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衝突

「カノン、キミさては相当なバカだな?」


 唐突に罵倒されて、怒るより先に驚きが勝った。

「いや、バカというより無邪気かな? 能天気とも言える」

 私が目を丸くしていると、ノアが畳みかけるように言った。

「だってそうだろう? 長い間一緒に旅をして、相方の目的に気付かないなんてことがあるものか」

「それは……そうかもしれませんが……」

「キミが気付かなかったとしたら、それはキミが知ろうとしなかったからなんじゃないかな」

 ノアの指摘は、耳の痛い話だった。

 私の任務は、主人であるセルナのサポートだった。

 主目的は彼女を守り、導き、そして監視すること。

 そのため、彼女が何の目的で、何を成そうとしているのかについてはあまり深入りしていなかった。

 私は、目を逸らしていたのだ。

「勘違いしないで欲しいのだけど、ボクは何もキミの不手際を指摘したいわけじゃない。まして、セルナ・カービンが()()()()()()()()()だなんて言うつもりもないよ。すごく悪い言い方をすれば、彼女は()()()()()()だけだからね」

「……あなたらしいですね」

「気を悪くしたらごめんよ。でも今はそう言うしかないんだ」

 それはどういうことか。聞き返す前にノアが話を続ける。

「キミほどの人間が何故セルナの目的を探るところまで気が向かなかったのか。考えられるのは一つだ。キミは彼女のことを信頼し過ぎていた。妄信していたと言ってもいい」

 ノアの言葉に、私は少しだけ眉をひそめた。ノアの目線から、そう思われるのは仕方のないことなのかもしれないが、別に私は盲目的に彼女を信用していたわけではない。

 そもそも、私たちの「役目」は、「教団」の意思を体現し、より良い世界を作ることだ。

 それぐらい、ノアだってわかっているはずだ。

「だってそうだろう? 表向きは善人ぶっているセルナが、裏ではとんでもない大悪党だったという可能性もあったはずだ」

「……セルナは、そんな人間じゃありません」

「仮にそうだったとして、彼女にとっての善悪がボクらの都合と一致しているかはわからないじゃないか。もし違っていたら、キミはどちらに付くつもりだったんだい?」

「仮定の質問には答えられませんね」

「なるほどね。それじゃあ聞き方を変えようか」

 ノアは軽く肩をすくめた後、少し考えるように目を閉じた。

 そして、まもなく目を開けて言い放った。


「キミは過去のセルナ・カービンと今のリズペット・ガーランド、どちらに付くつもりだい?」


「……質問の意図がわかりませんが……」

「意図も何も、キミは選ばなきゃいけない。カンナとしてセルナを胸に抱くか、カノンとしてリズペットと共に歩むか」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 思わず私は叫んだ。ノアの会話ペースに頭が付いていけない。

「確かに私は彼女——セルナのことは忘れていないし、今も大事に思っています。ですが、そのことと、リズ様を天秤にかけることに何の関係があると言うんですか?」

「関係ならあるさ。セルナ・カービンは死んでなんかいない。キミの中で生きているんだ」

「ノア、今はそんな占い師のようなことを言っている場合では——」

「ボクは大真面目さ。何故なら、過去にセルナのやったことが、今まさにキミがやっていることだからだよ」

「それは、どういう——」

 

「はっきり言おうか。カノン、キミはセルナにされたことの恨みをリズペットで晴らそうとしているだけだ」

 

「……違います」

「だってそうじゃないか。相方に自分の目的を隠し、何かあれば相方を置き去りにして突っ走る。このままいけばいずれ、結末まで同じになる」

「わ、私は別に隠し事なんて……」

「だったら、そんな身体で執拗に戦闘に出ようとしたり、無暗にリズペットに同行しようとした理由はなんだい?」

「それは……リズ様のお役に立つのが私の存在意義で……」

「そういう無茶なところが、セルナ・カービンと一緒だと言っているんだよ」

「あなたに彼女の何がわかるんですか!」

 私は叫んでいた。その瞬間、脇腹が痛んだが、もはや止められなかった。

「さっきから聞いていれば、私が悪いならそう言えばいいでしょう!? なんでいちいちセルナのことを悪く言うんですか!」

 私の言葉に、ノアは()()()()()笑った。

「ははっ、なんだい! キミだって怒ることがあるんじゃないか!」

「私を怒らせるのはあなたぐらいですよ……!」

「それは光栄なことだよ! でもその怒りはボクじゃなくてセルナ・カービンに向けるべきだったんだ!」

「ふざけないで下さい! なんで私がセルナに……!」

「キミはセルナを恨んでしかるべきだった! 怒るべきだったんだよ! どうして自分を置いて行ったんだって!」

「それは……!」

「なのに、キミはセルナのことを受け入れて、彼女のマネをして、挙句キミ自身まで苦しめている! ボクはそれが何より腹立たしい! なんでもういない奴のせいでキミが苦しまなきゃならないんだ!」

「セルナはっ……! もういない奴じゃ……!」

「言いたいことがあるならはっきり反論しろよ! そんなんじゃ、セルナも浮かばれないだろ!?」

「——っ!」

 私は足の上の毛布を払いのけ、ベッド横に立つノアに向かって飛びかかる。

 ノアは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの不敵な笑みに戻って私を待ち構えた。

 私はノアの両手首を掴み、体重をかける。力を込める度に脇腹がズキズキと痛む。

 ノアはしばらく持ち堪えていたが、やがて力尽き、私がノアを押し倒す格好となった。ノアの身体を床に叩きつけた時の衝撃で、ベッド横の椅子が倒れ、上に乗っていた食器が音を立てて落下した。

 私は息を切らしながら、ノアの身体の上で彼女の顔を見下ろしていた。

「……いいじゃないか、その顔。ボクと最初に会った時のことを思い出すよ」

 呻き声を上げながらも、ノアはその減らず口を続けていた。

「あなたは……何がしたいんですか……?」

 私は左の拳を強く握りしめながら、ノアに問いかける。

「ボクは、キミに立ち直って欲しいだけだよ。それでキミ気が済むのなら、いくらでも殴るといい。ああ、でも顔はやめてくれよ? クレアが心配するからね」

「……っ!」

 私は歯を食いしばり、拳を振りかぶった。ノアは抵抗する素ぶりもなく、にやにやと笑っている。

 振りかぶった姿勢のまま、頭の中がぐるぐる回る。

——仮にここで彼女を殴って、それが何になる?

——たとえ何もならなくても、彼女は殴られるべきだ。

——しかしセルナは喜ばない。

——彼女は関係ない。これは私の問題だ。

 思考が巡り、頭が徐々に熱を帯びてくる。力を込めた手が震え、次第に拳から血の気が引いていくのを感じた。

 私は勢いよく拳を振り下ろし、ノアの顔面に当たる——寸前でその手を止めた。

「……ふふん、意外とキミもチキンだったねぶへっ」

 私は平手打ちで、ノアの口を黙らせた。

「……これで手打ちにしてあげますよ」

「……ははっ、そいつはどうも」

 ノアが乾いた笑いを浮かべるのを見て、私はノアの身体の上から立ち上がった。

 だが次の瞬間、脇腹に強い痛みが走り、思わず膝を付いてうずくまる。

「やれやれ。キミは無茶し過ぎだよ、まったく」

「……あなたにっ……言われたくありませんっ……」

 ゆっくりと身体を起こしながら言うノアに、私は痛みを堪えながら応じた。

「とりあえずボクが言いたいのは、キミはもっとわがままになった方がいいってことかな?」

「……わがまま?」

「自分の欲求は口に出せってことだよ。()()にやって欲しいことがあるなら、素直にそう言えばいい」

 床の上で胡坐をかきながら、ノアはにやりと笑った。

 私はこめかみをかいた後、小さく笑って言った。


「……私の前で、()()()()を使わないで下さい」

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