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トロールの巣道中

 その後リズと合流した私たちは馬車での移動を続けた。私の姿を見たリズは何か言いたそうに少しだけ顔をしかめたが、一言「お疲れ様」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。ルイズも初陣を終えて気が抜けたのか、馬車の席でうとうとし始めている。

 一方でルーチェは戦闘の疲れも見せずに元気だった。

「いやぁ、雇用主サンにも先輩の活躍見せたかったぜ!」

 お前が見たのは、私がトロールに押し潰されているところだけだろうが。

「ふん。まあ当然ね」

 私が口をつぐんでいると、リズは何故か誇らしげに鼻を鳴らした。その反応が気に入ったのか、ルーチェは尚もいい加減な私の武勇伝を並べる。お世辞なのか嫌味なのか判断が付かないので、こちらは黙っているしかない。唯一正しい情報を知っているルイズはほとんど開いていない目で「うん、うん」と適当な相槌を打つだけだった。

 そんな生き地獄のような時間を過ごしながらも、馬車は予定よりだいぶ遅れて目的の街に到着した。辺りがすっかり暗くなり始めた頃だった。

 パンダスと名の付いた街は、主に林業と、木製の工芸品で栄える小さな街だった。生産数こそ少ないものの、上質な木材から彫り出された品は各地で高い評価を受けており、立ち寄った旅人や商人はもちろん、大きな都市にも出荷されて人々の目を楽しませていた。

 時間は少し遅くなったが、当初の予定通りこの地で宿を取ることにした。

 部屋は二人用を二つ確保し、リズと私、ルーチェとルイズの組み合わせとなった。これまでの流れでルイズが何か言ってくるかと思ったが、意外にも何も言わず、決められた部屋割りに従った。



「リズ様。……怒っておられますか?」

 宿の部屋に戻った後、窓から外を見ていたリズに声を掛ける。ここまでの移動中や夕食の間も、どこか上の空に見えた。

「いえ、今回は私の判断ミスよ」

 リズは真っ暗な外に目を向けながら言った。

「最初から、あたしも出るべきだった」

 ルイズから戦闘の状況、特に私が危うくトロールに致命の一撃をもらいそうになった話は聞き及んでいるだろう。

 無茶はするな。

 リズが私に対して口酸っぱく言っていることだった。

「しかし、誰かが馬車を守る必要がありました」

 トロールにはゴブリンを従える習性がある。

 あの場で確認できた敵はトロール三体だったが、他にも大量のゴブリンが控えている可能性があった。

 どのような相手が潜んでいるかわからなかった以上、最大戦力であるリズが残るのは最善手だった、と私は思う。

「そうね。カノンの言う通りだわ。少し癪だけどね」

 リズは私の方に振り返って、苦笑してみせた。

「まあ、今回は無事だったことを喜ぶとしましょうか。二人の実力も知れたことだしね」

「はい。ルーチェもルイズもよくやってくれました。ルーチェの方はあまり見ている余裕がありませんでしたが……」

 ルーチェの戦いについて確認できたのは最初の方だけだったが、ナンバーズの名に違わぬ戦い振りだった。

 自身の倍以上もある体格のトロールに対して、臆することなく先陣を切って突撃する度胸と体当たりで押し倒す身体能力、それに作戦の目的を理解してうまく敵を引き付ける頭の回転の良さも兼ね備えている。

 トロールもまさか小柄な()()()()()が体当たりをしてくるとは予想していなかったはずなので、あれは良い一手になったのだろう。

「あたしも見てみたかったわね。それで、銃の戦い方はどうだった?」

「銃はかなり扱いが難しい武器という印象を持ちました。ただ、ルイズはうまく扱っているようです」

 私が気になったのは、一撃必殺の威力の引き換えに、周囲にまき散らす銃声だった。

 私とルーチェが戦闘状態に入ってから放たれた二発目の銃弾はかなり遠くから発射されていたはずだが、それでも目の前の私よりも銃声の方に引き付けられていた。

 今回は私が抑えられる数だったから良かったものの、下手をすれば単独行動をしていたルイズに危険が及ぶ恐れがあった。

 銃を戦術に組み込む際には、視認を許さない程の遠距離に構えるか、あるいは射手自身の安全を確保する必要がありそうだ。

 そうした私の話を、リズは興味深そうに聞いていた。

「銃声はあたしのところにも聞こえていたけど、なかなか面白そうな武器ね。あたしも使ってみようかしら」

「……リズ様には必要ないと思いますが……」

 私は過去の会話――ヴォイド山脈でドレイクドラゴンと対峙する前のことを思い出す。

 リズほどの実力者なら、剣以外のサブウェポンを持つ必要性がそもそも薄い。

 それに、銃を扱うには火薬の知識と、危険物を扱うにあたっての繊細さが必要だ。

 正直、戦いになった途端真っ先に敵陣に突っ込んで大将首を獲ってくる()()()戦い方をする人間には、銃は少々役不足なのではないかと思う。

「ふふっ、冗談よ。あたしは銃で撃つよりそのまま殴る方が性に合ってるものね。――話は変わるけど」

 私がフォローを入れる間もなく、リズは話題を変えた。

「今朝ギルドに行った時、ノアに改めて言われたわ。『さっさとキミたちのパーティー名を決めてくれ』って」

「ああ……」

 思わず私も唸った。そう言えば私も冒険者登録を済ませた日に、ノアから同じことを言われていたことを思い出す。色々あったので忘れてしまっていたが。

「あたしにはよくわからないから、カノンが好きに決めてくれて構わないわよ。何ならカノンと仲間たち(カノンフレンズ)みたいなのでもいいわ」

「……ご冗談を」

 主のひどいネーミングセンスに、私はそう答えるので精一杯だった。それだけは何としてでも回避しないといけない。

「まあ、考えるのはトロールを討伐した後でもいいから、頭の隅にでも置いておいて頂戴。素敵な名前を期待しているわよ」

 そこでリズはようやくいたずらっぽく笑った。それは良いのだが、変なプレッシャーをかけるのはやめて頂きたい。

 そう言いかけたところで、どんどんをドアが叩かれた。

「おーい! 遊びに来たぜー!」

 この状況、ひどく既視感があった。言った傍から続けてドアを叩き続けているところも含めて。

「……騒がしい連中ね」

「……まったくです」

 リズと共に苦笑しながら、他の客の迷惑になる前にドアの方に歩み寄った。

 私がドアを開けたところで、ふと違和感に気付いた。

 ルーチェの傍にいるはずの小さな少女――ルイズの姿が見えない。

「ああ、ルイズなら何か疲れたから先に寝るってよ」

 ルーチェは先回りして、私の疑問に答えた。初めての実戦で気疲れもあったのかもしれない。ただ、夕食にも来ていなかったので少し心配ではある。

 その後、私たちは翌日以降の段取りについて会話した。

 それからはルーチェが飽きるまで彼女の長話に付き合わされることになった。



 翌日の早朝、宿を引き払った私たちは、トロールの巣を目指して森の中を進み始めた。

 木が生い茂った森はやや視界が悪かったが、足元は悪くなく、歩くのには困らなかった。

 ここからはなるべく消耗を抑えるため、魔物との遭遇はなるべく避ける方針だった。私が先頭を歩き、周囲を警戒しながら進む。

「いやー、しかし平和だねェ」

 しばらく無言の行軍が続いたところで、ルーチェが口を開いた。

「こうも何も出ないと暇でしょうがねェや。先輩、しりとりでもしないかい?」

「……ルーチェ、先程話した作戦を忘れたのですか?」

「わかってるって。『敵との遭遇はなるべく避けろ』だろ?」

「わかっているなら、正気を疑うのですが……」

「そうは言ってもよ、戦いの前にリラックスは大事だぜ? ずっと気を張ってちゃ本番で力は出せねェよ」

「屁理屈だけはよく回る人ですね……」

「まったくよ」

 列の一番後ろから、リズが呆れたように言った。

「ルイズだって文句の一つ言わずに頑張っているのに、何をやっているのよ」

「ハハッ。ま、それはルイズができた子供だったってことさ」

「開き直るんじゃないわよこの大人が……」

 会話をしながら、違和感を覚えた。

 先程から、ルイズの声を聞いていない。

 思えば、今朝合流した時から口数が少なかったように思う。

「ルイズ。大丈夫ですか?」

「……だいじょうぶ……」

 私が声を掛けると、ルイズは肩で息をしながら、額から玉のような汗を流していた。明らかに大丈夫な状態ではなかった。

 さすがに、大人の行軍速度についていくのは難しかったか。

「もう少ししたら休憩にするから、もう少しだけ頑張りなさい」

「……がんばる……」

「あとルーチェもね」

「何でアタシも!?」

 ルーチェの反応に苦笑いを返しながら、先を急ぐべく歩を進める。

 もう少し進めば開けた場所が見えるはずなので、そこで休憩にしようと思う。

「ルイズ、あなた本当に大丈夫?」

 珍しく、リズの心配そうな声が聞こえた。

「……何が?」

「何が、じゃないわよ。あなた、すごく顔色悪いわよ?」

「……だいじょう、ぶ――」

 どさり、と何かが落ちる音が聞こえた。

「ルイズ!」

 リズの叫び声で振り返ると、ルイズが地面に突っ伏して倒れていた。

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