道中とトロール
目的のトロールの巣は、滞在している城塞都市グレゴールから街を三つほど経由した先の森の中にあることがわかっている。
徒歩でも数日かければ行ける距離ではあったが、小さなルイズがいることもあり、途中までは定期便として運行している馬車で向かうことになった。
定期便は一頭立ての馬車三台で編成され、私たちは準備を終えたその足でその中の一台を貸し切って乗り込んだ。
車内の席次は、ルイズの強い希望により、私とルイズ、そしてリズとルーチェとなった。
「まったく、ちょっと見ないうちに随分仲良くなったンだな。お二人サンは」
馬車に乗り込んだルーチェが、にやにやと笑いながら言った。
「先輩、一体どンな技を使ったンだい?」
「そんなこと言われましても……」
ルイズは先程から私に寄りかかりながら、ルーチェから受け取った木のケースを大事そうに抱えていた。
私がやったことは、一晩一緒に寝て、一緒に買い物に行って、帰りにシャーベットを食べたぐらいだ。
むしろ、ルーチェがこの小さな頭領に何を吹き込んだのか聞きたいのだが。
「……それはいいのだけど」
話を聞いていたリズが割って入る。
「その子が持ってるケース、随分大事そうにしているけど、中身は何かしら?」
「ふふふ……雇用主サンも気になるかい?」
「何であなたが得意げなのよ……」
呆れるリズを横目に、ルーチェが語り始める。
「早い話が、それがルイズの得物ってわけさ。ほらルイズ、中身を見せてやンな」
ルーチェの言葉を受けて、ルイズがケースを開けて中を見せた。
中には銃が格納されていた。形状的にはライフル銃だろうか。
「また変わったものを持ってるのね」
リズは率直に、まっすぐな感想を口にした。
「ライフル銃は扱いが難しいって聞いたけど」
「うちの頭領を馬鹿にしてもらっちゃ困るぜ」
「馬鹿にしたつもりはないけれど……」
「火薬と銃の扱いに関して、うちのパーティーでもルイズの右に出る者はいねェのさ」
火薬に関する知識と関心については、私もその片鱗を見せてもらったところだった。
「先輩は、銃の利点はどこにあると思う?」
「銃の利点、ですか……」
ルーチェの唐突な質問を受けて、私は少し考える。
銃の特徴として真っ先に思いつくのは、「大きな音が鳴ること」だ。
一撃必殺の銃弾と共に発せられる大きな音は相手を恐怖させ、萎縮させる効果も併せ持つ。
しかし、それはどちらかというと多くの人間同士が激突する戦場においての利点である。
普段から戦い慣れていて、自身よりも遥かに巨大な魔物とも戦う冒険者のような人間は、その程度ではひるんだりしないだろう。
だから、銃の利点はもっと別のところにあるはずだった。
「……あ、いや、そんな真剣に考えなくていいンだぜ?」
考えに沈む私に対して、ルーチェがやや苦笑しながら割り込んだ。
「もっと単純なことさ。銃の利点は『遠くから相手を狙い撃てる』というところにある」
「何よ。そんなの当たり前じゃない」
ルーチェの言葉に、リズがやや呆れたように言った。
「そうは言うけどな、昔の銃は精度が悪く、とても狙ったところに飛ぶような代物じゃなかったンだよ。それがナントカっていう技術が——」
「——ライフリング」
ルイズがぼそりと口を挟んだ。
「そう、ライフリングだ。ま、そういった技術の発達で各段に命中精度が向上したンだな。それで、遠距離からの狙撃という新たな戦術が可能になったってわけさ」
「ふーん、詳しいのね」
「へへっ、まあな」
「あなたじゃなくてそっちの子がよ……」
「それじゃあ逆に、銃の欠点はわかる?」
それまで静かだったルイズが、おもむろに口を開いた。
「ん? それ、アタシに聞いてるのか?」
「そう。ルーチェはうちのパーティーで唯一銃を扱えない人間。でも、銃のことは知っておくべき」
「おっと、こいつはなかなか手厳しいことで……」
ルーチェは笑いながらも、きょろきょろと目を泳がせる。どうやら、自分が解答者側に立つとは思ってもみなかったようだった。
「えっと、ほ、ほら。そういうのは何でも知ってる雇用主サンに聞いてみるのが一番さ。な、雇用主サン?」
「はぁ? 知らないわよ。連射できないこととかじゃないの?」
「ははっ、そんな単純なことなわけ——」
「うん、正解。雇用主、さすが」
ルイズの言葉に、ルーチェは「……マジ?」と呟いた。
それは良いのだが、リズの呼び方は雇用主で決まったらしい。
「昔ほどじゃないけど、銃の装填にはどうしても時間がかかる。時間がかかるということは、二発目を撃つのに時間がかかるということ。そして、それが隙になるということ」
銃というのは、剣や弓などの他の武器では出せない一撃必殺の弾を打ち出す兵器である。
ただ、対人間であれば一撃必殺の弾丸でも、魔物に対しては必ずしもそうではない。
また、ゴブリンのように数を頼りにする相手とも相性が悪い。
詰まるところ、銃は強力な一方、有効な場面が限られる制約の多い武器なのだ。
「ま、その不利な場面をカバーするためにアタシみたいなのがパーティーに必要なのさ」
「……そうだけど、ルーチェは銃に興味なさすぎ。先代も困ってた」
「ははは……」
ルイズの言葉に、ルーチェは苦笑いのまま固まるしかないといった感じだった。
「と、ところで! この馬車はいつ到着するンだ? 道中魔物とか出るンじゃねェかね?」
話を変えるように、ルーチェが言った。
「到着は夕方ぐらいじゃないかしら。あと魔物は出ないわよ。基本的にはね」
ルーチェの疑問にリズが答える。
基本的には、と言ったのは、馬車が通る街道のように人の往来が多い場所は、冒険者や各国の兵士が巡回しており、魔物は討伐されていることに起因している。
また、危険な魔物が目撃された場合も、その情報はギルドを通して周知される
馬車が運行しているということは、その経路の安全が確保されている証拠だった。
「何だ、そいつは残念だな——っと」
ルーチェが言いかけたところで、馬車が急停車した。同時に、馬車の前方で何やら話し声が聞こえる。
「お、もう着いたのか?」
「いや、これは問題発生ね」
長い道のりを進む場合、馬を休めるため休憩の時間を取るケースはある。
だが、前回の中継地を出てからまだ一時間も経っていない。休憩にはいくら何でも早過ぎる。
気になっていたところ、一人の業者が通りかかった。
「すまねぇお客さん。ここから先は進めねぇ」
「何か、あったんですか?」
「この先の道でトロールが徘徊しているみてぇだ。昨日までは見かけなかったのに、まったくツイてねぇ」
「……つまり、どういうことだ?」
「このまま先に進むのは危険だから、迂回するか引き返すかするってことよ」
街道を通る馬車は、道中が安全であることを前提に運行されている。
そのため、万が一危険が見つかった場合の判断も明確に定められている。
たとえば人間の野盗に遭遇した場合は、素直に金目のものは全て差し出す、危険な魔物と遭遇した場合は、事前に発見できたら迂回か引き返す、などである。
「リズ様、ノアは何か?」
「いや、特に何も言ってなかったわね。ということは、そういうことね」
「どういうことだ?」
「あれが、私たちの討伐対象ということですよ」
普段、魔物はみだりに人里に現れることはない。彼らにも知能はあり、迂闊に人間のいる前に出ると自分たちが攻撃されることをわかっている。
それでも人間の目に付くところに現れるのは、自分たちの縄張りを拡大しようとする時だ。
つまり、これから向かおうとしていたトロールの巣から、敵があふれ出しているということだ。
「なんだ、それなら簡単じゃねェか」
ルーチェはようやく理解したという顔で言った。
「つまり、アタシたちがぶっ倒せば全部解決ってことだな! どうせ早いか遅いかの違いでしかねェわけだし!」
「随分乱暴な解決方法ね……まあ、そのやり方にはあたしも同意だけど」
「よし、それならアタシに任せな! 敵が何体いるか知らねェが、アタシ一人で蹴散らしてやるよ!」
「大言壮語はせめて敵の数を把握してからにしなさいよ……」
ルーチェに指摘を入れた後で、リズは私に向き直った。
「カノン、あなたもルイズと一緒に出なさい」
「承知しました。……ルイズも、ですか?」
「ええ。ちょうどいいわ。この機会に実力を見させてもらうわね」
「おいおい、アタシの実力を疑ってるのかよ?」
「あなたは大丈夫でしょうけど、あなたも心配している子がいるんじゃないの?」
リズは、先程からライフル銃のケースを固く握りしめているルイズに向かって言う。
「ルイズ、いける?」
「……大丈夫」
ルイズは、力強く言った。
「センパイと一緒なら、できる」




