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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第四章
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マリーといっしょ②

 マリーに手を引かれながら、私は冒険者ギルドの建物に足を踏み入れた。

「さあ。参りましょう」

 そう言って、マリーはさらに私の手を引く。普段の服装とは違うのも相まってか、その手にこもる力には頼もしさがあった。

 ギルド入口を通過し、床に敷かれたカーペットに沿ってまっすぐ進むと、正面には広い空間があり、吹き抜けの天井から差す光が開放感を演出していた。

「まずは、こちらがロビーです。ここで今出ている依頼を確認したり、他の冒険者と交流したりするんですよ」

 マリーの説明を聞きながら辺りを見回すと、大きな掲示板に何枚も紙が貼られており、その前で数人の、おそらく冒険者が何やら会話をしている。

「普通はここで依頼の紙を持って奥の受付で受注をするんですけど、おそらくリズペットさまのような高ランクの方はここに掲示されている一般依頼ではなく、個別に何か特別な依頼が案内されているんじゃないかと思います」

「普段の依頼と特別な依頼で、何か違いはあるのでしょうか」

「わたしたちも数えるほどしか話が来たことがないですけど、大抵は重要度が高いものが多いですね。たとえば偉い人からの依頼で急ぎだったり、難易度が高くてその分報酬が良かったり」

 私は「そうなんですね」と頷いて、少し考える。「教団」の意向で何かリズに対応して欲しい事案があれば直接提示できるということだ。それでも内容に不満があれば彼女は受けないだろうが、数多ある依頼の中から「教団」に都合の良いものを選んでくれるか、あるいはそういった要望の声がリズの耳入るように仕向けてその気にさせるといった策を弄するよりはよっぽど使いやすい手法だと言える。今度ノアと会った時に相談してみるのも良いかもしれない。

 マリーの説明を聞きながら、ふとこちらを窺う視線に気が付いた。それとなく視線の出どころを探すと、掲示板の前にいる二人組の男が何やら話ながらこちらを見ていた。距離があって話の内容はよく聞こえないが、ぽつりぽつりと「あの女は誰だ」「ここらで見ない顔だな」というような話をしているようだった。

 確かに、マリーは経験豊富なCランク冒険者としてよく知られた顔なのだろうが、私の方はほとんどここに来る機会がなかった。なので、そのように思われるのも当然だろう。

 私は特に気にすることなく、マリーの案内に従って次の場所に向かう。

 続けて案内されたのは、ロビーを通り抜けた先にある受付だった。

 ここではカウンターが二つ並んでおり、それぞれに受付の女性が待機していた。

「ここでは掲示された依頼を受注したり、報酬を受け取ったりするほか、諸々の手続きができます。冒険者登録も本来ここで行うんですよ。カノンさまは違いましたけどね」

 マリーの説明を聞きながら、ふと一人の冒険者らしき人物が受付に案内されて、カウンター奥の部屋に向かうのが見えた。

「あれは、報酬の受け取りですね」

 私の視線の向き先を読み取ったマリーから補足が入る。

「お金の受け渡しはあまり人目に付かない、奥の個室で行われることになってます。お金があることがわかると少々やんちゃしちゃう人もいるので……」

 遠回しに言ったマリーの言葉に、頷いて同意した。目の前でお金を受け取ることは、自分はお金がありますと周囲に吹いて回るのに近しい行為である。どこにでも、非合法な手段に訴える人間はいるのだ。

「カノンさまはもう個人で依頼を受けることも可能ですけど、依頼の受注には制約があることにはご注意下さい。制約というか、条件ですね」

 当然ながら、依頼は誰でも受けられるものではない。未熟な冒険者が難度の高い依頼に当たるのを避けるため、依頼失敗によりギルドの名誉が損なわれるのを防ぐため、依頼には推奨ランクや前提人数といった受注条件が定められている。

 たとえば先日地を這う獣(クローリングビースト)が受注した盗賊退治は、ランクの条件の他、十名以上のパーティーでのみ受注可能とされていた。

 人数が足りない時は、複数のパーティー共同で受注することも可能、ということだった。

 盗賊退治の前提人数が多めなのは、人数が少ないと悪人を取り逃す可能性があるからなのだろう。

 同じ盗賊退治でも、たとえば「リーダーの捕縛」になると、数人のパーティーや個人でも受注可能となる。

「まあ、制約はあくまで目安なので、リズペットさまやカノンさまであれば大抵の条件はクリアできると思います。最終的にはギルドマスターの裁定で決まりますので」

 やはりギルドマスター、すなわちノアの権限はかなり大きいらしい。

 彼女と接触できたのはまったくの偶然だったが、一つの支部とはいえギルドの中枢を「教団」が掌握しているのは、私にとっては嬉しい誤算だった。

「えっと、案内は省略しますけど、一応執務室も紹介しておきますね。カノンさまには『ギルドマスターの部屋がある場所』と言った方がわかりやすいかもですけど」

 そう言って、マリーは受付を背にして左側の通路の先を指差した。

「執務室ではギルドの裏方業務を行っている場所、と聞きます。わたしもギルドマスターの部屋しか行ったことありませんが」

 私はたまたま直近でよく行っていただけで、一般の冒険者が頻繁に立ち入る場所ではないのだろう。

「さあ、次が最後の場所ですよ」

 口頭のみの説明を終えると、マリーは私の手を引いた。手を引かれるままロビーの脇に設置されている階段を上ると、その先には簡素ながらテーブルや椅子が設置されており、さながら打ち合わせスペースのような場所になっていた。

「ここがラウンジです。冒険者同士の交流のために開放されていて、わたしたちは自由に使えます。ただ使った後の後片付けだけはちゃんとして下さいね」

 見渡すと、既に何名かの冒険者パーティーらしき人々が着席しており、何やら話し合いをしているのが見えた。中には簡単な食事を摂っている者も見受けられた。

「とりあえず簡単ですけど、一通りの施設は紹介し終わりましたかね」

 マリーは顎に手を当てて少し考えた後、呟くように言った。

「非常に参考になりました。ありがとうございます」

「えへへ、お役に立てて光栄ですっ」

 そう言って、マリーは照れくさそうに笑った。

「では、カノンさまはここで待っててもらえますか? わたしはちょっと用事を済ませてきますので」

「用事、ですか?」

「はい。えっと、その、個人的な用事です……」

 マリーは何故か言いにくそうにしながら、身体をくねらせた。私はそれを見て状況を察した。

「ああ、トイレですか」

「も、もうっ! カノンさまったらっ!」

 私が指摘すると、マリーは顔を真っ赤にして抗議してきた。

 人間の生理現象なのだから、別に恥ずかしがる必要はないと思うのだが。

「とっ、とにかくっ! わたしはちょっと外すので、カノンさまはここで待ってて下さいっ! 施設を見て回ってても構わないですっ!」

 マリーはまくしたてるように言うことを言った後で、私の手を放してこの場を後にした。久し振りに開放された左手には温かさが残っていた。

 急に一人になったが、特に気になったことや見たい施設などはなく、手持ち無沙汰になってしまった。

 せっかくなので今出ている依頼でも見に行こうかと足を踏み出した、その直後だった。


「——よォ。吸血鬼殺し(ヴァンパイアハンター)


 背後から、急に声が掛けられた。

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