導きのアンバーグリス
「それで、何でキミたちは同じベッドで寝ているんだい?」
翌朝、ベッドの上で目を覚ました私は、朝一番でノアの呆れた声に迎えられた。
痛みに気を遣いながら、ゆっくり身体を起こした。右隣ではリズが反対側を向きながら寝息を立てている。普段は早起きなのだが、今日は珍しいと思った。
「何でも何も……」
私は頭を掻きながら、ノアの声に応える。
「あなたが二つしかないベッドを一つ占拠したからでしょう?」
「当たり前だろう。誰が床で寝たがるんだ。そうじゃなくて、もう一部屋借りなかったのかい?」
「ちょうど満室で空いてなかったと聞いていますよ」
そのタイミングで、リズがむくりと起き上がる。髪は寝ぐせではねており、まだ寝足りないのか目は半開きだった。
「おはようございます。リズ様」
「おはよう。何、またノアが何か言ってきてるの?」
「またとは何だ失礼だな。リズペットこそ、どうしてカノンと同じベッドで寝ているんだ」
「仕方ないでしょう? カノンがどうしてもって譲らなかったんだから」
「当然です。主人を差し置いてベッドで寝るなど許されません」
「あたしも、ケガ人を床で寝かせるわけにはいかないのよ」
「それで、どっちも譲らなかったってわけか……」
ノアは「やれやれ」という感じで肩を竦めるのを見て、私はリズと顔を見合わせた。リズが苦笑すると、私も釣られて笑ってしまった。
その時、廊下の方でばたばたという足音が聞こえた。
そう思ったのも束の間で、急に部屋のドアが開かれた。
「センパイ~! おはよ~! 朝ごはん食べ、よ……?」
元気よく部屋に入ってきたルイズが、ノアの姿を見て急激にトーンを下げていた。
そう言えば、ノアとは初対面の時以来なのでまだ面識が薄かったか。
「おはようルイズ。ちょっと見ない間にずいぶんカノンと打ち解けたみたいだね」
「ど、どうも……」
気さくに話しかけるノアに対して、ルイズは目を伏せて、どこか所在なさげに縮こまっていた。
「……あれ、ボク何か嫌われることしたっけ……?」
「ルイズは繊細なのよ。あなたも少しは見習いなさい」
「何か、釈然としないなぁ……」
リズに指摘されて、ノアは不満そうに首を捻った。私は逆にノアの図太さをルイズに分けてあげても良いと思ったが、ルイズの教育に悪そうだと思ったので、その考えは胸の中に留めた。
「うぃ~っす。おっ、ギルドマスターサンも起きてたか」
そう言いながら、ルーチェが両手を首の後ろに回した姿勢で入室してきた。
「……ルイズが繊細なのは、近くにいるこの女が反面教師になっているからじゃないのかい?」
ノアはぶつぶつと言いながら私に同意を求める視線を送ってくる。私は「まあそういうこともあるか」とは思ったものの、同意するには至らずに肩を竦めるに留めた。その様子を見て、ルーチェは首を捻った。
「……ちょうどいいわ。全員揃ったみたいだし、この後の動きについて話しておきましょう」
そう言いながら、リズはベッドの上から飛んで床に着地した。その後、全員を見回すように視線を動かす。
「まず、あたしはノアをギルドまで送ってくるわ。道中は安全だと思うけど、念のためね」
「何だ、随分優しいじゃないか」
「一人だと、あなた迷子になるかもしれないでしょ」
「……キミはボクのことを何だと思ってるんだ……」
不満そうに口を尖らせるノアのことを無視して、リズは話を続ける。
「それで、カノンは宿で療養してもらうとして、ルーチェとルイズは自由行動よ。好きに過ごしてもらっていいわ」
「あたし、センパイと一緒にいる」
質問を受けて、まずルイズが即答した。
「昨日もその前も話せてない。あたし、不満溜まってる」
「……まあいいわ。それで、ルーチェは?」
リズに話を振られて、ルーチェは少し考えるように手を顎に当てた。
「アタシは、ギルドの方に付いていこうかな」
「……何よ。護衛ならもういらないわよ?」
「違う違う。せっかく異国の地に来たンだから、こっちのギルドのことも見ておこうと思ってね。一応、報酬のこともあるしな」
「……まあいいけど、日帰りだから案内はしないわよ?」
「わかってるって」
渋々といった形でリズが了承すると、ルーチェはにかっと笑った。
これで、今日の動き方が決まった。
「とりあえずメシにしようぜ! 難しい話をしたら腹減っちまった」
「まだ今日の予定話しただけでしょ……」
呆れるリズを尻目に、ルーチェは意気揚々と部屋を後にした。渋い顔をしながらも、リズがその後に続いた。
「さっ、センパイもいこっ」
「ああはい。わかりましたから腕は引っ張らないで下さい……」
「カノン、朝食の前にちょっとだけいいかい?」
ルイズに手を引かれてベッドから降りたところで、ノアから声がかかる。
「ルイズは先に行っててくれるかな? ボクたちもすぐ向かうから」
「……わかった」
ルイズは露骨に訝しげな表情を見せたが、生来の人見知りが勝ったのか、特に口答えはせずにそそくさと部屋を後にした。
部屋の中には、ノアと私の二人が取り残された。
「何でしょうか?」
私が向き直ると、ノアは何故か小声で話し始めた。
「セルナ・カービンは、ダイナマイトの爆発に巻き込まれて命を落とした。そうだったね?」
「その通りですが……?」
「そうなるといくつか疑問が残る。一体誰が、どうやって彼女を爆発に巻き込んだのかということだ」
「……鉱山に突入した際、数人の男たちとすれ違いました。おそらく彼らによってやられたのかと——」
「本気でそう思っているとは思えないね」
思わず言葉に窮した。
確かに、私は彼女を殺した犯人の姿を見ていない。
彼女がやられる現場を、この目で見たわけではないのだから。
「キミが言うには、彼らはズブの素人だったのだろう? そんな彼らが、セルナ・カービンを罠にはめてどうにかできるとは考えにくい。そうは思わないかい?」
「それは……」
「もちろん、仮にそうだったとしてそれがどうした、というのはある。今更彼女の死因を掘り返してもそこにあるのは復讐だけだ。キミが敵討ちを考えているのでもない限りは、今ボクが言ったことは忘れてもらって構わない」
私は答えなかった。復讐、という言葉に、少しだけ胸にちくりとした痛みが走った。
「ただ、もし敵討ちを考えているのなら、注意した方がいい。相手はセルナ・カービンの行動が目障りだと思ったのだろう。何か、大きな意思が動いた可能性がある。ボクの方でも探ってはみるけど、一応頭の片隅には置いておいてくれ」
「……ご忠告、ありがとうございます」
私が答えると、ノアはふっと笑顔になった。
「それじゃ、ボクらも朝ごはんにしようか」
そう言って、ノアは雰囲気を変えるように明るく言った後、私の前を横切った。
「あ、そう言えば」
ドアに手をかけながら、ふと思い出したかのように言った。
「キミがルイズからもらったアンバーグリス、キミは『懐かしい香りがする』と言っていたけど――」
次の言葉を、ノアは何でもないことのように言った。彼女からしてみれば、些末な世間話程度だったのだろう。
私は、その言葉を聞いて思わず息を飲んだ。
「――アンバーグリスは海沿いの街、それも海洋国家フータンでしか手に入らない代物なんだ。匂いを嗅いだ人はみんな『独特な香りがする』って言うんだけど、それが『懐かしい』ってことは、キミって昔そっちの方に住んでたのかい?




