寝言
「カノン、どう思う?」
しばらく歩いた後、日が沈み始めたタイミングで、私たちは野営の準備に入った。
それがひと段落したところで、リズは唐突に言った。
私は毛布にくるまって横になるルイズを見遣りながら、思うままの感想を述べた。
「平和、だと思います」
私の言葉を受けて、リズはどこか納得したように「やっぱりそうよね……」と呟いた。
「なンだよ、平和が一番じゃねェのかい?」
一連の会話を聞いていたルーチェが異を挟んだ。
「こんな時まで戦闘狂って柄じゃねェだろ?」
「そりゃああたしだって、楽して終われるならそれに越したことないわよ。ただ――」
「ただ?」
「平和過ぎる、という話ですよ」
ルーチェは私の言葉を聞いて、「ああ」と何かを理解したような表情をした。
「確かに、言っちまえばここらは奴らのテリトリーだからな」
「そうね。もう少し何かと遭遇するかと思ったわ」
リズの言う何かとは、何某かという意味だ。
この辺りはトロールの巣に程近い場所であり、そうでなくとも人里離れた場所は魔物と遭遇する確率が高い。まして、付近の街道にまで奴らが進出して来る程の、言わば飽和状態なのだ。
むしろ、トロールどころかゴブリン一匹見かけない方が不自然だと言える。
「ま、今アタシたちが悩ンでもしょうがないンじゃねェかな?」
ルーチェは悩みを吹き飛ばすように言った。
「とりあえず、アタシたちはアタシたちにできることをやろうや」
「そうね。それについては同感だわ」
リズも同調し、ひとまずは食事の準備をすることにした。長期に及ぶ場合は節約のため現地調達も視野に入れるが、今回は長くとも数日ということで、持参した食材から用意することにした。
今回持参したのはライ麦のパンと燻製肉、それにいくつかの野菜や豆、味付け用の塩だった。ルーチェはエールが無いことに少々不満げだったが、これは単にルーチェが飲みたがりというわけではなく、エールは製造過程において煮沸を行うため不純物が混入しにくいため水よりも安全であるという経験則に基づいている。今回はルイズもいるということで水を購入していたのだが、彼女たちの国フータンでは十五歳でお酒を飲むことも珍しくないという話だった。
今回は体調が悪いルイズのため、用意した具材でスープを作ることにした。リズに調理を任せる傍ら、私とルーチェで近くの野草を採集することになった。
ただ、ルーチェは雑草か毒のあるものばかり拾ってくるため、選定は私が行い、ルーチェは物持ちに徹することにした。「海の食材なら詳しいンだけどなぁ」は彼女の言い分である。
それから、私たちは軽く明日の動き方を確認しながら食事を済ませた。ルイズは未だ体調が優れなさそうだったが、昨日から何も口にしていないということでスープだけは食べてもらった。「病人なんだからふーふーしてやれよ、先輩?」という外野の雑音は聞かなかったことした。
食事を終えた後は、夜の見張りと火の番を決めることになった。
「アタシがやるよ」
普段は私が担当しているので、その流れで提案しようとしたところで、ルーチェが口を挟んだ。
「それでは、私とルーチェの交代としましょうか」
ルーチェの言葉に乗る形で折衷案を提示したが、ルーチェは首を振った。
「いや、アタシ一人で大丈夫さ。あっちでも慣れっこだからよ」
「慣れているとかの問題ではありませんが……」
「とにかく、今回はアタシに任せてくれよ」
少々らしくない頑なな態度に、少し引っ掛かりを覚える。もしかしたら、ルイズの体調不良に気付けなかったことに責任を感じているのかもしれない。
「いえ、ルーチェには明日活躍してもらわないといけないので、一人で任せるわけには……」
その理屈だと私も同罪なので、ルーチェばかりに任せるわけにはいかない。
「そうよ。何あたしを仲間外れにしようとしているのよ」
そこに、リズは状況もわからずに割り込んできた。話がややこしくなるのでやめて欲しい。
結局、ルーチェ、私、リズの順で見張りをすることになった。私とルーチェが折れる形となったが、ルーチェから交代した後は忘れた振りをして私が朝までやってしまえば、結局は私の主張が通る形になるので問題はなかった。
そう思っていた矢先、リズが休みに入る前に耳打ちしてきた。
「カノン、ズルしちゃ駄目よ?」
もちろんですよ。リズ様。
ルーチェから交代して見張りについた私は、火のゆらめきを見つめながら思考を巡らせていた。リズから釘も刺されてしまったので、職務はきちんと全うしようと思っていた。
頭に浮かぶのは、平和な海賊団からの協力要請のこと。
結局彼女たちの要請は断ってしまったが、それにも関わらずルイズやルーチェをここまで引っ張り回していることに対して、何かしらの埋め合わせは必要なのかもしれない。とはいえ、代わりに要請を受諾してあげることはできないので、報酬でもって報いることしかできないのだが。
その時、ふと私の服の裾を引っ張る感触に気付いた。
「……センパイ」
毛布の中で丸まっていたルイズが、いつの間にか目を覚ましていた。
まだ目は多少虚ろだったが、顔色はだいぶ良くなっており、昼間よりは元気そうだった。
「まだ寝ていなさい。身体に響きますよ」
「うん……」
意外にもルイズは素直に従い、再び毛布を頭から被った。
「これは、あたしの寝言」
わざとらしく、ルイズの声が聞こえた。
「あたし、パーティーではみんなに優しくされてた。いつも無理しないでって。無茶はするなって。何もしなくていい、まるでお姫様だった」
そう話すルイズの口調は、どこか寂しげだった。
「だから、センパイや雇用主さんに期待してもらえて、仲間だって言ってもらえて、嬉しかった。厳しいことも言われたけど、これが仲間なんだって思えた」
だから、だからね。
「あたし、仲間の期待に応えられるように、精一杯頑張るから。だから、見ててね」
「ルイズ、あなたはーー」
「ぐー」
思わず言いかけたところで、ルイズの寝息が聞こえた。
私は苦笑いしながら、言いかけた言葉を胸にしまった。
身体に何かがのしかかる感覚で、私は目を覚ました。
どこか、デジャヴを覚える感覚だった。
目を開けると、ルイズが馬乗りになっていた。
辺りは明るみ始めており、見張り番のリズはもちろん、ルーチェも既に起床していて、こちらを見ていた。
ルイズは私の顔を覗き込み、笑って言った。
「センパイ、おはようのチューしよっ!」




