トロール戦
ルイズが放った弾丸は目にも留まらぬ速さで、前方で屯するトロールに向けて飛んだ。
着弾の瞬間までは見えなかったが、トロールの一体が少し怯んだように見えた。
「当たった、ようにも見えたがどうだ?」
「ルイズ、どうですか?」
私は単眼鏡を覗き込むルイズに尋ねた。
「一応、当たった。右肩のところ。貫いたけど、あんまりダメージは無さそう」
トロールは強靭な肉体と生命力を持つ魔物である。元より遠距離からの狙撃だけで倒せる相手だとは思っていない。
とはいえ、三百メートルという距離から一方的に狙い打てる銃という兵器には舌を巻かずにはいられない。もちろん、それを当てたルイズの腕にも。
遠目ながら、三体のトロールは周囲をきょろきょろと見回しているのように見えた。どうやら、まだ自分たちがどこから攻撃されたかまではわかっていないようだ。
突然の攻撃に動揺している、今がチャンスだった。
「ではルーチェ、行きますよ」
「おう! 任せとけ!」
ルーチェは力強く声を上げると、背負っていた槍を抜いて走り始めた。
「ではルイズ。ここは任せましたよ」
「うん。センパイも気を付けて」
ルイズと軽く言葉を交わした後で、私も槍を抜いてルーチェを追いかける。
前方に目を向けると、ルーチェはまもなくトロール共との交戦距離に入ろうとしていた。
「おらおら! 死にたい奴はアタシの前に出な!」
ルーチェは槍を振り回しながら大声を上げた。トロールに人間の言葉を介する知能があるとは思えないが、あれもルーチェの気合の入れ方の一つなのだろう。
そんな挑発に乗ってか乗らずか、三体のトロール全員の注意がルーチェの方に向いた。
ルーチェは尚も足を止めず走り続ける。やがて、お互いの得物が届く距離になった。先に仕掛けたのはトロールの方だった。
トロールは人間の背丈ほどもある棍棒を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろした。まともに当たれば骨ごと持っていかれるであろう一撃を、ルーチェはわずかな動きでかわすと、そのまま無防備となった懐に飛び込んだ。
「――どらぁ!!」
そしてそのまま、体当たりをした。
全力疾走の勢いが乗った攻撃は強い衝撃となり、自身の倍以上の大きさのトロールを押し倒した。
――何て滅茶苦茶な戦い方だ、と思った。
もちろんその一撃だけで決まるわけはない。ルーチェは結果に満足することなく体勢を立て直し、すぐさまその場を離れた。間髪入れず、別のトロールが振り下ろした棍棒が同じ場所の地面を抉った。
そのままルーチェはトロール共の周囲を大きく迂回するように走り、何やら声を上げた。どうやらそのまま何体かを引き離すつもりらしい。見え見えの挑発だったが、ルーチェに体当たりで転ばされた個体以外の二体が、ルーチェの行動に引き付けられた。
今が狙い時。そう思った私は、持っていた槍を大きく振りかぶり、トロールに向かって投擲する。
頭を狙った槍はトロールの反応によって阻止されたが、頭を庇った腕に突き刺さり、グオオオオという悲鳴のような声を上げさせた。
その間もルーチェは足を止めず、トロールが釣れたのを確認しながら別の方向に走っていった。そして、それを追いかけるのは一体のトロール。
私の前方には、転倒から起き上がったトロールと、突き刺さった槍を投げ捨てて怒りの形相となったトロールの、二体が残されていた。
ここまでは狙い通りの展開だった。
私は腰のナイフを引き抜き、逆手に持って構える。
迫りくる二体のトロールを目視しながら、私はルーチェと同じように周囲を大きく迂回しながら走った。と言っても、奴らを分断することが目的ではない。狙いは、私がルイズの射線から外れること。そうすれば、ルイズが狙いやすくなる。
そう思った直後、二度目の銃声が鳴り響いた。次の瞬間、棍棒を持ったトロールの左腕から赤い血が飛び散ると同時に持っていた棍棒を地面に落下した。
トロールは大きく顔を歪めながら、銃声の鳴った方向――ルイズのいる方向を見た。
注意をこちらに向けさせないといけない。そう思った私は迂回する足を止め、トロール共のいる場所に向かって駆け出した。
「こっちだ!」
私の声と動きに気付いたトロールは、再び私の方に意識を向け、取り落とした棍棒を右手で拾い直す。もう一体のトロールも棍棒を握る手に力を込める。
私は足を止めて、再びトロール共と向かい合った。奴らの表情は怒りに満ちていて、今すぐにでも爆発しそうだった。
そして、爆発の瞬間はすぐに訪れた。
二体のトロールは同時に駆け出し、持っていた棍棒を一方は横薙ぎに、もう一方は直線的に縦に振り下ろした。
私は横薙ぎの一撃をしゃがんで、振り下ろしの一撃を横に跳んでかわした。地面を転がりながら着地し、再びナイフを構える。
基本的に、二対一の戦いになるとこちらが圧倒的に不利である。吸血鬼ほどではないが、トロールも圧倒的な生命力を武器に直線的に攻めてくる相手だ。こちらの攻撃に「怯む」ということがない、という点では吸血鬼相手の戦いに似ているとも言える。つまり、踏み込んだ一撃を加えるのは難しく、また今回は相手の連携にも注意しなければならないので、必然的にこちらの攻撃の機会は少なくなる。
こちらの頼みはルイズの射撃と、釣り出したトロールを片付けたルーチェとの合流だ。
それまでは、無理に接近戦を挑まず、一定の距離を保ちながら注意を引くように動けば良い。
作戦を再確認したところで、再び距離を取ろうと立ち上がったところで、――三発目の銃声。
だが、今度の音はだいぶ近い。
そう思った直後、トロールの脳天を銃弾が貫通した。生命力に優れるトロールも頭を撃ち抜かれてはおしまいなのか、断末魔の叫びを上げた後にそのまま膝から崩れ落ちた。
銃声の先には、ルイズが立っていた。それも、十分に目視できる距離だ。
――その位置はまずい。
反射的に思ったが、残された先にトロールが動いた。
トロールはすぐにルイズの姿を認めると、その方向に向かって駆け出した。ルイズの引きつった表情が目に入る。
「ルイズっ! 逃げなさい!」
私は叫ぶと同時にトロールを追いかけた。遅ればせながら、ルイズも銃を抱えて反対方向に駆け出す。足は私の方が早いが、ルイズとはトロールの方が近い。次第に、ルイズとトロールの距離が縮まっていく。
「きゃっ!」
全力で逃げていたルイズだったが、途中で足がもつれ、盛大に転んだ。持っていた銃が地面に転がる。トロールは尚も迫っている。
ルイズとの間に入るのは間に合わない。そう判断した私は、さらに勢いを付けつつ、ナイフを両手で握った。
トロールが棍棒を振りかぶった直後、私はトロールの背中にナイフを突き立てた。
「グオオオオオオオオ!!」
苦悶の声を上げるのと同時に、傷口から鮮血が噴き出す。
トロールは振り返り、目障りな邪魔者を睨んだ。
直後、強烈な蹴りが腹部に飛んできた。
「――っ!」
私は咄嗟に息ができなくなり、その場にうずくまる。思わずお腹を押さえながら、げほげほと断続的な息が漏れた。
気が付いた時には、トロールの太い腕が目の前にあった。
――これは、死んだか。
そう思った直後、トロールの腕は力なく私の身体にのしかってきた。私は体勢を維持できず、そのまま押し倒される形となった。
何が起こったのか、すぐには判断が付かなかった。
私の身体の上に倒れ込んだトロールの肩越しに、ルイズが両手で小さな銃を構えていた。
その銃からは、白い煙が立ち上っていた。




