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ヴォイド山脈道中

 準備を整えていた私は、リズと二人で出発した。

 目的地は、近場の交易の要衝であり、討伐対象であるドレイクドラゴンの巣窟、ヴォイド山脈。

 滞在していた村からはおよそ半日の距離だったが、出発が夜遅かったこともあり、道程を半分ほど進んだところで野宿をすることになった。

 旅路の過程で夜になることは、もちろんこれが初めてではない。私が火を起こしている間、リズは薪となる木の枝を集めた後、寝床の準備に取り掛かる。いつもの分担で、言葉による申し合わせは必要なかった。

 夜は生き物が寝静まる時間帯だが、同時に危険の多い時間帯でもある。

 夜に活発に活動する魔物もいれば、金品や命をつけ狙う野盗の類もいる。全員が無防備になることを避けるため、野宿をする際は夜の見張りを交代で置くのが一般的だ。

 夜の見張りについては、基本的に私の担当となっている。

 基本的に、と言ったのは、通常は交代しないまま朝を迎えることが多いからだ。

 一応「眠くなったら交代する」という取り決めはしているが、それが履行されたことは一度もなかった。

 理由の一つとしては、私は「教団」での生活の中で、数日程度は眠らなくても行動に支障が出ないように訓練されている。もちろん、そのせいで行動や判断に影響が出ることはなかった。

 そしてもう一つの理由は、リズにやらせるような仕事ではないからだ。

 それは彼女が主人だから、というのもあるが、リズはいつだって唯一無二にして最大の戦力だ。最大戦力を常に万全の状態に備えておくことは、私を含めた全体の利益になる。

 そのようなことまで申し合わせたわけではないが、元より細かいことには執着しないリズは「カノンがそれで良いなら」ということで了承していた。そうでなくとも、リズは自分がこだわる部分は強く主張するが、それ以外のことは私に任せることが多い。

 だが、今回は違った。

「今日は、あたしが見張りをする」

 焚火を囲んだ向こう側で、リズが言った。

 最初は、何かの間違いかと思った。

「……私は大丈夫ですよ?」

 念のため聞き返したが、リズは「それはわかってる」と前置いた上で、さらに続ける。

「でも、今日はあたしに任せて欲しい」

「ですが……」

「大丈夫よ。見張りはあまり慣れてないからって、寝首をかかれるようなヘマはしない」

 私が心配しているのは、そういうことじゃない。

 リズは箱入りのお姫様ではなく、全国で数多いる冒険者、その中の頂点であるSランク冒険者の一人なのだ。各地を転々とする生活の彼女であれば、夜の見張り番程度は子供のお使いにもならないだろう。

 だが、彼女には可能な限りコンディションは万全にしてもらいたかった。

 それだけ、これから討伐する相手――ドレイクドラゴンは強大で、未知の相手なのだ。

 しかし、彼女の瞳に灯る決意の火を消すのは難しそうだった。

 結局、私の方が折れた。

「……わかりました。それでは、今回はお任せします」

「今回は」という部分を強調しながら、私は言った。一抹の不安は残ってしまうが、ここで押し問答を続けてもしょうがない。

 何かあれば起こしてもらうように伝え、焚火を背にして横になる。

 変な気分だった。主に仕事を押し付けた感覚と、誰かに背中を預けることの違和感が交差していた。

 普段は、私が背中を守る側だというのに。

 どこか居心地の悪さを感じながら、私は目を閉じた。



――このままでは早晩、このパーティーは瓦解する。

 真剣な面持ちで、クラウスはそう言った。

 彼の言いたいことはよくわかる。そして、彼の抱いている危機感も。

――それで、私にどうしろと?

 私は敢えて、勿体付けたような言い方をした。

――リズペット様に再考を促して頂きたい。彼女は一人ではなく、カノン嬢やぼくたちがいると。

――それは無理ですね。

――無理なことはない。あなたの言うことであれば彼女も聞く耳を持つはずだ。

 私は、とっさに出そうになった言葉を飲み込んだ。代わりに、別の言葉を続ける。

――何故無理か、ですか。簡単な話です。クラウス殿の懸念は実現しないからですよ。

――ですが、現に!

――改めて言います。リズ様が今のやり方を続けても、このパーティーは瓦解しない。何故なら、

 その前に私とリズ様は離脱するからですよ。

――今、何と?

――私からのお願いは一つです。「その時」が来たら、あなたは新たなリーダーとして、その場で起きたことを追認して下さい。

――待って下さい!

――ああ、もちろん「教団」には私から説明しておきますので、その点はご心配ならさず。

――カノン嬢!

――あなたにとってもそう悪い話ではないはずですよ?

 そう言うと、クラウスは目を見開いた。

 私は構わず続けた。

――これであなたは、再びリーダーの地位に返り咲けるのですから。



 わずかに草を踏む音で、私は目を覚ました。

「カノン」

 主人の声で飛び起きると、リズも既に立ち上がり、腰の剣に手を当てているのが見えた。

 周囲はまだ暗く、おそらく三十分と経っていないだろう。

「状況は、如何ですか?」

 言いながら、周囲に目を配る。やや遠いが、人の気配がする。

「人数はたぶん四、五人。軽装で、さっきから遠巻きにこちらを窺っているわね」

「ただの野盗、というわけではなさそうですね」

「……誰か来る」

 そう言って、リズは剣を抜く。私も傍に置いた槍を手に取り、足音の方向に構えた。

 その足音は、ゆっくりとした間隔でこちらに近付き、やがて――

「おっと、ぼくたちは敵じゃないですよ」

 それは、クラウスという男の姿となって現れた。

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