ルーチェ・ダイン
私に声を掛けてきたのは見覚えのない、背の高い女だった。燃えるような真っ赤な髪は肩のところで切り揃えられ、漆黒の鎧に身を包んだその姿は、リズとは対照的に見えた。背中には得物と思われる漆黒の長槍が鈍く光っていた。
私は背中の服の下に隠したナイフの感触を確かめた。
「そンなに警戒しなくてもいいじゃねェか」
女は不敵に、にやりと笑った。
「ちょっとゴアイサツしただけなのによ」
「……ご挨拶というのなら、もう少し礼儀というものがあるでしょう?」
「ハハッ、違いねェや」
そンじゃ改めて、と言ってこちらに向き直る。
「アタシはルーチェ。ルーチェ・ダインだ。よろしくサン、吸血鬼殺し」
「よろしく、という前に訂正を求めます」
私は警戒を強めたまま、言葉を続ける。
「私は吸血鬼殺しではありませんよ。殺したのは私の主人です」
「へぇ、ずいぶんと謙虚なンだな、アンタ」
感心したように、女——ルーチェは言った。
「アンタのことは知ってるよ。リズペット・ガーランドの仲間であり、従者であり、付き人。そうだろ? カノン・アルカナ先輩?」
「よく、ご存知で」
「アンタは自覚ないかもしれねェが、あのリズペットが仲間を作ったってのは結構有名な話なンだぜ? 必然的に、アタシたち同業者はどンな奴か気になる。この辺で冒険者やってて、アンタのことを知らない奴はいないんじゃねェかな?」
確かに、リズがその気難しい性格故にパーティーを組んでいなかったのは、私もよく知っていた。気難しいというよりは、気まぐれな性格のせいかもしれない。彼女は決して非社交的というわけではないが、自由奔放が故に団体行動に向いておらず、様々な意味で人を選ぶという性質を持っていた。
それでも、目の前の女——ルーチェの言う「知らない奴はいない」はだいぶ誇張していると思うが。
「それより、さっきの『先輩』というのはどういう意味でしょうか?」
私は先程の言葉で、気になった箇所について質問をした。
「あなたならご存知かもしれませんが、私は昨日冒険者として登録したばかりで、リズ様の従者を始めたのもここ数ヶ月の話です。あなたの略歴は存じ上げませんが、相当な手練れとお見受けします。少なくともあなたの方が『後輩』というのは考えにくいのですが」
「いや、『先輩』で合ってるよ。アタシはアンタの背中を見て今の立場にいるんだから」
それはどういう意味なのか。
質問を重ねる前に、ルーチェは自ら答えを明かした。
「そうだろう? ナンバー二」
「……なるほど。あなたもそうでしたか」
呼ばれた名前を聞いて、私は相手の素性に察しを付けた。
私をその名前で呼ぶのは、「教団」の関係者しかいない。
「アタシはナンバー七さ。お会いできて光栄だぜ」
「それで、そのナンバーズが私に何か用ですか?」
「さっきも言ったろ? ゴアイサツだって。その前に——」
ルーチェは苦笑しながら言った。
「いい加減その戦闘態勢を解除してくンねェかな? 話しにくくってしょうがねェわ」
「あなたこそ、さっきから肩に力が入ってますよ」
「おっとすまねェな。少なくともアンタと事を構えるつもりはねェよ」
ルーチェはわざとらしく肩をすくめながら、両手をひらひらと振った。
「アタシはアンタのことをずっと追ってたんだ。憧れの相手に会えたんだから、ちょっとぐらい緊張するのは許してくれや」
——緊張。
目の前の人物に似合いそうな言葉はどちらかというと「豪胆」あたりだったが、少なくとも敵意や害意がないのは本当のようだった。
彼女の言い分をどこまで真に受けて良いかは未だ疑問の余地が残るが。
私は少しだけ肩の力を抜いて、目の前のルーチェに向き直った。
「私に憧れているところ申し訳ないですが、私はもうナンバー二ではありませんよ。今の私はナンバー十三です」
「十三?」
オウム返しのようにその数字を呟いた後、ルーチェは思い出したように言った。
「……ああ、そういえばアンタ、一度失敗したんだっけか」
瞬間、身体が強張るのを感じた。思わず拳を握る力が強くなる。
この女は、どこまで知っている?
場合によっては、この女を始末しないといけないのかもしれない。
「おっと、気を悪くしたンならすまねェな」
私の反応を見たのか、ルーチェはやや焦ったように言った。
「さっきも言ったが、アンタはアタシの憧れなんだ。ナンバー二でも十三でも関係ねェ」
「憧れと言う割に、私のことをあまり知らないようですが?」
「ハハッ、こいつは手厳しいや」
私の指摘に、ルーチェは苦笑する。
どこまでが本音でどこまでが建前なのか。なかなかに掴みどころのない人物だった。
「アンタのことは『聖女』からここのナンバー五に教えてもらえって言われてたンだが、ちょうどアンタの姿を見かけたンでな、一人になるのを待ってたってわけさ。どうせ聞くなら本人から聞いた方がいいってね」
「それで、私のことはわかりましたか?」
「ああ。やっぱり噂ってのは当てになンねェな。聞いていたよりずっといい女だぜ、アンタ」
「お褒めに預かり恐縮ですよ」
「皮肉じゃないんだがなぁ……まあいいさ」
そう言いながら、ルーチェは懐から私が持っているものと同じ型の懐中時計を取り出した。そしてわざとらしく「おっといけねェ。話し過ぎたぜ」と呟いた。
「そンじゃ、アタシはこの辺でお暇させてもらうわ」
「結局、あなたは何しに来たんですか……」
「最初に言ったろ? ゴアイサツだって」
ルーチェはそう言ってにやりと笑う。
とんだ挨拶もあったものだと思った。
「ま、次はお互いのご主人サマがいる時にでも会おうや。もっとも、アタシの主人はアンタのとこと比べたらちょいとばかし頼りないンだけどさ」
そンじゃあな、と言ってルーチェは手を振って私に背を向ける。そして一歩目を踏み出そうとしたところで、「そういえば」とまるで思い付いたかのように言った。
「アンタは、一体何をしようとしている?」
私は、咄嗟にその言葉の真意が読み取れなかった。よって、形通りの返答をした。
「……私たちの『役目』については、あなたであれば説明不要だと思いますが」
「アンタとナンバー五は『教団』に反抗的だって、上の方では有名なンだぜ? だから、アンタのことを探って来いって言われてる」
「それを、私に言ったら意味ないと思いますよ」
「言ったろ? アンタは憧れの相手なんだ」
ルーチェは私の方を振り返りながら、にやりと笑った。
「だから、アンタが何か隠れてやりたいことがあるンなら、アタシは協力してやってもいい。たとえ、それが『教団』の意向に反するものだったとしてもな」
「お気持ちだけ受け取っておきますよ」
私は即答した。この女がどこまで知っていて、どこまで本当のことを言っているのか。それは今後探っていけばいい。
少なくとも、今言えることはそこまでだった。
「あと、そういうことは冗談でも言わない方が良いですよ。私はともかく、他のナンバーズには狂信的な者もいますので」
「ハハッ、忠告どうも」
そう言って、ルーチェは今度こそ手を振りながら歩いて行った。
私はしばらく、その背中を見送った。
「カノンさま……」
声を掛けられて、ふと我に返った。
「ああ、マリー。戻っていたんですね」
「はい、少し前から。何やらお話し中でしたので、遠くから様子を窺ってました」
私は内心舌打ちをした。「教団」の話を衆目の下でするとは、迂闊にも程がある。
「ご、ご安心下さい! お話しの内容は聞こえてませんので!」
私の表情を読み取ったのか、マリーは慌てて弁明する。表裏の無い彼女の性格であれば、それは本当なのだろう。
少なくとも、今はそう考えるしかなかった。
「ところで今の方は、もしかしてルーチェさんですか?」
「ご存知なのですか?」
「はい。冒険者の間では有名な方です」
そう言って、マリーは彼女——ルーチェについて教えてくれた。
「ルーチェ・ダイン。Sランクパーティー『平和な海賊団』の一番槍として、主翼を担っている人物です」




