ルイズと買い物
足の上に何かが乗る感覚で、私は目を覚ました。
一瞬身構えるが、目を開けて広がる光景を見て、肩の力を抜いた。
「ふふ、センパイ、油断したな」
私の身体に跨って、何故か勝ち誇るルイズの表情が目に入った。
「……そこはおはようと言うところですよ、ルイズ」
「うん、おはよっ、センパイ」
「はい。おはようございます」
ルイズの挨拶に応じながら、私はゆっくりと身体を起こした。私の足の上に座るルイズの顔が目の前にあった。
「あの……ルイズ?」
「なに?」
「降りてくれると嬉しいのですが」
「じゃあ、おはようのチューして」
ルイズの思わぬ言葉に、はあ、という言葉が漏れる。
「チューしてくれたら、降りる」
「ルイズ、冗談はそのぐらいに……」
「んっ」
ルイズは両手を広げながら、目を閉じて準備オーケーという顔をしている。
この子の教育方針について、ルーチェには問い正さなければならない。
いよいよ逃げ場がないかと思われた次の瞬間、ルイズの身体がふわりと浮いた。
「何を朝からいちゃついてるのよ」
見上げると、リズが呆れた表情でルイズの襟首を掴んで持ち上げていた。
「あ~、離してよ~、チューするの~」
「いいから、あんたは顔でも洗ってきなさい」
「このトロールっ、アクマっ」
手足をばたつかせるルイズをもろともせず、リズはさらに高く持ち上げた後、床にルイズを着地させた。
ルイズは尚も不満そうだったが、リズがひと睨み利かせると、渋々といった具合に部屋を後にした。
「まったく、どんな教育方針してるのよ……」
「……ありがとうございます」
「カノンも、ああいうガキは一度しっかり躾けないと駄目なのよ?」
「肝に銘じます……」
それを言われると、私も恐縮するしかなかった。
リズの言葉ではないが、私も子供の扱いは苦手なのかもしれない。
「それで、この後だけど」
閑話休題、というように、リズが言った。
「朝ごはんを食べたら、二人で買い出しに行ってくれない?」
「承知しました。……二人で?」
「ええ。あの子を連れてね。荷物持ちぐらいには使えるでしょ」
「それはそうですが……」
「あたしはルーチェと合流した後で、ギルドに依頼受諾の手続きをしてくるわ。そういえば彼女、迎えに来るとは言ったけど何時に来るとか言ってなかったし」
確かに、リズの言うことはもっともだった。
買い出し自体は私一人でもできるが、四人分の旅の準備ということもあり、誰か手伝いがいてくれた方が助かるのが本音だ。
また、私とリズが出かけてルイズを一人残すのもかわいそうだし、三人で出かけてルーチェと入れ違いになるのも良くない。
「それに、どうせあの子、放っておいてもカノンに付いて行こうとするわよ。よくわかんないけど、先輩には懐いているみたいだし」
「…………」
「それとも、あたしにあの子の面倒を見れるとでも思う?」
「変な脅迫をしないで下さい。……わかりましたから」
私が了承すると、リズは満足そうに頷いた。
「それじゃあ、あの子が戻ってきたらごはんにしましょうか。好き嫌いがないと良いのだけど」
そう言った直後、部屋のドアががちゃりと開き、ルイズが戻ってきた。
宿の食堂で用意された朝食はライ麦のパンと、豆や穀物の入ったポタージュだった。本来の宿泊客ではないルイズを入れて良いかは少し迷ったが、昨日の時点でルーチェが代金を支払っていたらしく、問題無く食堂には入室できた。
朝食としては特別豪華なものではなかったが、ルイズはお腹が空いていたのか、選り好みはせずに黙々と食べ続けた。あまりにも良い食べっぷりだったので、私の分も半分あげるとそれすらももぐもぐと平らげた。
食事中、リズから今後の予定——私と今後の遠征に向けての買い出しに行く——を話されても、特に不満を述べることもなく黙って頷くだけだった。口いっぱいに食べ物が詰まっていて喋れなかっただけかもしれないが。
朝食を終え、身支度を終えた私とルイズは、必要物資の買い出しに出かけた。
必要なものは携帯の食糧や水、薬草などの治療薬、それに野営を行うための火打石や油などだった。
道中、ルイズはきょろきょろとあたりを見回しては、目を輝かせていた。よほど異国の地が珍しいらしい。
「ルイズは、何か欲しいものありますか?」
「……大丈夫」
「遠慮しなくて良いですよ。少しぐらいなら余裕ありますし」
「無駄遣いするなって、怖い人に言われた」
「……リズ様は怖くないですよ」
「センパイも、怖い人で伝わってる」
「……おっと、これは失言でした」
私は思わず肩を竦めた。できればこのことは本人には黙っていて欲しいのだが。
「本当に、なんでもいいの?」
「大丈夫ですよ。あまり高いものは無理ですが」
「それじゃあ——」
ルイズが口にしたそれを聞いて、私は首を傾げた。
「……そんなもの、何に使うのですか?」
「……駄目?」
「いえ、構いませんが……」
私が了承すると、ルイズはぱっと明るい表情になった。どうやら、欲しいという言葉に嘘はないようだった。幸い、それならこれから向かう場所でも売っていると思う。
大きく寄り道をしなくて済むのはありがたいが、代わりに一つ小さな疑問が残る結果となった。
街の雑貨屋は、各地を旅する冒険者にとっては必需品を扱うお店だった。
品揃えは店によって様々だが、徒歩や馬車での移動や、野営を行うための道具が一通り揃っている。食料品こそ取り扱いはないものの、旅をする際にはひとまずで立ち寄っておきたいお店である。
「お店、たくさんっ」
通りに立ち並ぶ店舗を見て、ルイズもどこか気分が上がっているようだった。
「ねぇ、どこに行くの?」
「そうですね。ひとまず何店か入ってみましょうか」
「いくつも回るの?」
「店によって品揃えもそうですけど、値段も結構違うのですよ。なるべく安いものは安いところで仕入れるのが買い物のコツです」
「なるほど。センパイ買い物上手っ」
ルイズに褒められて、少し変な感じがした。普段リズと買い物をする時は「嫌よ、そんな貧乏くさい真似するの」などと言われて、結局最初に入った店で全て揃えてしまうことが多かった。リズはSランクという立場もあってお金に困っていない上、必需品以外の買い物をほとんどしないため、少しばかりお金を節約するという概念に疎いところがある。そのため、色々見て回るのは彼女がいない時に限られる。
差し当たり、私たちは目に付いた大きめの小屋を構える店舗に入ることにした。ここならルイズが欲しがっていたものも見つかるかもしれない。
店のドアを開けると、ドアに付いている鐘がちりんちりんと鳴った。
入口を潜ってすぐのところで、私は見慣れた人物の姿を認めた。
「あっ……」
相手もこちらに気付いたのか、少し驚いたような声を漏らした。
私の目の前には、普段の斥候の衣服に身を包んだマリーが、何故か居心地が悪そうに立っていた。




