大事な仲間
話し合った結果、私がルーチェ、ルイズと共に出て、リズは後方で待機し、何かあれば馬車を守る布陣となった。まずは私たちで相手の戦力や数を偵察し、やれそうならそのまま倒す。難しそうなら一度撤退してリズと合流する流れだ。
巨大なトロールが小さな点に見える距離、だいたい二キロか三キロぐらい離れた地点の木の影で、私たちは作戦会議をしていた。
「ルーチェ、敵の数は?」
馬車の業者から借りた単眼鏡を覗き込むルーチェに声を掛ける。
「相手は三体。全部トロールだ。おそらく同じ種族だな。変異種や固有種は確認できねェ」
ルーチェは淡々と述べた後で、単眼鏡を私に差し出す。私はそれを受け取り、前方の街道の先、トロールが屯する場所を覗き見る。そこには、ルーチェの報告通り、全身が緑の皮膚で覆われた巨人の姿が三体確認できた。周囲には隠れられるような木々や岩などの障害物がなく、奇襲をかけるのは難しい場所だった。
「さて、先輩。どう動く?」
私は持っていた単眼鏡をルイズに手渡した。ルイズは早速覗き込んで、おお、という声を漏らした。
「ルーチェ、あなたは何体まで相手にできますか?」
「全部任せとけ! と言いてェところだが、真正面から相手にすンなら一体、引き付けるだけなら二体ってところだな」
リズの前で大口を叩いていたルーチェだったが、戦いを目前にしたところで、現実的な答えを返してきた。
そういうあたりは、非常に信頼できる人物だと思えた。
「わかりました。ルーチェ、あなたは一体の注意を引いて、他の個体から分断して下さい。残りはこちらで引き受けます」
「おいおい、大丈夫かよ」
「私も同じ見立てですよ。注意を引くだけなら問題ありません」
ルーチェとの話を終えて、次に私はルイズに向き直った。
「ルイズ、どのぐらいの距離までなら当てられますか?」
「あたしの腕だと、三百メートルぐらい。狙ったとこに当てるなら二百メートル。動いてなければ、だけど」
「わかりました。私がなるべく引き付けますので、ルイズは自分のタイミングで狙って下さい」
「それはわかった。だけど……」
一度了承した後で、ルイズは何故か躊躇う表情を見せた。
「あー、たぶんルイズは先輩のことを心配してるンじゃねェかな?」
ルイズの気持ちを代弁して、ルーチェが答えた。
「……私が敵を引き付けることについて、でしょうか?」
「いや、さっき馬車の中でも話したが、うちのパーティーで銃を使わないのはアタシぐらいなんだよ。だから戦術として、誰かが近接で戦っている傍の標的を狙い撃つってのをあまり想定してねェンだ」
「つまり、間違って私に当たる可能性がある、と?」
「そういうことさ」
銃というのは、基本的に大人数で使うための武器である。
戦術でよく用いられるのは、銃を横一列に並べて一斉に射撃させるものである。これなら銃の命中精度を気にする必要がなく、また乱戦になって味方に当たる危険性もない。おそらく、平和な海賊団でもそのような使われ方をしているのだろう。
逆に言うと、敵味方が入り混じる状態での銃の使用は、味方にまで危険が及ぶ可能性があるということだ。
「なるほど。理解しました」
私は話を理解した上で、結論を出した。
「それであれば、大したことではありませんね」
「……セ、センパイ?」
「おいおい……」
一様に困惑を見せる二人に対して、私は尚も続けて言った。
「ルイズ。私はあなたの腕を信頼します。最悪、私に当ててもらっても構いません」
「正気かよ! 銃弾はちょっと痛てェだけじゃすまねェンだぞ?」
「わかっていますよ。銃で撃たれるのとトロールに押し潰されるのとでは、そこまで大差がないということぐらいは」
「だが、ここでそんなリスクを背負うことはねェ。素直に雇用主サンと合流して叩けば——」
「ルーチェ、あなたにはわかるでしょう。戦いの場に立つということは、そういうことなのです」
私の言葉を受けて、ルーチェはぐっと言葉を飲み込む。戦場に立つ戦士として、「教団」のナンバーズとしての彼女であれば、その意味がわかるはずだった。
戦いは常に余裕があるとは限らない。撤退の選択肢が残っていないかもしれない。
ルイズがそういう状況に対応できるかは、今のうちに見極める必要があった。
「……もちろん、私もできないことをやれと言うつもりはありません。なので——」
私は、今一度、両手に銃を抱えたまま俯いているルイズに向かって言った。
「——ルイズ。あなたが決めて下さい」
「あたしが……?」
「あなたが無理だと言うのならこの作戦は無しです。ルーチェの言うように、現状の戦力で討伐は不可と判断し、一度リズ様と合流します。できるかどうか、あなたの判断を聞かせて下さい」
「……わからない」
ルイズは、絞り出すように言った。
「ルイズ、」
「わからないっ! なんで、なんでそんなひどいこと言うの!?」
「お、おい。ルイズ、落ち着けよ……」
「あたし、センパイを傷つけたくない……っ!」
ルイズは堰を切ったように叫ぶと、ぼろぼろと泣き始めた。
「ルイズ、落ち着きなさい」
「……センパイは、あたしのこと嫌いなの……?」
「大好きですよ。だからこそ、ですよ」
私の言った意味がわからなかったのか、涙で顔を濡らしながらも訝しげな目を向けてきた。
「ルイズ。あなたは保護されるお姫様ではありません。私たちの立派な仲間なのです」
「……仲間?」
「そうです。だから、ルーチェも私も、あなたの腕を信頼しているんですよ。もちろん、リズ様も」
「……でも、センパイはあたしの銃、見たことない」
「そんなことは関係ありません。あなたが『できる』と言うことを、私は信用するだけです」
「……仲間……仲間……あたしが……仲間……」
ルイズは、呪文のように同じ言葉を繰り返した。
「先程も言いましたが、無理強いはしません。できるにしてもできないにしても、あなたの意見を尊重します。だってあなたは——」
——大事な仲間、なんですから。
私の言葉を、ルイズはしばらく呆然と聞いていた。
やがて、涙に濡れた目元をごしごしと擦り、その目で私を見た。
「……できるっ。あたしが、センパイを守るっ」
ルイズははっきりと、且つ力強く言った。
これまでにない、一人前の戦士の顔だった。
「ありがとう。期待していますよ」
力強く言い切ったルイズの頭を撫でる。ルイズは表情を崩さず、やや緊張した面持ちだった。
「ひゅ~、やるねェ」
一連のやり取りを見ていたルーチェは口笛を吹いた。
「へへっ、ま、頭領サマが頑張るンだから、アタシも頑張ンなきゃならねェな」
ルーチェはひとしきり笑った後で、真面目な顔になって言った。
「アタシの方もなるべく早く片付けるから、先輩も無茶すンなよ?」
「わかっていますよ。あまり無茶をするとリズ様に怒られてしまいますので」
「作戦段階でだいぶ無理してる気がするンだが、まあいいか」
ルーチェはにやりと笑いながら言った。
確かに、我ながらまたリズに怒られそうなやり方をしているなと思った。
「では、ルイズは有効射程に入ったらまず射撃をお願いします。それを戦いの合図にしましょう。こちらに注意を引くことが目的なので、当たらなくても構いません」
「わかった」
「では、参りましょう」
その言葉を合図に、私たちは木の影を出て、対象に向かって歩き始めた。
道中、ルイズは既に泣き止んでいたが、表情は相変わらず硬かった。普段は饒舌なルーチェも、戦いの直前ということで無言だった。
少しの間静かな行軍が続いた後で、トロールの姿がはっきりと目視できる距離——およそ三百メートル程のところまで来た。
「ではルイズ。お願いします」
「……わかった」
そう言って、ルイズは発射の準備をするため、片膝を付いて銃の発射口を上にしながら、地面に対して縦に置いた。
ルイズはまず、ポケットから小さな紙袋を取り出し、銃の発射口に傾ける。中からは黒い粉——おそらく火薬が銃の中に流れ込む。そして同じくポケットから取り出した弾丸を込め、銃の先端から棒のようなもので何度か突いた。
その後で、今度は銃の取っ手の上に何やら金属の部品を取り付ける。
「……準備、オーケー」
ここまでかかった時間はおよそ三十秒程度。速さの程度はわからないが、ルイズの淀みない手つきを考えるとだいぶ早い方なのだろう。
なるほど。確かにこれは連射が難しい武器だとわかった。
「では、ルイズのタイミングで撃って下さい。ルーチェと私は、それに合わせます」
「……わかった」
そう言って、ルイズは銃を構えて、前方に狙いを付ける。
狙いは、屯するトロールの内の一体。
少しの静寂の後で、ルイズは引き金を引いた。
次の瞬間、爆発に似た騒音が辺りに轟いた。




