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マリーといっしょ①

 冒険者になった翌日、私は再び冒険者ギルドに向かっていた。

 だが、今日用事があるのはギルドではなく、その建物の方だった。冒険者ギルドは街の中心にあって建物として目立つのと、付近には大きな時計台が設置されていることから、未だ多くの人にとって高級品である時計を持っていない人々にとって都合の良い待ち合わせ場所として、しばしば利用されるスポットだった。

 今回の待ち合わせの相手はマリーだった。中堅パーティー・地を這う獣(クローリングビースト)に所属する斥候で、いつも明るく、朗らかさが特徴的な女性だった。パーティーには一時的に私も所属していたことがあり、先日も吸血鬼を討伐する際に共闘するなど、彼女たちとは何かと縁があった。

 今回はその討伐の際、彼女たちのリーダーであるクラウスの救出に協力したことに対する「お礼」ということで、一緒に食事に行く約束をしていた。正直、そこまで律儀に「お礼」をされるようなことだとは思っていないのだが、それでマリーの気が済むなら、ということで了承した経緯がある。クラウスは彼女にとって大事なリーダーというだけでなく、大切な婚約者でもあった。

 私は首に掛けた懐中時計を開き、中の時間を確認する。現在は午前十一時を示していた。待ち合わせは十二時を指定していたので、時間にはだいぶ余裕がある。これは時間の見積を誤ったわけではなく、早く到着してギルドの建物内を見学する予定だった。本当は前日、ノアや秘書のクレアと会っている時に案内してもらえれば良かったのだが、私が冒険者登録を終えた後にどうしても外せない用事があるということで、翌日再訪することになっていた。ちょうどマリーとの待ち合わせを冒険者ギルド前にしていたのは幸運だったと言える。

「あっ、カノンさまっ!」

 ふと、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。件の、約束をしていたマリーの声だった。

 待ち合わせの時間よりはだいぶ早いと思いながら顔を上げると、視線の先で一人の女性が手を振っているのが見えた。

 最初、そこに現れた女性がマリーだとは思えなかった。

 これまで見ていた彼女は地味な緑色の胴着の上から革製のチュニックを着ており、行動を阻害せず動きやすいパンツスタイルだった。まさに、パーティーの斥候として実用的な姿だと言える。

 しかし、今日現れたマリーは、まさに別人だった。

 全身は明るい緑のガウンで包まれ、その下には重ねられた白いスカートが重なっている。また腰は茶色のコルセットで締め上げられると共に、普段はバンダナに隠れている茶色の髪は三つ編みに結われて後ろに垂らされており、普段と異なる女性的な印象を与えていた。

 翻って、自身の服装に目を遣る。白いウール製の胴着に茶色のスカートというシンプルな服装。戦闘ではないので鎧は着てきていないが、万一の戦闘に備えて服の上から隠せるナイフを持ってきている。

 ひどく不釣り合いな恰好で来てしまったなと、他人事のように思った。

 しかし、今更引き返すわけにはいかない。仮に引き返したところで、私にこれ以上のまともな普段着は無いのだ。普段の戦いでは誰よりも頼りになるリズも今回ばかりは当てにできない。何しろ、彼女は普段着る服に関しては私以上に無頓着なのである。

「随分、お早いんですね」

 私は率直に、思ったことを伝える。個人的にマリーは時間にしっかりしているイメージがあったので、こんなに早く会えるのは予想外だった。

「いえ、わたしも今来たところでして……」

 マリーは照れくさそうに笑った。どうやらマリーは時計を持っていないのか、うっかり早めに来てしまったのかもしれない。

「そ、それよりこの服、どうですか? 変じゃないでしょうか?」

 そう言って、マリーはくるりと一回転した。長いスカートがふわりと広がった。

「とてもお似合いですよ」

 素直な感想を口にすると、マリーは「そ、そうですか……」と顔を真っ赤にした。

 確かに、普段着慣れていない服を着るのは緊張するものだと思う。

「カ、カノンさまもお似合いですっ。普段のお召し物も素敵ですけど……」

「ありがとうございます」

 マリーの言葉に、内心安堵の息を漏らした。正直、マリーの服装との不釣り合いさを感じていたので、彼女からそう言ってもらえてだいぶ気が楽になった。

「それより、待ち合わせにはだいぶ時間がありますが……もしかして、」

「私は時間まで一度ギルドの施設を見ておこうと思いまして」

「そ、そうですよね……やっぱり……」

 私が答えると、マリーはどこかがっかりしたような表情を浮かべた。「もしかして」の先は何と言おうとしたのだろうか。

「そういうことでしたら!」

 聞き返すより先に、マリーが気を取り直すように言った。

「わたしが中を案内します! どうせ食事にはまだ時間がありますし!」

 それは願ってもない提案だった。

 本当はノアに頼もうかと思っていたのだが、彼女も組織の長としての仕事もあるだろうし、あまりこちらの都合で引っ張りまわすのも気が引ける気持ちはあった。

「ありがとうございます。それでしたらお言葉に甘えさせて下さい」

「承知しました! おまかせください!」

 マリーは元気良く言うと、私に向かって控えめに右手を差し出した。

「……この手は、何でしょうか?」

「その……せっかくなので、手を繋ぎませんか?」

 私は思わず首を捻った。どうして手を繋ぐ必要があるのだろうか。何かと迷子になるノアが相手なら既に何度か見た光景だったが、パーティーの斥候を務めるマリーが方向音痴であるはずがない。それに、私はともかくマリーは冒険者としての長い経験があり、ギルドの建物自体にも慣れているはずだった。そんな建物で迷子になるということが、果たしてあるのだろうか。

「えっと……ほ、ほら! 今日はわたしがエスコート役ですから! 案内されるお姫様の手を取るのは自然、ですからっ!」

 悩む私に対して、何やら苦しい言い訳を始めるマリーだった。

 しかし、そこまで必死になるということは、何やら隠したい秘密があるということである。

 そして、隠したいということは、知られたくないということでもある。

 ここで真実を追求することも、彼女の手を拒否することも可能だが、そうすることに意味はない。

 そもそも、今日はマリーのための日なのだ。

 そのために、私ができることは一つだった。

「ふふっ、ではよろしくお願いしますね」

 そう言って、私はマリーの手を取った。私を楽しませようとしてくれる健気さに、自然と笑みが零れた。

「は、はいっ! よろしくお願いします……」

 マリーは顔を真っ赤にしながら、最後は消え入りそうな声で言った。

 誰だって、慣れないことをするのは緊張するものなのかもしれない。

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