平和な海賊団
平和な海賊団という名前の由来には様々な噂がある。パーティーの母体が海賊だからとも、初代のリーダーが元海賊だったとも言われている。
確実に言えることは、彼らが海洋国家フータンを拠点にする、海のトラブルに対する専門家だということ。
そして世界でも数少ない、Sランクを冠するパーティーであるということだった。
「あそこはボクの管轄じゃないからあまり詳しくはないんだけど、それでも音に聞く程度には有名で有力ってことさ」
昨日に引き続いてギルドマスターの部屋に集合した私とリズが彼らについて尋ねると、ノアはそう説明してくれた。
「それにしても、リズペット。キミまで来るのは意外だったよ」
「あら、そうかしら?」
「手紙はそっちのカノンに向けて送ったはずだけど?」
「カノンは今日オフだったのよ。途中でたまたま会ったから連れてきたけど」
「するとキミは、人の手紙を勝手に開けて読んだってことか……」
ノアは何やら微妙な顔をしていたが、リズは「何が悪いのかしら?」と言いたげに首を捻っている。
私も同じように首を捻った。
「ところで、その海賊団とやらがどうしたのかしら? 昨日の今日であなたも忙しいだろうから、手短にね」
「……まあいいさ。どうせキミたちはそういう関係なんだろうからね」
ノアは諦めたように言った後で、閑話休題とばかりにごほんと一度咳払いをした。
「端的に言うと、今回の話は協力要請さ。彼ら平和な海賊団からうちのギルドに対して、要員の派遣要請があった。それも名指しでね」
「派遣要請、ですか……」
私はその言葉を聞いて少し考え込む。確かにリズであれば他の管轄のギルドにまで名前が響いていてもおかしくはない。
問題はその要請が「教団」の、私の目的と合っているか、である。
ただでさえ、直近は吸血鬼退治などのイレギュラーな対応が続いているせいで、元々こなすはずだった依頼が溜まっているのだ。
聖女への説明は可能だが、少々面倒なのは否めない。
「派遣要請自体はそんなに珍しいことじゃないさ。特定の人物が名指しされていることも含めてね。一応ボクたちギルドは管轄こそ違えど、協力関係にある一つの組織だからね」
「それはよろしいのですが」
私は、先程から抱いていた疑問をぶつけた。
「何故、手紙の送り先が私だったのでしょうか?」
もしかしなくても、私たちの代表者はリズである。名実ともに、それは揺るぎない話だ。
まして、リズの名前と力を借りるというのであれば、尚更彼女に話を通さない理由がない。
私の言葉を受けて、ノアは少し呆れたように溜息をついた後で、頭をかいた。
「……リズペット。キミは勝手に手紙を読んだ挙句、それをカノンに渡してもいないのかい?」
「ええ。どうせあなたから話を聞くから、帰ってからで良いかなと思って」
「一体どこに、予定が終わった後でその予定についての手紙が役に立つ世界があるんだよ、まったく」
「何よ、人のことを常識がないみたいに言って。失礼ね」
「そう言ってるんだけど……まあいいさ」
気を取り直すように言って、ノアは私に向き直る。
「カノン。まずはキミの認識違いを正しておこう。指名があったのはキミに対してだよ」
「……私に、ですか?」
言っていることが信じられず、思わず聞き返す。
「ああそうだ。先方はリズペットではなくカノン、キミを名指しで協力要請を出している」
そんな疑問を打ち消すように、ノアは非常に明確な言葉でその事実を告げた。
「それが、わからないのよね」
私が反応する前に、リズが口を挟んだ。
「カノンはつい昨日冒険者登録をしたばかりでしょう? それなのに、どうしてそんな遠くのギルドにまで名前が知れ渡っているの?」
「そこに関してはボクも同意見だよ。カノン、何か心当たりはないかい?」
「そう言われましても……」
確かに、私は「教団」の任務に関わる都合上、リズとは異なる人間関係を持っている。
しかし、その中に遠く離れた地の冒険者パーティーと繋がるようなものはなかった。
唯一、思い当たる部分があるとすれば——。
「……ルーチェ・ダイン」
私は、頭に浮かんだ名前を呟いた。
「あら?」
私の言葉に反応したのはリズだった。
「カノンがその名前を知っているのは意外ね」
「リズペットも、平和な海賊団は知らないのに彼女のことは知っているんだね」
「あたし、パーティーってものにあんまり興味ないのよね」
ルーチェのことはマリーからも教えてもらっていたが、やはり有名な人物らしい。
「ところで、ルーチェ・ダインがどうかしたの?」
「どうも私は、そのルーチェという人に一方的に知られているみたいで……」
私はまさに今日彼女と会ったことや、彼女との関係性については伏せつつ、少し曖昧に答えた。
「——なるほど。一方的に、ね」
ノアは少々含みのある言い方をした。
ノアであれば、ルーチェ・ダインが「教団」のナンバー七であることを知っていても何らおかしくはない。
問題は、彼女が何をどこまで知っているか、ということだった。
「そうなのね。あたしはてっきり——」
この中で、ただ一人関係者ではないリズは何でもないことのように言った。
「——カノンが吸血鬼を退治した話が、もう伝わったのかと思ったわ」
私は一瞬、彼女が何を言ったのかわからなかった。
何かの言い間違いだと、そう思った。
「いや、いくら何でも早過ぎるよ。ギルド支部同士で定期的に情報交換しているとはいえ、伝わるのは早くても一ヶ月とかそういう単位さ」
「それは通常ルートの話でしょう。先方が最初からカノンに目を付けていたとしたら、その限りではないわ」
「それはそうだけどさ……」
「あ、あの」
何事もなかったかのように話を進める二人に対して、思わず口を挟んだ。
「どうして、私が吸血鬼を退治したことになっているのでしょうか……?」
「……リズペット?」
私の言葉を受けて、ノアが横目でにらんだ。
「何よ。今度は無実よ」
リズは不満げに、口を尖らせた。
「あたしはありのまま報告しただけよ。あたしとカノンは吸血鬼と戦った。少し苦戦はしたけど、最後はカノンが倒した。何も間違ってないわ」
「いや、奴に最後の一撃を与えたのはリズ様ですよね?」
「そうだけど、火をつけてどどめを刺したのはカノンでしょう?」
「それは、そうですが……」
「でしょう? それなら退治したのはカノンよ。あたしは嘘は言ってない」
リズは腕を組みながら、ふんとそっぽを向いた。子供っぽくて愛らしい仕草だったが、今はそういう話ではなかった。
どこの世界に、主人の功績を奪う従者がいるんだ。
「まあ、キミたちの話はキミたちで解決してもらうとして、話を戻すよ」
仕切り直すように、ノアは言った。
「今回の話を聞くかどうかは、カノン、キミが決めるんだ」
「私が……?」
「経緯はどうであれ、先方がキミを名指ししていることは事実だからね。それに、昨日までならともかく、今のキミも一人の冒険者だ。どの依頼を受けるかはキミが決めるべきだ」
「ふーん。それは聞き捨てならないわね」
ノアの言葉に、またしてもリズが口を挟む。
「カノンはあたしのカノンよ。そんな一方的にカノンに責任を投げるのは見過ごせないわ」
「……やれやれ。ボクは冒険者として一般的な心構えを言っているだけだよ」
ノアはわざとらしく肩をすくめて、少々うんざりしたように言う。こうなるのがわかっていたからリズではなくカノンに手紙を出したんだよ、と言わんばかりだった。
「それに、独占欲が強い女は嫌われるよ?」
「勘違いしないで。あたしはカノンの意思を尊重するわ。ただそれとは別に、あたしも自分の意思で動くってことよ」
そう言って、リズは私の方を見た。力強い、まっすぐな目だった。
「カノンがやるなら、あたしもやる。ただそれだけよ」
その瞬間、ドアがコンコンと控えめに叩かれた。




