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帰路にて

 ふと目を開けると、周囲は暗闇に覆われていた。

 肌に触れる毛布の感触があり、近くで火がぱちぱちと燃える音が聞こえていた。

 ぼんやりする頭で、私は思考を巡らせる。

——私は、どうなった?

 いくら思い返しても、ここ数刻の記憶がない。記憶にあるのは、自分がトロールにやられて、リズやルーチェに助けてもらって、ルイズに押し倒されて——。

 そこまで思い出したところで、ようやく記憶が繋がる。

 呑気に寝ている場合じゃない。反射的にそう思った私は、目を見開いて勢い良く身体を起こした。

 その瞬間、脇腹に激痛が走った。

「っ……!」

 私は思わず、痛みが出た脇腹を押さえてうずくまる。

 やはり、先程の記憶は夢ではなかったのだ。

「あら、起きたのね」

 痛みに悶絶しているところ、声が掛けられた。

 顔を上げると、リズが木のコップを片手にこちらを見ていた。

「リズ様っ……私は……!」

「大丈夫よ。()()半日ぐらいしか経っていないわ」

 リズの言葉を聞いて愕然とした。

 私は、半日()眠っていたのか。

「あの後あたしたちはトロールを全滅させて、討伐の証拠品だけ回収して撤収したわ。今はその帰り道」

「……申し訳、ありません」

「カノンが何で謝っているのかわからないのだけど」

 うなだれる私に、リズは少々呆れたように言った。

「あたしはカノンの()()じゃなくてカノンの()()()だと思っているわ。ルイズから聞いたけど、面倒なトロールがいたみたいね」

「それは……」

 私は言い淀んだ。トロールを率いて人間のように高度な戦術を取らせるトロールがいたことは事実だ。

 だが、それを認めるのは、言い訳のように思えた。

 結果的に私は判断を誤り、私自身のみならず同行したルイズまで危険に晒してしまったのだから。

「カノンがそのトロールを倒してくれていたおかげで、あたしは苦も無く通常のトロールと対峙できた。これはあなたのおかげよ。とにかく、無事で良かった」

 そう言ってリズはコップを地面に置いて立ち上がると、近くに置いてある荷物袋の口を開けた。

 中から液体の入った革袋とコップを取り出し、私のところに歩み寄った。

「今は野営中だから大した治療はしてあげられないのだけど、ひとまず麦酒(エール)でも飲んでおきなさい。酔いが回れば、痛みも少しは和らぐと思うわ」

 リズは私にコップを手渡し、「ルーチェには内緒よ?」と付け加えながら革袋の中身を注いだ。液体がコップの中で波を打つ度、発酵したお酒の匂いが香ってきた。

 私はコップを両手で抱えながら、その中の液体を少しの間見つめた後、それを一気に飲み干した。麦酒(エール)が喉を通る度、苦味が口一杯に広がった。同時に、頭がぼうっとなる感覚が襲う。

 本当はお酒はあまり好きではないのだが、今は都合が良かった。

「さあ、飲み終わったらもう少し寝てなさい。明日街についたら医者に診てもわなきゃね」

「リズ様は、怒らないのですか?」

 私は立ち去るリズの背中に声を掛けると、リズは一つ首を捻った。

「何であたしがカノンに怒らないといけないの?」

 リズは少々口を尖らせながら言った。

「そりゃあ、あたしの言いつけを守らずに無茶したのはちょっと怒ってるけどね」

「……申し訳ありません」

「冗談に決まっているでしょ。それに、ルイズがもう色々言ってくれたみたいだしね」

 ルイズ。その名前を聞いて辺りを見回した。私のことを身体を張って止めてくれた彼女の姿は一目では見えなかったが、右手に何かが当たる感触で手元を見ると、私の隣で毛布にくるまり、すやすやと寝息を立てるルイズの姿があった。

「起きたら、元気な姿を見せてあげなさい。彼女、すごく心配してたから」

 私は頷いて、ルイズのはだけた毛布を首元までかけてあげる。心なしか、ルイズが笑ったような気がした。

「だから、あたしが言いたいのはそんなことじゃない」

 リズの言葉で、私は正面に向き直る。

 リズは真剣な面持ちで、こちらを見据えていた。

「カノンはどうして、そんなに落ち込んでいるの?」

「別に、落ち込んでいるわけでは……」

「カノンはよくやったわ。数で勝る、しかも未知の動きをする敵に対して臆せず戦って、ルイズも守り切ってボスまで撃破した。これは誇るべきことよ。なのに、カノンは少しも嬉しそうじゃない」

 言いながら、リズは私の方にゆっくりと歩み寄る。そのまま私の目の前まで来た後、尚も顔を寄せた。

 

「ねぇ、あなたは今、何を考えているの?」

 

 リズの顔が目の前に迫る。まっすぐな視線に圧倒される。

 その視線に耐えきれず、咄嗟に目を伏せてしまった。

 私の反応を見て、リズは少しだけ眉間に皺を寄せたように見えた。

「まあまあ、お二人サン。あんまり大声で喋ってるとルイズが起きちまうぜ?」

 いつの間にか横にしゃがんでいたルーチェがささやくように言った。

「おっ、うまそうなモン飲ンでるじゃねェか。アタシにもくれよ」

「……好きになさい」

 リズは乱暴に手に持っていた革袋をルーチェに押し付けると、踵を返して歩いて行った。

 それから、首だけ振り返りながら言った。

「それじゃあ、あとは任せたわよ」

「おう。任せな」

 ルーチェが親指を立てて応答したのを確認して、リズは足元に置かれた毛布を手に取り、その場に横になった。

 ルーチェは地面に置かれたコップ——リズが使っていたもの——を拾い、その中に麦酒を注ぎ始めた。コップに並々注いだところで、革袋を振って残りを確かめた後、袋に口を付けて中身を一気にあおった。

「ぷはーっ、やっぱりこれだよなぁ。日にちが経ってる分ちょいとばかしマズくなってるのが残念だけどよ」

 そう言って、ルーチェは空になった革袋を足元に置いた後、私に向き直った。

「そンじゃ、見張りはアタシがやるから、先輩は安心して休んでくれていていいぜ?」

「……ルーチェは、何も言わないのですか?」

「アタシは特にねェなぁ……強いて言えば『ルイズを守ってくれてありがとう』かな?」

「そのルイズを、私は危険に晒したんですよ?」

「そンなもン結果論だろうさ。何より一番危なかったのは先輩だろうさ」

「私の場合は自業自得ですから……」

「ま、難しいことはよくわかンねェけど、先輩が無事で何よりだよ」

 そう言いながら、ルーチェはこちらに歩み寄り、コップの麦酒を一口、二口と飲んだ。それから、飲みかけのコップを私に向かって差し出した。

 咄嗟にそのコップを受け取ると、ルーチェはにやりと笑った。

「とりあえず、それでも飲んで寝てな。嫌な気分も酒飲んで寝れば大体解決するからさ」

「いや、これはあなたが飲みたがってたのでは……」

「いいって。麦酒(エール)なら街に帰った後で出来立てを飲ませてもらうからよ。それに——」

 そこでルーチェは一度言葉を区切り、それが当然、という口調で言った。

「『手に入れたものは分け合う』。これがアタシたちの決まりなんでね」


 翌日、目を覚ました私を見てルイズは文字通り泣きながら喜んでくれたが、私はその笑顔を直視できなかった。

 帰り道、私は一人で歩けると主張したが、リズは頑として首を縦には振らなかった。

「いいから、大人しくあたしに背負われなさい」

 結局私が折れ、リズに背負われながら帰路を進むことになった。行きでリズと私が持っていた荷物は、ルーチェとルイズで分担して持つことになった。

 道中は、行きに比べると賑やかだった。主にルーチェが話し始め、ルイズがそれに乗っかり、リズが冷静に指摘を入れる。この辺りで最大の脅威であるトロールの群れを退治したということもあり、そうした会話を止める者はいなかった。

「……カノン」

 リズは、私にようやく聞こえるような小声で呟いた。

「あなたが何を気にしているか、あたしにはわからない。でも……」

 少し言い淀んだ後で、リズは続けた。

「でも、あたしは待ってるから」

 それだけ言うと、リズは再びルーチェやルイズとの会話に戻った。

 私は、胸にちくりと刺さるような痛みを感じた。

 戦いが終わっても尚、私は迷惑をかけ続けている。本当なら、ここで嘘でも元気良く振る舞うべきなのだろう。

 私はリズの肩に顔をうずめ、目を閉じた。内心、自分が嫌になる。

 

 私は、自分で自分の気持ちがわからない、幼稚な人間なのだから。

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