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迎賓館

 迎賓館はグレゴールの中心部に位置する建物で、文字通り外部からの有力者を歓迎するための会場として建築された建物である。石造りを基調とした荘厳な建物で、柱の一本に至るまできれいに装飾されたそれはさながらお城のようだった。

「まさかここに立ち入る日が来るとはね」

 隣に立つリズが、呆れたように言った。それについては私も同感である。

「あまり気乗りはしないけど、今更臆してもしょうがないから、行きましょうか」

「はい、リズ様。いえ、()()()()()()()()()()()()

 リズは少しだけ渋い顔をした後、ハイヒールの足を踏み出した。彼女は普段の鎧姿ではなく、真っ白な絹のドレスに身を包んでいた。肩は大きく露出し、背中はVのラインを描くように縫い合わされており、コルセットで締め上げられた腰と合わせてほっそりとした女性らしい印象を強く与えている。また腰から大きく広がるスカートは対照的に満開に咲いた花のような華やかさを演出していた。ノアの所持品ということでややスカートの丈が足りず、足元が少し露出してしまっているが、それでも十分に似合っていると言って良かった。

「こういうのはあたしよりカノンの方が似合いそうなものだけど……」

 リズは顔を正面に向けながら、左斜め後ろの私を目で追った。

「とてもお似合いですよ」

 私が言うと、リズは小さく笑い、正面に視線を戻した。実際そういうプランもないわけではなかったが、演技とはいえ私がリズの上に立つのは我慢ならなかったので、私は使用人の立場に甘んじさせてもらうことにした。そのため、今日の私は以前もノアの付き添いで着たことのあるメイド服を着用している。

 リズに続いて入場した迎賓館は、建物の中もやはり豪勢だった。

 天井にはガラス製のシャンデリアが釣り下がり、壁際には高級そうな調度品が多数並べられており、そのいずれもがおよそ庶民が一生かかっても買えない金額のものであることは明白だった。

 私はリズの後に続いて、幅一・五メートル程の木のケースを両手に持ちながら、通路上に敷かれた真っ赤なカーペットの上を歩く。一歩踏む度にコツコツと大理石の音が鳴った。

 しばらく歩いていると、燕尾服を着た一人の男がこちらに向かって礼をしていた。

「いらっしゃいませ。招待状を拝見させて下さい」

 男の言葉を受けて、リズは私に目を遣った。私はリズの横に進み出て、腰に下げた小物入れの袋から一通の手紙を取り出し、男に差し出した。

 男は手紙の中身を改めると、リズに向かってにっこり笑った。

「ミズレット・ウェインフィールド様でございますね。ノア・テイバー様のご紹介とのこと。ようこそいらっしゃいました」

 男はリズに向かって深くお辞儀をした後、続けて私を見た。

「失礼ですが、その手に持たれているケースは?」

「こちらはみなさまへの献上品でございます。良いワインが手に入りましたので」

「ふむ、中身をご確認しても?」

 どうぞ、と私は木製のケースを差し出すと、男はケースを近くのテーブルの上に運び、留め具を外して開けた。

 中には、衝撃吸収用の木片と共に、一本の瓶が入っていた。

 男は中の瓶を手に持って睨みながらしばらく唸っていたので、()()()()()()()()()()()()()()と指摘が入るかと思ったが、男は満足したようにケースの蓋を閉めた。

「ご協力ありがとうございます。これは良いワインですな」

「ありがとうございます」

「それでは、中でお待ちください」

 そう言うと、男は一礼し、背後のドアを開いた。

 ドアを潜った先の大広間は、更に絢爛豪華な空間が広がっていた。釣り下がるシャンデリアや調度品もワンランクグレードアップし、巨大な絵画が描かれた天井は、まさに別世界という印象だった。その中に礼服やドレスで着飾った男女が十数人、それぞれがワイングラスを片手に談笑していた。いずれもグレゴールの有力貴族か、その知り合いの貴族なのだろう。

「街の人が質素な暮らしをしているのに、いい気なものね」

 リズが小声でぼやいたのを聞きながら、周囲の人間に視線を配る。事前にノアから聞いていた()()()()()の姿は、今のところ見えない。

「おや、見ない顔ですな」

 ワイングラスを片手に、近くに立っていた男がリズに歩み寄り、声を掛けてきた。でっぷりと腹が出ており、全体的に()()という印象を与える男だった。

「ええ。こちらには初めて来ましたの」

 リズは扇子を口元に当てながら、やや高い声で言った。

「失礼、あまりにお美しかったもので。ふぅむ、見たところこの辺りの方ではなさそうですが、このグレゴールにはどのような経緯でいらしたのですかな?」

 ねっとりとした口調で話しかけてくる男の姿に内心舌打ちをする。リズにいやらしい目を向けているのも不快だし、何より貴族の設定をそこまで作りこんではいないので、あまり深く突っ込まれると何かしらのボロが出そうなのが怖かった。今回私は使用人という立場上、あまり貴族たちの会話に入れないので、何かあった時のフォローも難しい。

「おや、こちらにいらしたのですな」

 そう思った矢先、違う方向から声が掛けられた。

「おお、これはこれはアーミテージ卿。貴公もいらっしゃっていたのですな」

 振り向くと、小柄でぎょろりとした目にカイゼル髭の男——以前の依頼で見慣れたアーミテージ卿の姿がそこにあった。

「彼女はわしの知り合いでもあるのだよ。社交界にあまり慣れておられないようだったので、わしがこちらにお誘い申したのだよ」

 アーミテージ卿がすらすらと話すと、男は「ふむふむなるほど」と納得したように言った。

「お久しぶりです。アーミテージ卿」

 リズはにっこり微笑んで言った。

「ミズレット・ウェインフィールドでございます。閣下に覚えて頂いて光栄ですわ」

「何を言うかミズレット。わしもそこまで耄碌しておらぬて」

 そう言って、アーミテージ卿はがっはっはと笑った。

「どれ、わしが会場を案内しようではないか」

「むぅ、ずるいぞアーミテージ卿。こんな美人を独り占めするとは」

「すまぬな。彼女も最初は見知った顔に案内される方が安心であろう。後で貴公も紹介してやるから心配召されるな」

「むむっ、くれぐれもよろしくお頼み申しますぞ」

 アーミテージ卿が恭しく差し出した手をリズが取り、人のいない方へ歩いていく。その後ろを私も付いて歩く。

「助かりましたよ。アーミテージ卿」

 周囲に人がいなくなったタイミングで私が言うと、アーミテージ卿はリズの手を離し、ふんと鼻を鳴らした。

「……ギルドマスター殿が代理を立てるとは聞いていたが、まさか貴様たちとはな」

「あたしも、こんなところであなたに会うとは思わなかったわ」

「わしはどちらかというと嫌な記憶しかないのだがな……」

 そう言って、アーミテージ卿は苦い顔をする。彼にとってリズに荷物のように持ち運ばれたことはやはり嫌な思い出に入るらしかった。

「ところで、()()()()()()()()()()()という人物をご存知かしら?」

 リズが言うと、アーミテージ卿は少し渋い顔をした。

「……何だ貴様ら、彼女に用事があるのか」

「用事ってほどじゃないんだけど、()()()()()

「ふむ……」

 少々訝しげな表情を浮かべながらも、アーミテージ卿はちらりと会場を一瞥する。

「……どうやらまだ来ておらぬようだ。まあ、あの女は見るからに()()()()だから、見ればすぐにわかるだろうが」

 一目見てすぐに、アーミテージ卿は断定した。いくら彼が常連とはいえ、数十人もいる中から簡単に認識できるレベルだということは、そのマリエルという女はよほど目立つ人物なのだろう。

「しかしリズペットよ」

 アーミテージ卿はリズの顔を見ながら、感心したように言った。

「貴様、貴族ごっこがだいぶ板についておるではないか。その淀みない立ち振る舞いといい、昔どこかで貴族でもやっておったのか?」

「……たまたまよ」

 アーミテージ卿に褒められたリズは言葉少なだった。まるで、そう言われるのが心外だと言わんばかりに。

 その瞬間、会場内に拍手の音が響き渡った。

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