過去① セルナ・カービン
私にはリズ――リズペット・ガーランドに仕える前に、主として仰いだ人物が一人いた。
彼女の名前はセルナ・カービン。鮮やかなリネンを彷彿とさせる亜麻色の髪が特徴的で、「大人の女性」という表現がよく似合う、物腰が柔らかい女性だった。基本的に争いごとは好まない性格なので、冒険者でなければ教師あたりになっていたかもしれない。
ある日のこと、セルナの元に一羽の鳩がとまった。
セルナは飛んできた鳩を指の上に乗せ、鳩の足に括り付けてある紙を開いた。
目で文字を追いながら、セルナは少し険しい表情をした。
「どうかしたの?」
私が声を掛けると、セルナははっとしながら顔を上げた。
「……いえ、なんでもありませんよ。それより新しい依頼です」
セルナは軽く微笑みながら、鳩に餌のパンくずを食べさせた後、赤い布を鳩の足に縛り付けて空に放った。鳩は一度私たちの頭上を回った後、空の向こうに飛び去って行った。赤い布は了承――すなわち依頼の受諾を意味する信号だった。
通常、冒険者はギルドに所属し、ギルド経由で依頼を受けるが、もちろん例外もある。セルナはギルドに所属せず直接依頼を受ける――いわゆるフリーの冒険者だった。
彼女はギルドから依頼を受けない代わりに貴族や有力者、村や街などの自治組織から直接依頼を受けている。
一部の「お得意様」には伝書鳩を渡しており、何かあれば伝書鳩を経由して連絡を取り合うことになっていた。
「……それはいいのだけど」
私は少々呆れながら言った。
「今受けている依頼――オークの討伐はどうするの?」
「依頼はもちろん遂行しますよ。新たな依頼はその後です。それと――」
付け加えるように、セルナは言った。
「わたしたちが受けているのは『オークの討伐』ではなく『村の治安維持』です。お間違えのないよう」
「……同じことでしょ」
「違いますよ。わたしたちは必ずしもオークを討伐する必要はありません。人の居住地域から出て行ってもらえれば良いのです」
「奴らに『説得』に応じるだけの知能があるとは思えないのだけど」
「何事もやってみなければわかりませんよ。わたしたち人間と同様、彼らもまた日々進化しているのですから」
「私としては、そうやって『やってみている』うちに足元をすくわれないことを祈るばかりね」
彼女の優しさは、敵味方を問わないばかりか、魔物や人外であっても対象となる。
たとえ人外であっても共存の道を模索する――そういう危険な優しさを持ち合わせていた。その点で、殺しを厭わない私とは考えが合わず、今回のように言い争いになることもしばしばだった。
「……やはり、不満ですか?」
「主人の方針には従うわ。けど、やっぱり不満ね」
「そうやってはっきり言ってくれるところは、とても信頼してますよ」
それなら、少しぐらい私の言うことを聞いてくれても良さそうなものだが。
セルナは優しいが、自分が決めたことは貫く頑固さも持ち合わせていた。
「さて、もうすぐ彼らの居住地域ですが」
セルナは歩く足を止め、私に向き直った。
「いつものことですが、こちらから武器は抜かないこと。まず私が対話を試みますので、それまで敵対行動は禁止です」
「……了解。でも話が通じないとわかったら私も仕掛けるから」
「それで構いません」
そう言って、セルナは微笑んだ。
「さあ。今日も人々の平和のために頑張りましょう」
戦いはすぐに乱戦になった。
私はオークの群れに囲まれながらも、次々に襲い掛かるオーク共を何とか退けていた。
「……今回は何が悪かったのでしょうか……」
一方のセルナは、迫りくるオークの攻撃を槍で時に弾き、時にいなしながら、ぶつぶつと反省の弁を述べていた。
「やはり、人間の言葉で対話するのが間違っているのでしょうか。でもオークの言葉はわからないし……どう思いますか?」
「とりあえず、反省会はこの場を切り抜けてからにして欲しいと思うわね」
私はナイフを構えながら、背中越しのセルナに向かって言った。
「やむを得ないですね。ではわたしが彼らの攻撃を引き受けるので、カンナはその隙に攻撃して下さい」
「いつものやり方ね。了解」
そう言った直後、セルナが動いた。
セルナは正面のオークに向かって槍を突き出す。槍はオークの身体を貫き、断末魔の声を上げた。
「はあああっ!」
続けてセルナは突き刺したオークごと、別のオークの群れに向かって振り回した。勢いよく振るわれた槍からオークの身体が飛び出し、別のオーク共に直撃する。
私はナイフを逆手に持ち替えて駆け出し、正面から迫るオークの長剣を屈んでかわすと、空いた脇腹を斬りつけた。オークの叫び声を聞きながら、続けて背後に回り、首を斬り飛ばした。
さらに戦場を駆け回り、セルナに詰め寄るオークの背後に迫る。セルナは四方をオークに囲まれながらも、持ち前の反応と槍裁きで相手からの攻撃をうまくかわしていた。
セルナは守備に特化した槍使いである。細身の身体には似合わない無骨な鎧を身にまとい、相手の攻撃を受け止めてから反撃という戦闘スタイルを得意としていた。彼女の戦闘スタイルは、今回のような乱戦で輝くと言える。
私はセルナに引き寄せられている敵の背後に回り、次々と首をはねていった。数が減るにつれてセルナ自身も攻撃に回り、敵の殲滅速度は加速度的に上がっていく。
全ての敵を討伐できたのは、それからまもなくのことだった。
「……今回もまた、うまくいきませんでしたね……」
周囲に散らばるオークの死体を眺めながら、セルナは溜め息をついた。
戦いには勝利し、依頼も達成したというのに、彼女は少しも嬉しそうではなかった。
「セルナ……」
「大丈夫ですよ、カンナ」
声を掛けた私に対して、セルナは明るく答えた。
「平和は一日にして成らず、です。こんなことでいちいち落ち込んでいられませんから」
そう言って、セルナはにっこりと笑った。
正直なところ、セルナの戦略はあまりうまくいっていない。野盗や盗賊、果ては人外の魔物に至るまで、ありとあらゆる相手との対話を試みる彼女だったが、その試みは大概失敗していた。それでも彼女がフリーの冒険者として名声を高めているのは、ひとえに彼女の実力に拠るところが大きい。セルナが失敗するのは対話だけなのだ。
それでも、彼女は諦めない。いくら失敗しても、何度私が方針転換を促しても、その方針を改めることはなかった。手を変え品を変え、様々なやり方で挑戦し続けていた。
その一途さ、まっすぐさに、私はどうしようもなく憧れてしまうのだ。




