶ嘘くさいが、彼女の言葉は決して大言壮語ではなかったというのはわかる。

 その時、曲調が変わり、テンポが速くなる。

 するとリズはそれまでゆったりとした足さばきから一転して、曲のアクセントに合わせて跳ねるように踊り始めた。軽やかに飛び跳ねる度、真っ白なスカートがひらりと舞った。もちろん、マリエルも同じ動きだ。当初黒い物体に見えた重々しさは欠片も存在せず、まるでボールのように跳んで回っている。マリエルの表情は黒いヴェールに覆われていて判然としなかったが、対するリズは笑っているように見えた。

 眼前で繰り広げられる舞踏に、私はすっかり目を奪われていた。それこそ、彼女の周りで踊る他の人々がまるで目に入らないぐらいに。

 その時、急に袖を引っ張られる感覚を覚えた。

 良いところを邪魔されて多少の不快感を覚えながら振り向くと、一人の少女が立っていた。全身を真っ赤なドレスで着飾っており、背丈はルイズよりも小さい。一方で顔にあどけなさが残っているので、年はおそらく十歳ぐらいだろう。そんな子供とも呼べるような女の子が、私を鋭い目で見上げていた。

 いや、鋭い目などというのは生温い表現だ。

 彼女のそれは、まるで親の仇を前にした時のような、憎悪に満ちたものだった。

「……何でしょう?」

「あんた、誰?」

 少々身構えながら声を掛けると、その女の子は敵意を丸出しにして問いかけてきた。

 いや、聞いているのは私の方なんだが。

「あんた、パパとどういう関係?」

 どう答えたら良いか悩んでいるところ、女の子はさらに質問を投げかけてきた。

「……パパ、ですか?」

「とぼけないでよ!」

 女の子は私の袖を強く握り締める。まるで、目の前の悪人を決して逃がさないと言わんばかりに。

「さっき、パパから()()()()に誘われてたでしょ! ただの使用人のくせに! 生意気!」

 さっき。いの一番。誘われてた。

——ああ、なるほど。

 そこまでの単語が並んで、ようやく理解できた。

「あなたは……アーミテージ卿のご息女、ですか?」

「そうよ! クラリア・アーミテージ、覚えておきなさい!」

 そう言って、女の子——クラリアは胸を張った。確かにアーミテージ卿に子供がいるとは聞いていたが、まさかこんなに小さいとは思わなかった。

「……なるほど。どうりで御父上に似て気品に溢れていらっしゃったわけですね」

「ふふん、そうでしょう……って違う! あたしは騙されないわよ!」

「騙した覚えはないのですが……それで、クラリアお嬢様」

「気安くあたしの名前を呼ばないで!」

 どうしろと……。

「……それでお嬢様、私に何か御用で?」

「聞いてるのはあたしよ! もう一度聞くけど、あんたパパとどういう関係なの!?」

「私はミズレット・ウェインフィールド伯爵様の身の回りのお世話をさせて頂いております、カノンと申します」

 そう言って、私はできるだけ温和な表情を心がけながら、微笑みかけた。

「アーミテージ卿には我が主人が大変お世話になっております。私のような者にも優しく接して頂ける、とても素晴らしい方だと思います」

「……ほんとに? それだけ?」

 私の答えを聞いても、クラリアは尚も怪訝な表情を崩さなかった。

「あたしが言うのも変だけど、パパってとっても気難しいのよ!」

「ああ、確かに」

「確かにって何よ!」

「……おっと失言でした」

 クラリアに釣られて、つい私も口が悪くなってしまった。

 相手が子供とはいえ油断は禁物である。どこで私の正体がバレるかわからないのだから。

「と、とにかく!」

 クラリアは仕切り直すように言った。

()()パパが他の女、それも使用人にまで気を遣えるはずないの! だからあんたはただの使用人じゃない! わかる!?」

「そんなことを言われましても……」

 クラリアの剣幕に押されて、私は返す言葉が見つからなくなってしまった。おそらく私が何を言ったところで()()()()()()()()()()()()()でないと納得しないだろうし、まさかここで()()()()()を伝えるわけにもいかない。

 何故クラリアはこれほどまでに私に執着するのだろうか。

 アーミテージ家と言えば、グレゴールの貴族の中でもかなりの名門で、そのご息女とあれば何不自由ない生活を送っているだろう。それなのに、どこの誰ともわからない女との一時の出来事に対して、これほどまでに目くじらを立てるのは理に適っていない。

 そもそも、彼女は父親のことを褒めたいのか貶したいのか。

 そんなことを考えていたところで、ふとクラリアの視線が脇に逸れたのが見えた。

 視線の先を追うと、件のアーミテージ卿が見知らぬ女性——来場者の貴族——と踊りを終え、互いに一礼をしているところだった。

 再びクラリアに視線を戻すと、先程までとは打って変わって、ちらちらと()()が気になってしょうがないという感じだった。

 それを見て、私は一つの結論に辿り着いた。

「……もしかしてクラリアお嬢様、御父上と踊りたいのですか?」

「なっ——!」

 指摘すると、クラリアは顔を真っ赤にした。

「ななななんでわかるのよ!? やっぱりあんたただの使用人じゃないわね!?」

「私がただの使用人じゃないかは、この際どちらでも良いでしょう」

 大袈裟に驚くクラリアに向かって、私は腰を折って彼女に視線を合わせながら言った。

「大事なのは、今が絶好のチャンスだということです。次の曲が始まれば、御父上はまた別の方と踊ってしまうでしょう。時間は限られています。急いだ方がよろしいかと」

「それはそうだけど……でも……」

 クラリアは先程までの勢いが嘘のように、俯きながら言った。

「でもあたし、ダンスそんなにうまくないし……」

 私は無言で、未だに袖を掴んでいるクラリアの手を取った。

「えっ?」

 クラリアが驚いたのを無視して、私は彼女の手を引いて歩き出した。

「ちょっ……どこに行くのよ!」

「——お嬢様のような人を、世間では何と言うかご存知ですか?」

 私は手を引きながら、慌てふためくクラリアに向かって言った。

 

()()()()()()()()()()と呼ぶのですよ」

 

 言ってしまってから、さすがにちょっと言い過ぎたかとも思ったが、意外にもクラリアから抗議の声は上がらなかった。

「チキン……あたしが……」

 ただひたすら、ぶつぶつとうわ言のように呟いていた。

 そうこうしている内に、私は()()()()()まで辿り着いた。

「——アーミテージ卿」

「むっ、カノンか。それに、クラリア?」

 アーミテージ卿は少々驚いたような顔をした。貴族の集会で私のような使用人から声を掛けたのもそうだが、何より自分の娘と私という組み合わせがどうにも彼の中でしっくり来なかったように見えた。

「こちらのお嬢様が、閣下にお話があるそうです」 

「クラリアが? ……何だ?」

 アーミテージ卿が応じたのを見て、私は未だに後ろに隠れようとする臆病な女の子を前面に押し出した。

「い、いいって。あたしは——」

「クラリアお嬢様」

 私はしゃがんでクラリアの目線に合わせながら、その肩に手を置いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 クラリアは、私の言葉をしばらく呆然と聞いていた。

 だがその後二度、三度と勢いよく首を振り、私の目に視線を返した。まだ不安そうな表情は拭えていなかったが、その目には確かに火が灯っていた。

 クラリアは改めてアーミテージ卿に向き直った。その手は固く握られ、わずかに震えていた。

「ち、父上。あたしと、踊って下さい……」

 最後は消え入りそうな声で、クラリアは言った。言い切ったのだ。

 アーミテージ卿は最初、眉をひそめた。それから、呆れるように言った。

「構わんぞ。こんな場所に来てまでわしと踊りたいとは、お前も物好きな奴だな」

「あ、ありがとうございますっ!」

 父親の言葉を聞いて、クラリアは深々と頭を下げた。

 その時どんな表情をしていたのかを見れなかったのが、ちょっと残念なぐらいだった。

 私は目を細めながら、静かにその場を後にした。次の曲はまもなく始まる。ここからは、親子の時間だ。

 次の瞬間、背後から声が聞こえた。

 

「ありがとー! チキンのお姉さーん!」

——チキンはあなたのことでしょう。お嬢様。

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