反省と後悔と
「……センパイっ!」
ルイズが悲鳴にも似た声を上げ、持っていた小型の銃を放り投げてこちらに駈け寄るのが見えた。
大丈夫。そう伝えたかったのだが、先程蹴られた衝撃でうまく声が出せなかった。
「センパイっ! 今、助けるっ!」
私の傍まで来たルイズは、私を下敷きにしているトロールの身体を動かそうと力を入れる。だが、成人した人間の二倍から三倍もある巨体は、十五歳の少女の力ではびくともしなかった。
「ルイ、ズ……」
何とか絞り出すように声を発すると、ルイズははっとした表情で私の顔を覗き込んだ。
「センパイっ! 大丈夫!?」
返答の代わりに、私は今できる精一杯で微笑んだ。トロールにのしかかられて身体は動かせなかったが、一応は無事だった。
とにかく、ルイズの力で対処は難しい。ルーチェが戻るのを待つか、リズを呼んでこないと。
「ルイズ! どうした!?」
そう思った矢先、遠くからルーチェの声が聞こえた。
身体が動かせないので姿は確認できなかったが、どうやら引き付けたもう一体のトロールを倒して戻ってきたらしい。
「ルーチェっ! センパイが!」
「よし待ってろ、今助ける!」
ルイズの言葉で状況を把握したルーチェは、早速ルイズにいくつか指示を出した。やはりルーチェの力でもトロールの巨体を持ち上げて動かすのは難しいようで、ルーチェがトロールの身体を浮かせている間に、ルイズが私の身体を引っ張り出す作戦のようだ。
「いくぞ! せぇ、のぉ!」
ルーチェの掛け声と同時に、トロールの身体が持ち上がる。その隙を突いて、ルイズが私の襟首を掴んで力強く引っ張る。ルイズの細い腕は力強く、程なくして私の身体は引っ張り出された。少しだけ首が締まる形になって息が止まりそうだったが、この際贅沢は言っていられない。
私が助け出されたのを確認して、ルーチェはトロールの身体から手を離す。どしんという音と共に土煙が舞った。
「センパイっ!」
「先輩、無事か!?」
無事を伝えるため、私は身体を起こした。声を出そうとしたところで再び息が詰まり、げほげほと咳が漏れた。
「ありがとう……ございます……」
それでも何とか声を絞り出すと、ルーチェは安堵の表情を、ルイズは今にも泣きそうな表情を見せた。
ルイズが何故そんな顔をするのかが、私にはわからなかった。
「センパイ……ごめん、ごめんなさい……」
そう言うと、ルイズはぼろぼろと涙を流し始めた。
「何故、謝るのですか……?」
私は首を傾げた。今回はむしろルイズに助けられた側だ。ルイズが大型のライフル銃だけでなく、小型で扱いやすい小銃も持っているとは知らなかった。そのおかげで私はトロールから致命の一撃を受けずに済んだのだ。
そして結果として、ルイズは二体のトロールを仕留めた。ここに来て何を謝る必要があるのだろうか。
「あたしのせいで、センパイが危険な目に……」
「ああ、そのことですか……」
私は一つ深呼吸をした。そして、改めてルイズに向き直った。
「ルイズ。あなたは今回が初めての実戦だったのでしょう? うまくいかなかったことや、反省、後悔など、色々あるでしょう」
「…………」
「それでも、あなたは私を守ってくれた。それは紛れもない事実です」
「あたしが……?」
「反省や後悔をするなとは言いません。それはあなたの成長の糧になるでしょう。でも、あなたの功績は誇って良いものです。そして、改めて言わせて下さい」
私は、ルイズに微笑みをかけながら言った。
「ありがとうございます。あなたのおかげで、私は無事でした」
「……センパイっ!」
ルイズは尚も泣きながら、私に抱き付いてきた。
私はその身体を受け止め、頭を撫でた。
「……あー、いい話なところわりぃンだが……」
少し言いにくそうに、ルーチェが声を上げた。
「他にも魔物がいるかもしれねェんだ。反省会はまた後にした方がいいンじゃねェかな?」
ルーチェに言われて、ルイズは勢い良く私から離れた。顔は涙で濡れていたが、表情は恥ずかしそうに真っ赤に染まっていた。
私も思わず、肩を竦めた。
「そンじゃ、アタシは先輩が動けるようになるまでこの辺りを警戒してるから、ルイズは雇用主サンを呼んできてくれ。戦勝報告も忘れずに、な」
「うん、わかった。またね、センパイ」
ルイズは顔をごしごしと擦ると、小さく笑って走り去っていった。
「……先輩、ありがとな」
ルイズの背中を見送りながら、ルーチェは呟くように言った。
「ルイズのこと、助けてくれて」
「助けられたのは私の方ですが……」
「先輩の作戦通り、ルイズが遠くからの狙撃に徹していれば、時間はかかったかもしれねェが、大きなリスクを背負うことなく撃退できたはずだった。でも、ルイズは決着を急いで前に出た。大方、先輩のことが心配だったンだろうさ」
私は答えなかった。ルーチェの言うことは正しい。今回の場合、長期戦はこちらの有利だった。私は決定打を急ぐ必要がなく、ルイズの狙撃でじわじわ削るか、ルーチェとの合流を待つだけで良かった。
結果的に、ルイズが決着を焦り、私かルイズのどちらかにトロールの致命の一撃が飛んでいた可能性があった。
「アタシは、ナンバー二は実力はあるけど反抗的で自分勝手で、冷酷な性格だって聞いてたよ。目的のために手段は選ばない、どんな手段を使ってでも目的を達成してくる、非常に扱いにくい奴だって」
「散々な言われようですね……」
「でも先輩のこと、少しわかった気がするよ」
少しだけだけどな、とルーチェは付け加えながら、肩を竦める。
「先輩のやり方にケチを付けるわけじゃないが、先輩は『教団』のナンバーズであると同時に、カノンという一人の人間であることを、もう少し意識した方がいいンじゃねェかな?」
「それは、どういう意味でしょうか」
「先輩が傷ついたら、悲しむ人がいるってことさ」
「……あなたも、ですか?」
「さてね。アタシもそっち側の人間だからなぁ」
そう言って、ルーチェはにやりと笑った。それがどういう意味の表情だったのかは、うまく読み取れなかった。
私は両足に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。少しだけ足元がふらつくが、歩くのに支障は無さそうだった。
「もう、大丈夫なンかい?」
「ええ。ご心配をおかけしました」
私は倒れたトロールに歩み寄り、背中に差さっているナイフを抜いた。そして空中で一振りして血を飛ばした後、腰に差した。
「先程の言葉は、忠告として受け取っておきます」
「へへっ、ありがとサン」
ルーチェは笑いながら、私とは反対方向に歩き始めた。おそらく、ルイズが投げ捨てた銃を回収するのだろう。
私も、最初に投擲した槍を拾うため、辺りを見回した。幸い、槍は程近い場所に落ちていた。
――先輩が傷ついたら、悲しむ人がいるってことさ。
先程のルーチェの言葉が思い返される。
彼女の言うことは正しいのかもしれない。実際、私はリズを何度か悲しませている。
だが、私は私のやり方を変えられない。
おそらく、私が私でなくなるまでは。
私は地面に転がっていた槍を拾い上げると、そのまま背中に差した。
そして、ルイズへの労いとリズへの言い訳の言葉をそれぞれ考えながら、ルーチェのいる方向へ歩き始めた。




