役立たず
日が高いうちにパンダスの街に到着すると、まず医者の元に連れて行ってもらった。
「これはひどいですね」
診断を終えた医者は開口一番でそう言った。診断結果は肋骨の骨折と右腕の打撲、それに右足の軽い捻挫だった。
患部の固定や痛み止め薬の服用といった治療を施された上で、数日間の絶対安静が言い渡された。
「さて、この後はどうするよ?」
診断と治療を終えた帰り道、ルーチェが言った。私は負傷した右足を引きずりながら、何とか周りの足に付いていっていた。
「ひとまず、あなたたちはこの街で少し休んでて頂戴。あたしは一足先にギルドに報告してくるわ」
リズの言葉に対して、ルーチェは少し眉を寄せた。
この辺りは、城塞都市グレゴールのギルドの管轄である。リズがギルドに行くというのは、すなわち一度グレゴールに戻るということを意味する。それも、一人で。
「まあ、雇用主サンの方針にケチを付けるわけじゃねェけどさ」
そう前置いた上で、ルーチェは疑問を口にする。
「報告なら、全員で行けばいいンじゃねェかな? アタシは大丈夫だぜ。なあ?」
ルーチェは脇に立つルイズに水を向ける。ルイズはうんうんと二度、大きく頷いた。
それについては私も同意見だった。元々リズと私はグレゴールを中心に活動するパーティーであり、ここパンダスの街は依頼の都合で立ち寄っただけに過ぎない。今後、どのような方針を採るにせよ、いずれにしてもグレゴールには戻らないといけないのだ。
端的に言えば、二度手間という気がしてならなかった。
「駄目よ」
ルーチェの疑問に対して、リズははっきりと否定の言葉を口にした。
「カノンは絶対安静なのよ? それに、負傷したカノンを一人残していくつもり?」
「そりゃまあ、確かにそうか……」
リズに言われてルーチェが頭を掻いた。
また、私のせいで迷惑をかけてしまっている。
「……私なら!」
思わず叫んでいた。ルーチェとルイズが驚いたように私を見ていた。
「私なら、大丈夫です……!」
「そう……」
リズはそれだけ呟くと、私に向かって歩み寄ってきた。
「本当に、大丈夫なのね?」
「……はい」
こちらをまっすぐ見据えるリズに対して、私も視線を返した。
少しの間にらみ合いが続いた後、リズは一つ溜息をついた。
「……わかった」
何かを悟ったようなリズの言葉を聞いて、私は少し肩の力を抜いた。
次の瞬間、鳩尾に強い衝撃が走った。
「——ぐっ!」
私は思わず左手で腹部を押さえながら、膝からくずおれた。ズキズキという痛みが腹部から全身に駆け巡り、うまく呼吸ができなかった。
「センパイっ!」
悲鳴にも似た声を上げながら、ルイズが私の元に駆け寄ってきた。
「どうして……?」
私はルイズを気に掛ける余裕もなく、何とか声を絞り出した。
声の向き先であるリズは、右手を小さく突き出したまま、こちらを見据えていた。
「……ほら、やっぱり」
目の前でうずくまっている私を見下ろしながら、リズはぽつりと呟いた。
「大丈夫だなんて、嘘じゃない」
リズは冷たく言い放つと、踵を返した。
「ルーチェ、二人のことお願いね。たぶん明日には戻れるから」
「おう、任せな」
リズの言葉に、ルーチェはいつも通り応じる。まるで、こうなることが最初からわかっていたかのようだった。
「リズ様っ……!」
痛みを堪えながら、遠ざかっていくリズの背中に声を掛けた。
「……ごめんなさいね」
リズは、こちらを振り向かずに言った。
「今のカノンを連れて、旅をすることはできないの」
それだけを言い残すと、リズは今度こそ歩いて行った。
もう、後ろに残した私を顧みることはなかった。
宿は前回同様、二人用の部屋を二つ確保できた。
部屋割りは一つを私が、もう一つをルーチェとルイズの二人で使うことになった。
「えー、あたしセンパイと一緒がいい!」
ルーチェが発表した部屋割りを聞いた時、ルイズはあからさまに不満を述べた。
「まあいいじゃねェか。たまには一緒に寝ようぜ」
「むー、この前も一緒の部屋で寝たでしょ?」
「あれはルイズも具合悪かったからノーカウントだろ?」
「でも……」
「なあ、頼むよ。今日だけでいいからさ」
尚も嫌がるルイズに対して、ルーチェは真剣な顔で言った。
その表情で何かを察したルイズは、渋々ながら「……わかった」と口にした。
部屋割りが確定したところで、私は二人と部屋の入り口前で別れた。
「そンじゃ先輩。また明日な」
そう言って、ルーチェはルイズの手を引いて自分たちの部屋に向かって行った。途中、ルイズは何度かこちらを振り返りながら、何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言わずにその場を後にした。
二人の背中を見送った後で、部屋の中に入った。誰もいない部屋は、二人用というだけあってかなり広く感じる。
私は手に持っていた荷物を床に置き、槍を壁に立てかけると、そのままベッドの上に身体を投げ出した。仰向けに倒れ込んだ際、リズに殴られた鳩尾の部分がずきりと痛んだ。
——ルーチェには、気を遣わせてしまったな……。
意外に気の利く後輩に内心で詫びながら、私は目を閉じた。
まだ日は高い時間だったが、何もする気力が湧かなかった。
——役立たずの私は、これからどうすれば良いのだろう。
答えの出ないまま思考を巡らせている内、次第に意識が遠のいていった。
「……センパイ」
不意に掛けられた声で、目を覚ました。
部屋の中は暗く、窓から差す月明りだけが辛うじて室内を照らしていた。
「そのままでいいから、聞いて」
背中越しに聞こえるのは、ルイズの声だった。
私は声に反応せず、横になったそのままの姿勢で聞き耳を立てる。
「あたし、センパイに謝らないといけない」
——謝る? 何を?
記憶を巡らせようとしたところで、ルイズは続けた。
「『もうセンパイの言うことなんて聞けない』って言ったこと。興奮してつい言っちゃったけど、ごめんなさい。あたし、センパイのこと傷つけちゃった」
私は奥歯を噛みしめた。「それは私がわがままで、身の程知らずだったからだ」と言ってあげたかった。
——むしろ、謝らないといけないのは私の方だ。
「こういう言い方はセンパイの本意じゃないかもしれないけど、ピンチになっても諦めずに足掻いているセンパイ、かっこよかった。でも、あんまり無茶はしないで欲しいかな?」
眠っている最中で良かったと、心から思った。
正面から相対していたら、その言葉にどう反応して良いかわからなかっただろう。
「あと、これあげる」
ルイズの言葉から少し間をおいて、ベッド横のサイドテーブルにことりと何かが置かれるような音が聞こえた。
「これはアンバーグリスっていう、アロマストーンみたいなもので、とってもいい匂いがするの。あたしたちの国の特産品だけど、これで少しはリラックスできると思う。好みに合わなかったらごめんね」
言いながら、ルイズはくすくすと笑った。
「それじゃ、あたし行くね。おやすみ、センパイ」
そう言い残すと、ルイズの足音が徐々に遠くなっていった。やがて、ドアが静かに閉められる音がした。
音が聞こえなくなったことを確認して、私はゆっくりと身体を起こした。
サイドテーブルに目を遣ると、手の中に収まるサイズの瓶が置かれており、その中にはやや白みがかかった石が入っていた。
私はベッドの上からその瓶を手に取り、そのまま顔に近付けた。甘くて、どこか潮風を彷彿とさせる塩気が特徴的な、独特な香りだった。
それでも、どこか懐かしい気持ちにさせてくれる香りだった。
「……ごめんなさい。ルイズ……」
私は瓶を見つめながら誰にも届かない言葉を呟いた後、瓶を枕元に置いて再び横になった。




