過去④ 鉱山にて
爆発の音を受けて、私は反射的に駆け出していた。
先程の爆発は、おそらく鉱山採掘に利用されるダイナマイトのものだ。
もはや、セルナからのお願いなどどうでも良い。
今行かなければ絶対に後悔する。そんな確信があった。
鉱山の中は、数メートルおきにかがり火が岩の壁に埋め込まれており、最低限の明るさが確保されていた。
その中を、私は鉄製のレール沿いに走った。行く先々には鉱石を運ぶ荷車や滑車、つるはしやピッケルといった道具類が無造作に置かれていた。
途中、外にいた連中の仲間だと思われる数人の男たちとすれ違った。私はナイフを握る右手に力を込めながらも、彼らを見逃した。今は、関係ない人間に構っている余裕はない、そういう判断だ。
男たちとすれ違ってからというもの、鉱山の中はどこまで行っても静かで、先程の大きな爆発音がまるで嘘のようだった。
途中、壁にもたれかかったまま動かなくなっている人間もいくらか見受けられた。おそらく、あれは人間だったものだ。
しかし、裕福な貴族の知られざる過酷な実態など、今の私にはどうでも良かった。
次第に息が上がるのを堪えながらも尚先を急いでいると、前方に分かれ道が見えた。レールに沿う道と、そうでない道だ。
私は一旦、レールが通る道を目掛けて走った。確証はないが、セルナが何かを探しているのだとしたら最深部かもしれない、そんな予感があった。
そんなあやふやな予感に頼りながら走り、ちょうど分かれ道に差し掛かった時だった。
ふと、静かな鉱山の中で、わずかに岩が崩れる音が聞こえた。
私は慌てて立ち止まり、急いで音の出所を探った。すると、もう一度、からからと確かに岩が崩れ落ちる音が聞こえた。今度は近い。
私は音を辿って、先程の分かれ道の反対側――レールが通っていない方の道――に入った。通路の先に明かりは無く、奥は暗くて何も見えない。この先の構造はもちろん、どのぐらいの距離まで続いているかも判然としない。
私は背中から松明を取り出すと、手近のかがり火に当てて火を灯した。松明の火を頼りに、私は先を目指した。
慎重に進んでいたところで、何かが焦げたような臭いが鼻を刺激した。
近いのかもしれない。そう思った矢先、私の足に何かが当たる感触があった。
松明の明かりを向けると、そこには人の腕があった。鉄製の小手をはめており、比較的新しい。
気になって、顔を近付けて確認すると、私は思わずはっとなった。
「セルナ!」
私は叫んでいた。この腕は見覚えがある。手に持っていた松明を床に取り落として、腕の奥、身体があると思われる場所の岩を取り除く。
いくらか岩をどかしたところで、うつ伏せとなったセルナの顔が出てくる。額からべっとり血が流れており、目は閉じられている。
「セルナ! セルナ!」
私は跪き、手を握りながら叫んだ。最悪の可能性が頭にちらつきながら、頭を振って否定しながら。
何度か叫んでいると、握っていた手がわずかに私の手を握り返した。
「……カンナ……?」
顔を見ると、セルナがわずかに目を開けていた。
「セルナ! 待ってて、今助けるから――」
手を離して立ち上がろうとしたところで、私は引っかかりを覚えた。
「……だめ……」
見ると、セルナの手が私の右手を掴んでいた。
「……わたしはもう、助からない……」
目の前が真っ暗になるような、セルナの宣告。
「そんな……諦めないで!」
私はセルナの手を振り払い、彼女の上にのしかかる岩をどかした。
だが、さらにいくつか動かし、セルナの左肩が見えたところで、私はその意味を理解した。
岩の下敷きとなったセルナの身体の下には、おびただしいほどの血が流れていた。
私は岩を握る手に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。
「……お願い……よく聞いて……」
セルナが絶え絶えに言葉を続けた。
私はせめて一言一句聞き逃さまいと、セルナの顔に耳を近付ける。
「……彼は……金の偽造を……していた……」
「彼……グリーンランド卿のことね?」
「……わたしは今まで……その証拠を……追っていた……やっと……掴んだ……」
「証拠!? どこにあるの!?」
「……わたしの……手のちかく……」
私は松明を手に取り、素早く辺りを見回す。近くにはセルナが使っていた槍が落ちていた。
さらに目を凝らすと、セルナの身体が埋まっている場所の程近くに、何やらコインをかたどった茶色の金属――銅が落ちていた。よく見ると、一部は金色でメッキが施されていた。
私はコインを拾い上げ、セルナの顔に近付けた。
「これのことね!?」
「……ありがとう……」
そう呟くと、セルナは目を閉じた。
まるで、もう思い残すことはないと言わんばかりに。
「セルナ? 待ってよ! まだ行かないで!」
「……ごめんね……やくそく、まもれなくて……」
「そんなのいい! もういいから!」
私の問いかけに対し、セルナはわずかに息を漏らした。まるで、笑ったかのようだった。
そしてそれきり、セルナは口を開かなかった。
私は銅コインを上着のポケットにいれ、地面に置いた松明を拾い上げると、セルナの身体の上にのしかかる岩の間に差し込んだ。火は岩の中に隠れ、周囲には真っ暗の闇が戻ってくる。
本当は今すぐ彼女の名前を呼んであげたかった。それでも私は両手で口を押さえながら、息を殺した。
私の耳は、鉱山の中を大勢の人間が走る音を捉えていた。
その足音は段々大きくなり、すぐ近く――先程の分かれ道まで来たところで、また遠ざかって行った。
私はゆっくり立ち上がると、手探りでセルナの槍を拾い上げた。私が「教団」から派遣された際、セルナが私を受け入れる「条件」あるいは「対価」として求めたものだ。
真っ暗の中、私は先程までセルナがいた場所に目を遣りながら言った。
「……さよなら」
泣いている暇はない。私は音を立てないようにしながら、その場を後にした。
暗闇を歩きながら、私は目元を拭う。
この空間に明かりが無くて良かったと、心から思った。
セルナ・カービンはフリーの冒険者として、各地の有力者や貴族を中心に依頼を受けていた。
その目的は、彼らの悪事を暴くこと。
そのため、セルナはギルドに所属するわけにはいかなかった。悪事を働いている者ほど疑心暗鬼となってギルドのような得体のしれない組織を信用しなくなるためであり、またギルド自体がその有力者と繋がっているケースもあるためである。
私はセルナの企みに全く気付くことなく、彼女の目的に協力し続けた。
その結果、彼女はグリーンランド卿の悪事を暴くチャンスを掴んだところで、命を落とした。
「……なるほど。フリーの冒険者か」
話を聞き終えたノアは、どこか納得したように言った。
「どうりでボクの情報網に引っかからないはずだ」
敢えて明るい口調で言ったのは、ノアなりの気遣いだったのかもしれない。
「アインラッド共和国のグリーンランド事件と言ったら、こっちの方でも結構有名な事件さ。何たって金の偽造は国家の枠組みを揺るがす大事件だからね。グリーンランド侯爵家はお取り潰しになったが、その混乱は何年も続いたと聞いている」
あの後、私はグリーンランド卿たちの目を掻い潜って脱出し、匿名の告発文と証拠品のコインを国の憲兵に提出した。
あの証拠だけで正しく捜査されるかは疑問だったが、どうやらうまく事は運んだらしい。おそらく有力なグリーンランド家を潰そうと考えた他貴族の思惑もうまく働いたのだろう。
私としては義憤に駆られたわけではなく、セルナへの弔いのつもりだったので、どちらでも良いのだが。
「それはそうと、カノン」
「……なんでしょうか?」
ノアの問いかけに、私はリズの従者カノンとして応じる。カンナはあの日、セルナと一緒に死んだのだ。
「まず、話してくれてありがとう。だけど、今の話のどこにキミのミスがあったんだい?」
「ああ、そのことですか……」
私はベッドの上で、両手を強く握った。脇腹が少し、ずきりと傷んだ。
「主人を守れない従者なんて、従者失格ではないですか?」
「そりゃまあ、そうかもしれないけど、キミは十分に言いつけを守ったじゃないか」
「そう。言いつけを守ったのが良くなかったんですよ」
私が言うと、ノアは首を捻った。今すぐにでも「なんだそりゃ」という声が出てきそうな顔だった。
「私は、セルナ・カービンを一人にするべきではなかった。『信じる』などという甘いことは言わずに、鉱山の中に向かう彼女に付いていくべきだった。どれだけ怒られようとも、どんなに罵られようとも、彼女と共に行くべきだった。そうすれば、少なくとも彼女と一緒に死ぬことぐらいはできた」
「……まあ、キミの総括に口を挟むつもりはないけどね」
ノアは苦笑しながら、頭を掻いた。リズやルイズ、マリーなどは否定したかもしれない。ルーチェは意外と同意してくれるかもしれない。同意も不同意もしないところが、ノアらしいと思った。
「……それで、何かわかりましたか?」
「さて。何のことだったかな?」
「あなたは言いました。私は、自分の過去に向き合う必要があると。私の過去を聞いたあなたは、私の問題を解決できますか?」
「わかってるよ。ボクとしてはさっきの話でちょっと気になることもあるんだけど、とにもかくにもまずはキミの問題からだ」
ノアは腰を掛けていた椅子から立ち上がり、一度背伸びをしてから言った。
「カノン、キミさては相当なバカだな?」




