新たな依頼
療養し始めてから一週間が経過したところで、私たちはパンダスの街から馬車でグレゴール市へと移動していた。
療養の甲斐もあって肋骨の骨折以外は概ね回復した私は、このタイミングで一度冒険者としての仕事に復帰することになった。
「あたしとしては、もう少しゆっくりしていて欲しいところだけどね」
リズはそう言ってくれていたが、肋骨の骨折が完全に治るまでには数ヶ月単位での時間がかかる。さすがにそこまでの長期間、冒険者としての仕事を止めるわけにはいかない。
とはいえ、戦闘行為は最小限で、しばらくは荷物持ちに専念することになるだろうが。
「センパイ、良かったね」
「ええ。これも看病してくれたルイズのおかげですね」
「えへへ、それほどでも……」
「お前は銃の整備しながら話してただけだろ……」
話をしながら、私たちは定期便発着の馬車停留所に向かっていた。
そこに向かっている理由は、彼女たちの見送りだった。
「さて、そンじゃ名残惜しいが、アタシたちはここいらでお暇させてもらうわ」
馬車が整列する停留所が見えてきたところで、ルーチェが言った。
当初の滞在予定は一週間程度だと聞いているので、私に付き合わせて随分長居をさせてしまった。
「あなたたちには随分世話になったわね。感謝しているわ」
「いいってことよ。貰うもんはちゃんと貰ってるしな」
「ルーチェ、道中気を付けて下さいね」
「あンがとよ。先輩も息災でな」
私はルーチェと握手を交わした後で、先程から無言で俯いているルイズの元に歩み寄った。
「ルイズ」
「……センパイ、あたし、さみしい」
「大丈夫ですよ。いずれまた会えますから」
「わかってるけど……」
「おらルイズ! 何してンだ行くぞ!」
馬車に向かって歩きながら、ルーチェが叫んだ。
ルイズはしばらく目を伏せて口をつぐんでいたが、意を決したように私を見上げた。
「センパイ、最後にぎゅっとして」
そう言って、ルイズは両手を広げた。
「……わかりました」
脇腹に響くので本当は遠慮したいのだが、ルイズの頼みなら仕方ない。
覚悟を決めて、私はルイズの身体を腕の中に招き入れる。ルイズが背中に腕を回したところで脇腹に鋭い痛みが走り、呻き声が喉元まで漏れそうになったが、何とか堪えることができた。
「……センパイ、またね」
「ええ、また会いましょう」
お互いに耳元でささやき合った後で、ルイズは身体を離し、ルーチェの元に走って行った。
途中、ルイズはこちらを振り返ると、大きく手を振りながら叫んだ。
「それじゃあね~! あの話、忘れないでよ~!」
私が小さく手を振りながら微笑むと、ルイズは満足したように背を向けて走っていき、ルーチェに続いて馬車に乗り込んだ。
「……騒がしい子ね」
彼女たちの背中が見えなくなったところで、リズがぽつりと呟いた。
「まったくです」
私も同意して苦笑いをした。出会った当初はだいぶ暗い雰囲気だったのが、随分昔のことのように感じられる。
「それじゃあ、あたしたちも行きましょうか」
そう言って、リズは踵を返して歩き始める。私も追従して横に並ぶ。
この後は、一度冒険者ギルドに立ち寄る予定だった。直近起きたことの情報収集と現在出ている依頼内容の確認、そしてあの話についてノアと話をするためだった。
私は歩きながら、頭の中で思考を巡らせた。
さて、一度は断ったあの話――平和な海賊団への協力要請について、前言を翻すことになった理由をどうノアに説明したものだろうか。
「まあ、平和な海賊団の件は当事者間で合意しているのなら、ボクが何か言うようなこともないんだけど」
ノアは話しながらも、目の前のテーブルに積まれた書類を一枚拾っては内容を一瞥し、次々に署名をしていく。かなりの速度で消化しているようにも見えるが、積み上げられた紙の山はなかなか減っていなかった。
「でも珍しいね。カノンが一度決めたことを翻すだなんて。何か心変わりでもあったのかい?」
「心変わり、というほどではありませんが」
ノアに尋ねられて、私は用意してきた回答を説明し始める。
「私の中で、優先順位などを組み替えた結果、判断が変わったという話です」
「へぇ、なるほど。一応、内容を聞いてもいいかい?」
言いながら、ノアは手に取った紙を睨みつけたかと思うと、軽く舌打ちをして席の後ろに放り投げた。行儀の悪い態度だったが、ここまでノアが仕事に追われているのは先日誰かさんのために急遽出張していたせいなので、私としては強く言えない。リズも若干眉をひそめながらも、特に指摘はせず腕を組んで傍観していた。
「まず、彼女たちの協力依頼は私を名指しして行われたものです。経緯はともかく、その点は重視されるべきでしょう」
「ふーん、キミがそんなに義理堅いとは思わなかったけど、それで?」
「次に、当初私が彼女たちの依頼を断ったのは、私たちの方もこなすべき依頼が立て込んでいたからです。ですが彼女たちの協力により、トロール討伐は想定より早く方が付きました。その浮いた時間を利用し、協力へのお礼も兼ねて彼女たちの依頼を受けるのも悪くないと、判断しました」
「なるほど。確かにもっともらしい理由だ」
そう言って、ノアは書類整理をする手を止めて、私に向き直った。
「でも、本心とは思えないね。それで、実際のところはどうなんだい?」
ノアはテーブルに肘を付きながら両手を組み、私をじっと見据えた。まるで、私の心を見透かしているような目だった。
私はちらりと横に立つリズを見た。リズは私の視線に気付くと、にやりと口角を上げた。
やはり、これを言わずにはいられないか……。
私は意を決して、口を開いた。
「……私がフータンという国に興味を持った。ただ、それだけですよ」
私の言葉に、ノアは少しの間目を丸くしていた。
それから、にやりと笑って言った。
「いいねぇ。キミもそういうことを言うようになったんじゃないか」
満足そうに言った後、ノアは再び書類を手に取って内容を確認し始めた。
「何よ、そのおっさん臭い反応は」
ノアの発言に反応したのはリズだった。
「そういうキミは、カノンの判断について何か言うことはないのかい?」
「何か言うも何も、あたしは最初から反対してなかったわよ。カノンがやるというのならあたしも付いていく。それだけよ」
「やれやれ。キミはぶれないねぇ」
呆れたように言いながら、ノアは一枚の紙を見たところで手を止めた。
「それで、フータンにはいつ頃行くつもりなんだい?」
ノアは紙に目を落としたまま言った。
「この間のトロールほどじゃないにせよ、向こうでも戦闘が発生するんだろ? その中に負傷したカノンを送り込むのはいささか性急が過ぎるんじゃないのかい?」
ノアの言うことはもっともだった。
正直なところ、リズがいれば戦闘面での心配はあまりないのだが、いざという時に私自身が動けないのは作戦面で大きな支障が出る。それに名目上とは言え、私宛の依頼なのに私が戦えないのでは、依頼をしてくれた先方に対しても申し訳が立たない。
「そうなのよ。話が早くて助かるわ」
待ってましたと言わんばかりに、リズが口を開いた。
「向こうに行くのは一ヶ月後ぐらいを考えているのだけど、その間に何かあたしたちにできそうで、且つカノンの負担にならなそうな依頼とかないかしら?」
「やれやれ。わざわざボクのところに来たのはそれが理由か」
苦笑いしながら、ノアは肩を竦める。それから、頬杖を付いて少し考え込むように片目を閉じた。
「でもなぁ、カノンはともかく、リズペットは化け物退治以外、全般不器用そうだからなぁ……」
「失礼ね。あたしだってやればできるのよ?」
「やる気もないくせによく言うよ……ん、いや待てよ?」
ノアは手に持っていた紙を見ながら、何かに気付いたように呟いた。
「……キミたち、何でもするかい?」
「何よそれ。何でもはしないけど、何かあるの?」
リズが訝しげに言うと、ノアはにやりと口角を上げた。
「ちょうど、今のキミたちにうってつけの依頼があるんだけど、どうだい?」
そう言って、ノアは手に持っていた一枚の紙を私たちの方に滑らせた。




