ルーチェの「遊び」
「あれ、いないのか? おーい! アタシだって! おーい!」
ドアの向こうの人物は大きな声を響かせながら、尚もドンドンとドアを叩きつけていた。
「……どうしましょうか?」
私はリズに目配せをした。
「……放っておいてもブチ破ってきそうだし、仕方ないわね」
リズが諦めたように言ったのを確認して、私も渋々ドアのロックを解除した。
その瞬間、勢い良くドアが開け放たれた。
「おう! さっき振りだな!」
そこに立っていたのは、やはりというか案の定というか、ルーチェだった。
「あなたねぇ……」
リズは露骨に顔をしかめながら言った。
「こんな時間にいきなり来ないでよ。あと声がうるさい」
「おっと、そいつはすまねェな」
言葉とは裏腹に、ルーチェはがははと笑いながら言った。
「……とりあえず入りなさい。他の部屋に迷惑だから」
「おう、ありがとな」
ルーチェがずかずかと部屋に入ったその後ろで、ドアの影からルイズがひょっこりと顔を覗かせた。
「何よ、その子も連れてきたの?」
「いいじゃねェか。仲間外れはかわいそうだろ?」
「勝手に来ておいてその言い草は何なのよ……」
「ほらルイズ! 早く来い!」
呆れるリズを無視して、ルーチェがルイズに声を掛ける。
ルイズは一度きょろきょろと室内を見回した後、小走りで私の前まで来た。
「……迷惑、だった?」
身体を小さくしながら、ルイズはどこか不安げに上目で私の顔を覗きながら言った。
そんな顔をされたら、はっきりとは言いにくい。
これも見越してルイズを連れてきたのだとしたら、ルーチェも見かけによらず策士だと思った。
私は一つ溜め息をついた。
「……突然の訪問で驚いただけです。迷惑ではありませんよ」
私がそう言った瞬間、ルイズの表情がぱっと明るくなった。
「センパイ、ありがとっ」
そう言って、ルイズは私の胸にめがけて飛び込んできた。その反応に少し驚きながら、咄嗟に両手でルイズの身体を受け止める。そして昼間の時と同様、私の腕の中に納まった。
「……どうやら、どこかの大きな人よりそっちの小さい頭領さんの方が、人間ができているみたいね」
「なんだよ、アタシだってお礼ぐらい言えるぜ?」
リズの指摘に対して、ルーチェは不満げに口を尖らせる。
そう主張するならお礼と、ついでに詫びの一つでも欲しいのだが。
「……ところで、何の用?」
リズは腕を組みながら、話題を変えるように言った。
「まさか、本当に遊びに来ただけってわけじゃないでしょう?」
「アタシとしてはそれでも良いンだが、残念ながら、ね?」
ルーチェはわざとらしく肩を竦める。
「……言っておきますが、説得は無意味ですよ」
機先を制して、私は言った。
「あなたたちへの協力はできません。何度来ようと、その結論は変わりません」
「ハハッ、お堅いねェ先輩は。でも安心しな。今回は先輩に決定を翻して欲しくて来たンじゃねェ」
それじゃあ、何のために?
私が聞き返すより先、ルーチェは腕を組み、不敵に笑いながら言った。
「先輩、アタシたちを雇うつもりはないかい?」
「……雇う?」
私は思わず、オウム返しのように繰り返した。
「そうそう。野盗じゃねェぞ?」
「何をつまらない冗談を言ってるのよ……」
「おっとすまねェ。つい、な」
リズの冷静な指摘を受けて、ルーチェはがははと笑った。
息の合ったやりとりを見て、この二人は意外と相性が良いのかもしれないと思った。
私は少しだけ、奥歯を噛みしめた。
「……いまいち、状況が呑み込めないのですが」
内心抱いた気持ちを振り払うように、頭を掻きながら言った。
「今、あなたは私たちから仕事を請け負って報酬を受け取りたいと、そう言ったのですか?」
「そうだ。さすが先輩」
即答したルーチェの言葉を受けて、私は少し考え込む。
それをすることの、彼女側のメリットがわからない。
一国を代表するSランクパーティーの面々が、路銀に困っているとは考えにくい。まして今私の腕の中にいる少女はそこの頭領だ。その辺の旅人とはわけが違う。
お金が主目的ではないとしたら、ギルドの点数稼ぎだろうか。
いや、それなら私たちではなくノアに話を持っていくはずだ。そもそも、こんな遠く離れた異国の地で少しばかりの点数を稼いだところで、それが一体何になるというのか。
「――そンなに警戒しなさンなって」
黙り込んだ私を見て、ルーチェは苦笑しながら言った。
「アタシたちは先輩の力になりたいだけさ。報酬も、そっちの言い値で構わねェ。それでも不要ってンならそれでも大丈夫さ。アタシらはおとなしく国に帰るよ」
潔過ぎるルーチェの回答に、私はますます疑問を強くする。
まさか、本当に私の力になりたいなどということが、果たしてあるのだろうか。
「――カノン」
再び思考の中に入ろうとした私に、リズが声を掛けた。
「リズ様……」
「ここは、あたしに任せて」
そう言って、リズはルーチェに向き直った。
「悪いけど、うちのパーティーのリーダーはあたしなの。カノンに何かあるなら、まずあたしに話を通して頂戴」
「おっと。確かにそうだな。そンじゃリズペットサン、どうだい?」
「その前にいくつか確認したいのだけど……」
リズは少しだけ考える仕草をした後で言った。
「さっき、『アタシたちを雇うつもりはないか』って言ったわよね?」
「ああ、言ったぜ」
「まさか、その子も戦わせるつもりなの?」
リズの言葉を受けて、思わず腕の中にいるルイズに目を向ける。
ルイズは変わらず、ぼんやりと部屋の隅を見つめているだけだった。
「ああ、そのまさかだぜ」
事も無さげに、ルーチェは言った。
「戦うのはアタシ、ルーチェ・ダインと、そこのルイズ・シャーリーだ。そこは間違いねェ」
「わからないわね。何でそんなことを?」
「仲間外れはかわいそうだろ、と言いたいところだが、実はちょっとだけ違う」
ルーチェは、私とルイズを一瞥して言った。
「昼間も言ったが、そこのルイズはまだ実戦経験がねェのさ。元々先輩の力を借りたかったのも、ルイズの経験不足で戦力に不安があるからだ。おたくらの下で経験を積めるンなら、その問題も解消できるってもンさ」
「……それが、あなた方側のメリットってわけね」
そういうことさ、とルーチェは応える。
「次に、それをあたしたちの下でやろうとする理由は何かしら。普通に考えたらリスクしかないと思うのだけど」
「それも単純さ。アタシは、お前サンがたの実力が見てみたい。気を悪くしねェで欲しいンだが、実力を疑ってるわけじゃねェんだ。純粋にアタシの興味の問題さ」
「そうね。あたしやカノンが弱かったら、そもそも協力要請なんでする必要ないものね」
「……こっちが言いにくいことを言ってくれてありがとうよ」
そして最後に、とリズは付け加えて言った。
「このことを、そっちのギルドは承知しているの?」
リズの問いに、ルーチェはすぐに答えなかった。
こちらの意図を窺うように、不敵に笑うだけだった。
「あたしたちは、あなたたちの安全を保証できない。戦いの中でケガをする可能性だってあるし、最悪命を落とすことだってある。そのことを、あなたのギルドはわかっているのかしら?」
「……そこについても心配いらねェ」
重々しく、ルーチェは口を開いた。
「ギルドには、最悪アタシたちが生きて帰れない可能性があることも伝えてある。こっちのことで、あんたやおたくらのギルドに迷惑はかけねェさ」
「……あなたの大事な頭領を危険に晒すことになるのだけど、それはいいの?」
「ハハッ。心配感謝するぜ。でも大丈夫さ」
そして、ルーチェはさも当然のことのように言った。
「もし戦いの中でルイズが倒れるようなことがあったら、そン時はそれまでだったってことさ」
ルーチェの非情な宣言にも、ルイズは特に反応しなかった。
まるで、ルーチェがそのように言うことを最初から知っていたかのように。
「……わかった。報酬はこっちの規定で払う。それでいいわね?」
「構わねェが、それってつまり――」
「ええ、そういうことよ」
リズは一瞬だけ私に目を向けた後で、宣言した。
「あたしは、あなたたちを雇うわ」




