マリーとルイズ
「おはようございます。マリーも来てたんですね」
「は、はい……」
いつものように声を掛けると、マリーからは何故かぎこちない反応が返ってきた。少し居心地が悪そうに、私の顔を見ては目を逸らす、というのを繰り返している。いつもなら明るく朗らかな応答が返って来るところなので、思わず首を傾げた。
私の顔に何か付いているのだろうか。だとしたらはっきり言って欲しいのだが。
「……マリー?」
「な、何でしょう?」
「どうかしましたか? ひょっとしてあまり体調が良くないとか」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから……」
明らかに様子が変なのだが、本人が大丈夫というのなら信じるしかなかった。
「あの……カノンさま?」
「何でしょう?」
「あの後、リズペットさまは、何か言ってましたか……?」
マリーはやや上目でこちらを窺うようにしながら、何やら言いにくそうに言った。
私は内心首を捻った。あの後とは、昨日別れ際にリズと会った時のことだろうか。
ここで急にリズの名前が出たことに、少なからず戸惑いを覚えた。
「……いえ、特に何も言っていませんでしたが……」
厳密には、その後ギルドに呼び出しを受けていたのでマリーの話をするタイミングがなかったのだが、それはわざわざ言うことではないと思った。
「そ、そうですか……」
マリーは自分で聞いておきながら、安心したような残念がるような、その中間のような反応をした。
やはり、今日のマリーはちょっとおかしい。そんな気がする。
「あのっ、」
「ええと、」
今日はどうしたんですか、と聞こうとしたところで、マリーの声と重なった。
「どっ、どうぞ」
「いえ、マリーからどうぞ」
「じゃ、じゃあ……」
やや控えめに、マリーが話し始める。
「そちらの、お、お子さんはどなた、でしょうか?」
「ああ、この子は——」
言いかけて、ルイズの説明が少々面倒なことに気付いた。
マリーは私がルーチェと会ったことを知っているが、ルイズのことを話すにはまず彼女が平和な海賊団の頭領であることを言わなければならず、平和な海賊団の話をするなら彼女たちが私を名指しした協力要請を持ってきたことを説明しなければならず、協力要請の話をしたら私がそれを断った話をしなければならず、私が断った話をしたらそれでも何故一緒にいるのかという理由に答えなければならない。
それらの説明はあまりにも冗長であり、冗長というのはマリーにとっても同様だろう。また、マリーは信頼できる人物とはいえ、私たちのパーティーが依頼を遂行する上で得た情報をみだりに他の人に話すのは少々気が引けた。
よって、マリーへの説明は必要最低限とすることにした。
「——知り合いの子で、ちょっと訳があって預かっているんですよ」
「そ、そうですか。知り合いの子、ですか……」
納得したのか判断が付きにくい口調で、マリーはルイズに対して訝しげな視線を送った。一方のルイズは、先程から私の身体の影に隠れてマリーの様子をじっと窺っている。
「彼女の名前はルイズと言います。——ほら、ご挨拶を」
「……あ、あたしルイズ……」
私が促すと、ルイズは聞き覚えのある震え声とセリフを定型文のように絞り出した。
そういえば、彼女は私と会った時もこんな感じだったか。
「ふふっ、かわいい子ですね」
ルイズの反応がおかしかったのか、マリーはようやく笑顔を見せた。
マリーは、私の後ろに隠れるルイズに顔を近付けながら言った。
「はじめまして。わたしはマリーと言います。こちらのカノンさまとはお友達をさせてもらってます」
「えっ」
「あっ」
マリーの発言に対して強烈な違和感を感じてしまったため、思わず声が漏れてしまった。
私の反応を敏感に感じ取ったのか、マリーも「しまった」という顔をした。
「ご、ごめんなさいっ! わたしったら、カノンさまのお気持ちも考えずに勝手なことを……」
「い、いえ。間違ってない、と思います。おそらく」
恐縮するマリーをなだめながら、自分の失言を後悔する。
咄嗟に出た反応とはいえ、マリーに良くない印象を与えたままにするのは本意ではない。
そう思った私は、少しフォローを入れることにした。
「……すみません。私は見ての通りつまらない人間でして。その、友達と呼べるような相手がいなかったんですよ」
「……それって、つまり……」
「ええ。なのでマリーから『お友達』と呼ばれて、ちょっと戸惑ってしまって……」
「つまり、わたしがカノンさまの友達第一号ということでしょうか!?」
マリーは叫びながら、何故か目を輝かせていた。
「え、ええ。そうなるかもしれませんが、その、店内ではもう少し静かに……」
「そ、そうですよね。ごめんなさい……」
指摘をされて急にしおらしくなるマリーだったが、口元は明らかに笑みを堪えていた。
私には何がそんなに嬉しいのかはわからなかったが、マリーが元気になったようで何よりだった。
「そ、それより、カノンさまも遠征の買い出しですか?」
気を取り直すように、マリーは一度ごほんと咳払いをした後で言った。
「はい。魔物の討伐依頼でちょっと遠くまで出る予定がありまして」
「そうなんですね。わたしはもう一通り揃えたので、そろそろ戻るところでした。では、ごゆっくりお選び下さい。ところで——」
マリーは一つお辞儀をした後で、おもむろに私の耳に顔を近付けて言った。
「……ここのお店、油と火薬が安いのでお買い得ですよ。あとはちょっと高いので他のお店がおすすめです」
私にようやく聞こえるかという小声で呟いた後で、マリーは「それではまた。ルイズちゃんもじゃあね」と言って、どこか軽やかな足取りで店から退出していった。
静寂が戻った店内で、ルイズが私の服の裾を引っ張って言った。
「……センパイ、友達いないの? あたしも友達になってあげようか?」
「何か、そこはかとなく小馬鹿にされているような気がしますが……まあ、ご勝手にどうぞ」
私は投げやりに答えながら、今一度その言葉について考える。
マリーに話したことに偽りはない。「友達」という定義がプライベートでの関わり合いを示すというのなら、リズとは「役目」上での付き合い以上のものはないし、個人的に関係性のあるノアやクラウスといった人物とも用件もないのに会ったりはしない。昨日マリーと会った時のように、食事そのものを目的として誰かに会うことは、私にとっては異例なことだった。
そうした、特に目的や理由もなく気軽に会って話をする関係のことを「友達」と呼ぶのであれば、私は御免こうむりたい。
何故なら、そうやって「友達」の顔をして接近してきた人間を、私は全員殺してきたのだから。
「……センパイ?」
ふと我に返ると、ルイズが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの? 怖い顔してる」
「……何でもありませんよ」
私は平静を装いながら、ルイズの頭に手を載せて髪をくしゃくしゃに撫でる。ルイズは「やめてよぉ~」と言いつつ、さしたる抵抗も見せなかった。
「ほら。ここならルイズの欲しがっていたものも見つかるでしょうから、自由に見ていいですよ」
「うん、わかった」
ルイズは軽く返事をすると、目的のそれに向かって一直線に歩いて行った。
私はその姿を見届けながら、自分の買い物に対して思考を切り替えた。




