ルイズの独り言
「あたしは、あなたたちを雇うわ」
リズの決定により、私たちはルーチェたちを「雇う」ことになった。
少し、釈然としない部分はあるが、トロール退治で戦力が必要だったのは事実だ。この場合は好都合だったと考えるようにしよう。
ただ、気になるのは。
「……勝手に話が進んでいるようですが」
私は、未だに私の腕の中から動こうとしないルイズに向かって言った。
「ルイズは、私たちに『雇われる』ということで良いのですか?」
「いい」
ルイズは話を聞いていたのが意外だと思えるほどの速さで、即答した。
「センパイと一緒なら、いい」
「ひゅ~、妬けるねぇ」
遠くから野次馬の声が聞こえる。ちょっと黙っていて欲しいと思った。
「それで、アタシが槍を振るう相手の目星は付いているのかい?」
「ええ。ちょうどトロールの巣を討伐する予定があったの。トロールと戦った経験は?」
「ねェけど、まあいけるンじゃねェかな?」
「まあ、あなたはそれで良いかもしれないけど……」
やや呆れたように言った後で、リズは私の腕の中にいるルイズに目を向ける。
「そっちの子は、大丈夫なのかしら?」
「ああ。心配いらねェ。たぶん雇用主サンが思っているよりは活躍できると思うさ」
「見た感じ、得物も何も持っていないようだけど」
「ちょっとした貴重品なンでね、今はこっちの宿に置いてきてある。街中でみだりに使うもンじゃねェしな」
「それは良いのだけど、道中どこかで実力は確認させてもらうわよ」
「わかってるって」
その後、私たちはいくつかの確認事項をすり合わせた。今後の日程、道中の経路、遭遇が予想される魔物やその対処など。対トロールの作戦は、道中二人――特にルイズの実力を見て改めて判断することになった。
その話をしている最中も、ルイズは私の腕の中で終始無言だったのだが、次第に頭が前後に揺れ始めていることに気付いた。
「ルイズ、もしかして眠いのですか?」
「……眠くない」
私が声を掛けると、驚いたようにびくっと頭を上げた後、強がるように言った。
「なんだよ、完全に目が開いてねェじゃねェか。子供はもう寝る時間だな」
ルイズの異変を感じたルーチェも私に同意した。
「それじゃあ、今日はここまでね」
「ああ。ルイズはアタシが持って帰るからさ。そンじゃまた明日――」
「眠くない」
「……あん?」
ルイズの抗議に、ルーチェが目を丸くする。
「あたし、眠くない。起きてる」
「おいおい、どう考えても眠たそうじゃねェか。無理すんなって」
「眠くない。センパイといる」
「おいおい……」
ルーチェは困ったように頭を掻いた。一方のリズはそんな様子を眉間にしわを寄せながら何か言いたげに横目で見ていた。
「参ったな……ルイズはこうなると頑固でめんどくせェんだが……仕方ねェか」
何かを覚悟したかのように言って、ルーチェはリズに向き直った。
「というわけで雇い主サンよ、一つ頼まれてくれねェかい?」
「何よ。まさか……」
「そのまさかさ。今日はルイズをこっちに泊めてやってくンねェかい?」
「……あたしたちは託児所を始めたつもりはないんだけど」
「まあそう言いなさンなって。手間賃はアタシたちへの報酬から天引きしてもらって構わねェからさ」
「あなたねぇ……」
「ま、こンなでも過酷な船の上での生活には慣れてンだ。最悪その辺に転がしておいてもらって大丈夫だからよ」
それからもいくつか押し問答があったが、最終的にはリズが折れる形で決着がついた。
「そンじゃ、また明日迎えに来るからよ」
そう残して、ルーチェは部屋を後にした。
その後まもなく、ルイズは眠気の限界が来たのか、床に座り込んで頭を振りながら睡眠と覚醒の境目を行き来していた。
「仕方ないわね……」
「リズ様、まさか」
「本当にその辺に寝かしておくわけにはいかないでしょ。一応ゲストなんだから」
「承知しました。……ルイズ。立てますか?」
私は座り込むルイズの肩を持って持ち上げる。立ったまま尚も睡魔と戦うルイズを何とか歩かせ、ひとまず私のベッドに寝かせた。
直後、ルイズの口からすうすうという寝息が聞こえてきた。
「カノン、悪いんだけど」
「ええ。今日は私が床で寝ますので」
「そんなわけにもいかないでしょ。あたしが気まずいったらないわ」
「しかしそれでは……」
どうすれば。そう私が言う前にリズが答えた。
「悪いんだけど、今日はその子と一緒に寝てくれる?」
その言葉の意味は、ちゃんと理解しているつもりだった。
一緒に寝るということは、同じベッドで眠るということに他ならない。
「あたし、子供ってのがどうも苦手なのよね。あんまり懐かれないし」
「十五は立派な大人だとは思いますが……」
「それに、カノンが一緒ならその子も喜ぶでしょ。ゲストを楽しませるためだと思って、ね」
「しかし……」
「どうしても嫌なら、あたしが床で寝るわ。元はと言えばあたしが彼女たちを雇ったのが始まりなんだもの」
それは絶対に駄目だ。どこの世界に主人を床で寝かせて自分はベッドを使う従者がいるのか。
詰まるところ、私に選択肢など残されていないのだ。
「……わかりました。ルイズのことはおまかせ下さい」
その後、いくつか今後の予定についてすり合わせたところで、私たちも眠ることにした。
ルイズの寝息を肩に感じながら、私もベッドに横になる。
思えば、誰かと一緒の寝床を共有したことはなかった。
だからどうしたということはないのだが。
「カノン、まだ起きてる?」
向かい側のベットから、リズの声が聞こえた。
「リズ様?」
「もしかして、怒ってる?」
私は、リズの言葉の意味がわからなかった。
「……何に対して、でしょう?」
「あたしが、ルーチェたちを雇うと決めたこと。勝手なことしてくれたって思ったでしょ?」
「仰っていることの意味はわかりませんが」
私は真っ暗の天井を見上げながら、迷うことなく言った。
「私がリズ様でも、同じ判断をしたと思います」
「そうよね。カノンは、そう言ってくれるわよね」
その言い方に、若干の棘を感じてしまったのは、私の考え過ぎだろうか。
「ルーチェたちが雇われとはいえゲストであることは変わりないけど、あたしにとっての優先はカノンだから。あなたは、自分の安全を第一に考えて行動しなさい」
「それは、つまり……」
「最悪のことは、常に考えておくべきだわ」
室内は静寂に包まれる。聞こえるのは私の隣で眠るルイズの吐息だけだった。
「まあ、ルーチェは殺しても死ななそうだし、その子も素人ってわけじゃないみたいだから、この間の吸血鬼みたいな敵が出て来なきゃ大丈夫だと思うけどね」
「そうだと、良いのですが……」
そう言ったのを最後に、リズからは声が聞こえなくなった。
私も目を閉じて、身体の力を抜いた。次第に、意識が遠くなっていくのを感じる。
だから、ふと聞こえてきたその言葉が、夢なのか現実なのかは区別が付かなかった。
「……迷惑かけて、ごめんなさい」




