火薬とシャーベット
その後、いくつかのお店を回り、必要な物資は一通り揃えることができた。携帯用の食糧や水、医療用の包帯や薬草、消毒用のアルコール、石鹸や油、野営用の松明や毛布など。今回は随行する人数が増えるため、いつもより多めに買い込んだ。運搬用の袋を背負ってきていたが、さすがに私一人では持ち切れなかったため、いくつかの軽いものをルイズにも持ってもらっていた。
宿に戻る帰り道、行きの時は物珍しそうにあたりを見回していたルイズだったが、今は非常に大人しかった。
と言うのも、彼女は先程買ったものに夢中だった。
先程から紙袋から黒い粉を取り出して、指の上で感触を確かめたり、鼻に近付けて匂いを嗅いだりして、うんうんと唸っていた。
「それ、おもしろいですか?」
私は隣でこれまで見たことがないほどの熱中を見せるルイズに尋ねた。
「うん、おもしろい」
ルイズは短く、端的に答えた。
彼女が欲しがり、私が買い与えたのは、火薬だった。
火薬は古来より様々な用途において炎や爆発を発生させるために使用されてきた物質である。基本的には戦闘や軍事の用途で用いられるが、鉱山での採掘や、一部の祭りや儀式などで使われることもあった。
私も火薬についての知識はあまりないが、少なくとも軍人でもない普通の人間が好んで使うようなものではないことは確かだった。
「あたしにはわかる。これは、良いもの」
「そうなんですか?」
「うん。海に近いフータンだとすぐに湿って使い物にならなくなるけど、こっちは比較的乾燥してるから、保存状態もいい」
私が聞き返すと、ルイズは少し得意げに説明しだした。
「そもそも、火薬は地域の気候や配合によってだいぶ違う。硝石や硫黄の純度、木炭の材質、それらを混ぜ合わせる加工技術、どれかが少し違うだけで全然違うものができあがる。その結果、ものによっては燃えやすくなったり、煙がたくさん出たりといった、違いが生まれる。同じものはないから、すごく楽しい」
出会って以降、類を見ないほど饒舌に語るルイズに、私は「へぇ」としか言えなかった。
彼女が、ここまで火薬に対して強いこだわりがあるとは思わなかった。
「ルイズは、何でそんなに詳しいんですか?」
「フータンでは、銃を扱う兵士が一般的。あたしたち平和な海賊団でも使ってる。これぐらいは普通」
「普通、ではないと思いますが……」
私は内心呆れながら、それでも熱中できるものがあるルイズが眩しく見えた。
その歳でそこまで熱中できるものがあるのは良いことなのだが、本当は火薬のような物騒なものではなく、もっと子供っぽいものを与えたかったのが本音である。
いや、十五歳というのは十分に大人なのか? どうもそのあたりの感覚がわからない。
私が十五歳の頃は、あまり人から褒められるような生活を送っていなかったことを考えたら、彼女は既に立派な大人なのかもしれない。
「センパイも嗅いでみる? いい匂いだよ」
「遠慮しておきます……」
ルイズの誘いを軽く聞き流しながら歩いていると、ふと前方にとある屋台の店舗が目に入った。
店の名前はプロコップ。どうやらお菓子や果物などを提供しているお店のようだった。
「ルイズ、甘いものに興味ないですか?」
「甘いもの? ……ない」
口では否定したが、少し意思の揺らぎを感じる反応だった。
「買い物に付き合ってくれたお礼です。あのお店で何か買いましょう」
「……いらない。もう、買ってもらったし」
「火薬はルイズにとって必需品でしょう? それに、買って良いのは一つだけとは言ってないです」
「……いらない、けど、センパイがどうしても、って言うなら……」
素直じゃない肯定の反応が得られたのを受けて、私たちは目に見えたそのお店に立ち寄ることにした。
そのお店——プロコップはこじんまりとした屋台で、新鮮な果物や焼き菓子の他、シャーベットを提供していた。
「……これ、冷たいの?」
陳列された品物を舐めるように見たルイズは、シャーベットに興味を持った。
「触ってみるかい?」
店員の男の人がシャーベットの入った入れ物をルイズの前に差し出す。ルイズはそれに触れると「ひゃっ、冷たいっ」と声を上げた。
「ねえねえ、どうして冷たいの?」
「冬の間に果物の果汁を凍らせておいたものを保管しておくんです。その時に凍った池を氷として切り出して地下に置いておくことで、冷たいものを保存できる部屋を作り出しているんですよ」
「すごーい!」
「へぇ、お嬢さん。詳しいじゃねぇか。どうだい? 今ならおまけするぜ?」
店員の甘言とルイズの熱い視線を受けて、私はシャーベットを一つ分購入した。代金は銀貨一枚。保存に手間がかかっていることもあって少し高めだったが、おいしくもないコーヒーよりはマシだろうと思った。
まいどあり、という言葉を背に受けながら店を後にしたところで、受け取ったシャーベットをルイズに手渡した。ルイズは早速シャーベットを木のスプーンでひとすくいして口に運び、「ちゅべたいっ」という声を上げた。
ルイズが、火薬で汚れた指で手づかみして食べるようなものに興味を持たなかったのは幸いだった。
「センパイは?」
「私はいいですよ。ルイズが食べて下さい」
私が固辞すると、ルイズは何故か「むー」と膨れ顔になった。
「駄目っ! センパイも食べるのっ!」
「いや、私は別に……」
「『手に入れたものは分け合う』! これが、あたしたち平和な海賊団の決まりなのっ!」
「そうは言いますが……味はお気に召さなかったですか?」
「おいしいっ! おいしいけど、分け合うのっ!」
「やれやれ……」
私が尚も固辞していると、ルイズはおもむろにシャーベットをひとすくいし、「んっ!」と言ってスプーンの先を差し出してきた。
これ以上拒否していると、本格的にルイズの機嫌を損ねてしまう。
そう思った私は、やむを得ずルイズが差し出したスプーンに食いついた。
口に入れた瞬間、シャーベットの甘い味が広がった。柑橘系の味で、これはオレンジだろうか。
「どう? おいしい?」
「はい、おいしいですよ」
「ふふっ、どういたしましてっ」
ルイズは満足そうに頷くと、再びシャーベットを自身で食べ始めた。
やっぱり、ルイズはまだ子供なのかもしれない。そう思った。




