トロールコマンダー
周囲を見渡しながら、頭の中で状況を整理する。
トロールはスリングショットを構える個体を先頭にし、その背後に十数体が控えていた。奴らはこちらを窺いながら、徐々にこちらに向かって歩みを進めていた。また、最初に接敵したトロールはルイズの銃撃により頭から血を流して倒れ込んでおり、倒したと思って良さそうだ。おそらくこいつは囮だったのだろう。
一方で、私自身の状態はあまり良くなかった。
先程投擲された岩を受け止めた右腕には今も尚刺すような激痛が走っており、力が全く入らなかった。こういう状況に備え、ナイフだけは両手で扱えるようにしてあるので戦闘には支障ないものの、両手を使う槍は扱えそうになかった。
私が一度に相手できるトロールは多く見積もっても二体まで。それが目の前には十数体いる。戦って勝つのは無謀の一言だろう。
そして、逃げるだけならそう難しくはない。ルイズをかばいながらでは難しかったかもしれないが、私一人ならどうにでもなる。
通常なら取り得る選択は決まっているようなものだが、一方で気になるのは、トロール共の動きだった。
この森に入ってから見てきた奴らの振る舞いは、明らかにこれまで見てきたトロールのそれとは異なっていた。今も尚、獲物を見つけたら一目散に迫って来る単純さは影を潜め、じわじわと距離を詰めて来ようとしている。
まるで、何者かに率いられているかのように。
この後の進む道を決めた私は、右手でナイフを抜き、すぐさま左手に持ち替える。
助けは、この場にいないルイズが呼んで来てくれるだろう。
今の私の役目は、奴らの秘密を暴くことだ。
突如、先頭で佇むトロールがグオオオオ、と咆哮を上げた。
その後、足元から何かを拾い上げる。それが大きな石だと気付いた時には、手に持っていたスリングショットをこちらに向かって振るっていた。
私は腕の振る方向から軌道を予測し、咄嗟に右に跳んだ。着地時、受け身を取った右手に激痛が走る。歯を食いしばって痛みに耐えながら、身体を回転させて着地する。その後、私が元いた場所に岩が落下したのが見えた。
ナイフを構え直したところで、一発の銃声が辺りに響いた。
銃弾の行き先を注視するが、前方のトロール共にも、周辺の木々にも、当たった形跡が見られなかった。トロール共も音に驚いたように、きょろきょろと音の出所を見回していた。
外したのだろうか。
いや、これまで正確な射撃を見せてきたルイズが、ほとんど動いていない標的を外すとは考えにくい。何かしらの意図はあったのだろうが、その意図が全く掴めない。
考えている間に、スリングショットを構えたトロールが、手に持っていた器具を投げ捨て、背中に背負っていた棍棒を手に取っていた。
そして、地面を踏み鳴らすように、右足を大きく打ち付けた。
それが合図になっていたのか、それまで様子を窺っていた十数体のトロール共が、一斉にこちらに向かって歩き出した。
ここに及んでは、私は間違いないと確信していた。
――このトロール共は、あの一体のトロール、先程までスリングショットを使っていた個体に率いられている。
トロールを率いる指揮官、もしくは隊長なのだから、さしずめトロールコマンダーとでも呼称するべきだろうか。
魔物の情報、生態や特性などについては、冒険者ギルドで整理と取りまとめを受けた後、冒険者の間で共有される。過去にリズと私で討伐したドレイクドラゴンについても、複数の個体で連携しつつ、口から炎を吐くという特性は既にギルドを通じて情報共有が済んでいた。
今回のトロールを率いるトロール――仮称トロールコマンダーは確実に新しい種類、少なくともこれまで認知されて来なかった種類の魔物である。
それがたまたま知られていなかったのか、それとも別の理由があるのか。それは後から考えれば良い。
トロール共は次第に一列を作りながらゆっくりと、しかし確実に歩みを進めていた。敵が一人で、しかも手負いであろうと油断はせず、確実に包囲しながら袋叩きにする算段なのだろう。
――私がやることは決まった。
私は一つ息を吐いた後、トロールの群れに向かって駆け出した。手をこまねいていると包囲が完成される。その前に仕掛ける必要があった。
トロールの一団に向かって突撃を敢行する。普通のトロール相手であれば悪手だろう。そもそも奴らに「敵を包囲する」という発想がない。敵がいれば最悪味方ごと殴ればいいという発想である。
トロールが生意気にも人間の真似事をするというのなら、そこを狙うだけだ。
ナイフを片手に向かって来る私を、前方正面のトロールは棍棒を片手に待ち構える。まずは守備に徹しつつ、私の足が止まったところを全員で取り囲む作戦だろう。
その動きを見て、私は踏み込む足の力を強くする。
足を止めずに迫る私を見て、トロールは棍棒を持つ右手を横に振りかぶり、勢い良く横に薙ぎ払った。私は眼前に迫る棍棒を跳んでかわし、無防備な懐に潜り込む。
そして勢いそのままに、トロールの右胸付近、心臓がある場所にナイフを突き刺した。トロールの断末魔の叫びが辺りにこだました。
その余韻に浸る間もなく、私は突き刺したナイフを引き抜き、空いた右脇の下を抜ける。これにより、横一列に並ぶトロールの列を抜けた状態となった。
私は尚も足を止めず、前方に駆け出した。
視線の先には、後方に待機していたトロールコマンダーが一体。
トロールを率いている指揮官がいるのなら、その指揮官を倒してしまえばいい。
私は走りながら、ナイフを右手に持ち替える。こちらの意図に気付いたトロールコマンダーは、私の方を睨みながら、棍棒を構えた。
その時、銃声が鳴り響いた。同時に背後でトロールの叫び声が聞こえる。どうやらトロールのどれかをルイズが撃ち抜いたらしい。
その銃声で、目の前のトロールコマンダーの注意が逸れたのが見えた。
チャンスだと思った私は、高く跳ねた。トロールコマンダーは小癪な人間を叩き落とそうと棍棒を構え直すが、既に遅い。
私はトロールコマンダーの肩に左手で乗り、そのまま一回転して背後に着地する。同時に、素早くナイフを左手に持ち替えた。
そして、トロールコマンダーが振り返る前に、隙だらけの首に向かってナイフを振るった。
トロールコマンダーは一際大きな叫び声を上げ、膝からくずおれた。私は肩で息をしながら、その光景を見ていた。
次の瞬間、背後に気配を感じて振り向いた。
視線を移すと、別のトロールが棍棒を振り抜いている最中だった。
――避けきれない。
そう思った時には、私の身体は宙に浮いていた。




