マリーといっしょ③
そこはレストランや酒場、屋台などが立ち並ぶ通りだった。
各店舗がそれぞれのやり方で、様々な料理を提供している。麦酒が飲める店、持ち帰りもできる串焼きの店など、多様な店があった。
通りの周辺は肉や魚を焼く香ばしい匂いが広がっていた。
マリーに案内されたのはその内にある店舗の一つで、テーブルが五つ、十人分の席しかないこじんまりとした場所だった。
「ここのシチューがおいしいんですよ」
店に入るなり、マリーはそう説明してくれた。マリーは顔馴染みらしく、カウンターで注文をする間、何やら店長と楽しそうに話をしている。
その様子を遠目で見ていると、「もうっ! 違いますよ!」というマリーの叫び声が聞こえた。一体何が違ったのだろうか。
「ここはわたしに奢らせて下さい!」
注文を終えたマリーが私のいる席に戻ったところで、開口一番でそう言った。
「いえ、せっかくの申し出ですが……」
「大丈夫ですっ!」
さすがに申し訳ない。そう言って固辞しようとする私をマリーは強引に押し込めた。
「元々、今日はカノンさまへのお礼なんです! ちょっとした蓄えもありますし、ここまお任せ下さい!」
「しかし……」
お礼だというのなら、むしろ私の方が先程ギルドを案内してもらったお礼を払わないといけない。
そのことを盾に引いてもらおうと考えたところで、マリーは急に顔を近付ける。必然的に、マリーの顔が目の前に迫る形となる。
「それに……あんまり大きな声で言えないですけど、ここ、そんなに高くないんです。だからちょっとだけ、わたしに見栄を張らせて下さい」
マリーは私の目の前で、ささやくように言った。
そこまで言われてしまっては、私もこれ以上強くは言えなかった。
「それでは……ご馳走になります」
「はいっ、お粗末様ですっ」
マリーは引き続き小声で、用法が微妙に間違っていることを言った。
その後料理が運ばれてくるまで、マリーはこの店の思い出を語ってくれた。ここグレゴールに来た際には必ず立ち寄っていること。まだ駆け出しだった頃にもう引退してしまった先輩にこのお店を教えてもらったこと。そして、当時から味が全く変わっていないこと。
私たちのように一つの街に定住せず、各地を転々とする職業の人間にとって、調理された料理というのは、それだけでまさに「非日常」である。
そんな「非日常」を、マリーはとても大事にしているようだった。
話を聞いている内に、料理が運ばれてきた。拳より少し大きめのパンに、茶色がかかったシチューが湯気を立てていた。シチューはいずれも具が大きく、牛肉、イモ、キャベツ、ニンジンがごろごろと入っていた。
マリーは一人で「いただきま~す」と宣言した後、おもむろにシチューをスプーンですくい、口に運んだ。途端、マリーの顔が幸せに崩れた。
その後で私の存在を思い出したマリーは「あっ」という表情をした後で、軽く咳ばらいをした。
「どうぞどうぞ! 冷めないうちに!」
マリーに促されて、私も手を合わせて茶色のシチューを口に運んだ。口の中に肉と野菜が溶け込んだ、温かい味がする。
「……どう、ですか?」
私の動作を、マリーがつぶさに観察していた。見られているととても食べにくかった。
「はい。おいしい、ですよ」
私が感想を伝えると、マリーは「良かったぁ~」と言って破顔した。それで安心したのか、自身も再び手と口を動かし始めた。
元気良く食事をするマリーを見ながら、私は先程言われた言葉を思い出す。
——アンタが何か隠れてやりたいことがあるンなら、アタシは協力してやってもいい。
——たとえ、それが『教団』の意向に反するものだったとしてもな。
彼女——ルーチェ・ダインがまだどのような人物かわからない。言葉の上では好意的だったが、それを無条件で信じるのは難しい。
好意的な人物ではなかった場合、私の秘密を敵に握られている可能性がある、ということだ。
そもそも、ルーチェは私のことをどこで知ったのだろうか。Sランク冒険者リズペットの付き人としてではなく、元ナンバー二としての私のことを。役割上「教団」の調査を担っているノアならともかく、そうでないメンバーが他のナンバーズの情報を得るのは、それこそ聖女がわざわざ教えたりしないと知る術はない。そして、聖女がそんなことをする理由が思い付かない。
私のことが「教団」に知られている。そういう状況でもない限りは。
「——カノンさま」
マリーは手を止めて、私の方を見た。
「どうかしましたか?」
「カノンさま、少しお顔が怖いです」
言われて、はっとなった。少々考えに没頭し過ぎてしまったようだ。
「やはり、さきほどルーチェさんに何か言われたのでしょうか」
「すみません。ご心配をおかけしました」
私は謝罪し、軽く微笑んで見せる。
「でも大丈夫ですよ。あなたが気に病むようなことは言われていません」
「それなら良いのですが……」
マリーは釈然としない表情で、少し考え込むように目線を落とした。余計な心配をさせてしまったと、内心反省する。
マリーに心配させてしまうようでは、私もまだまだだなと思った。
「それよりマリー、」
「あっ、あのっ!」
話題を変えようと思ったところで、唐突にマリーが口を挟んだ。
「……わたしは、リズペットさまほどは頼りにならないかもしれませんが」
マリーは意を決したように、若干声を震わせながら、言葉を続けた。
「それでも、わたしにできることがあれば言って下さいね。わたし、何でもしますから」
薄く微笑みながら、マリーは私の顔を見た。意思がこもった、まっすぐな目だった。
知り合いとはいえ、無関係の他人に対してそこまで言えるのは、マリーの強さと優しさだと思う。
「ありがとう、マリー。では一つだけ」
そう前置いて、私は話し始めた。
「仮に、たとえばの話です。あなたに人には言えない、言いたくない秘密があるとします。一方で、あなたには大好きな人がいます。たとえばそうですね、クラウス殿で良いでしょう」
私の言葉に何度も頷きながら、マリーは真剣に耳を傾けている。時折、テーブルの上で組んだ手に力が入っていた。
「その大好きな人に、あなたはその秘密を打ち明けますか?」
「……それは何かの心理テスト、でしょうか?」
「まあ、そのようなものです。正解はないので、気軽に答えてもらって大丈夫ですよ」
気軽に、という部分を強調したつもりだったが、マリーは真剣な顔で考えに沈んだ。私たちの周りは静寂に包まれ、店内の喧騒だけが耳に入ってきていた。
しばらくして、マリーは口を開いた。
「わたしだったら、きっと言わない、と思います」
「なるほど。その理由は?」
「だって、そこまで悩む秘密だったら、それを言ってしまったら、おそらく何かが変わってしまう、そんな気がするんです」
それは、とても怖い。
「けど、一方でこうも思うんです。私の大好きな人は、そんなことではわたしのことを嫌いになったりしないって」
それは確信というより、信用なのだと思った。
クラウスという人物は、彼女にとって余程信用できるのだろう。
「わたしは秘密を打ち明けない。けれど、その時が来たら、わたしは思いを打ち明けると思います」
そう言い切った後で、マリーは薄く微笑んだ。
「なので、カノンさまも、その人のことを信じてあげて下さいね」
「私ではなく、マリーの話という仮定なんですが……」
「あはは、そうでしたね……」
マリーは苦笑しながら、どこか安堵したような表情を浮かべる。
私も、マリーが真剣に答えてくれたのは素直にありがたかった。
ただ、その後に続いた言葉は予想外だった。
「でしたら、わたしからも一つ。仮定の話なんですけど」




