冒険者登録
私の名前はカノン。冒険者リズペット・ガーランド――通称リズの従者として、彼女と旅を続けている。
私が彼女と行動を共にしているのは、所属している「教団」の意向だ。
有力な冒険者に活躍してもらうことで、世の中を人間が暮らしやすくすることを教義にしている「教団」は、私に「役目」を与えた。
その「役目」とは、リズを守り、導き、そして、監視すること。
そんな折、私は冒険者としての立場を得ることができた。これまでは冒険者の「付き人」として影ながら支援する立場だったが、今後は同じ冒険者として彼女と向き合うことになる。
もっとも、冒険者になったところで、やることはこれまでと変わらないのだが。
「さて。クレアも来たところだし、説明を始めようか」
部屋の中央に置かれた大きな机に座り、椅子の背もたれにふんぞり返っている少女が言った。長い髪をまとめるリボンがチャームポイントで、フリル装飾が施された青いドレスの上に白いケープを羽織ったその姿は、裕福な家のかわいらしいお嬢さん、という印象を与える。
誰かに言われなければ、彼女がこの街——城塞都市グレゴールのギルドマスターであることはわからないだろう。
彼女の名前はノア・テイバー。見た目こそ幼く、表情にも少女特有のあどけなさが残っているが、れっきとした年齢不詳の成人女性である。
「とはいえ、カノンは冒険者について十分に詳しいだろうし、ボクの説明は不要かな? とりあえず何かわからないことがあったらリズペットに聞いてくれ」
「ギルドマスター、お仕事をサボらないで下さい」
横着しようとするノアを、横に立つメイド服の女性——クレアが叱りつける。彼女はギルドマスターの秘書として、身の回りの世話から細かい雑務まで、ノアのことを幅広くサポートしている女性だ。
「そうは言っても、今更カノンに説明するようなこと無いんだよなぁ……あ、そうだ」
クレアに怒られたノアは少し考え込んだ後で、思いついたように言った。
「キミには、冒険者の『特権』について話しておこう」
前にも話したことあるかもしれないけどね、と前置きながら、ノアは説明を始めた。
「言うまでもなく、キミは今日から冒険者だ。そんなキミには、ギルド所属としていくつかの恩恵がある。一番大きいのは、他の街に行ってもむやみやたらに逮捕されないってことかな? 冒険者の身柄をギルドが保証することで、立っているだけで怪しまれることはまずなくなる。もちろん法を犯さない限りでの話だけどね」
「ギルドの『保証』はどこまで有効なのでしょうか」
「基本的にはどこでも有効さ。ギルドは全国共通の組織だから、他の街に行っても通じる。ギルドの影響が及ばない山奥の村や、支部が存在しない国とかは対象外だけどね」
ギルドの支部にはそれぞれ「管轄」が定められており、支部が存在しない街や村でも、その支部の管轄内であれば同じ身分の保証が受けられる。
ノアの説明によると、管轄は基本的に同じ地方や国といった単位で決められているが、グレゴールのような独立都市ではもう少し広大な範囲が管轄となっている場合がある、ということだった。
「まあ、グレゴールの管轄が広いのはボクのおかげだけどね」
「ギルドマスター、説明の合間に自慢を挟まないで下さい」
ふふん、と鼻を鳴らすノアに、またしてもクレアの指摘が入る。慣れた反応なので、普段からこういうやり取りをしているのだろう。
「前にも言ったけど、ギルドの保証の無い冒険者は、為政者から見ればその辺のごろつきや野盗と同じだ。だから、さっき渡した冒険者タグは無くさないでくれよ。それがギルドの構成員であると共に、冒険者カノンであることを証明するものだからね」
そう言われて、私は首にかけた銀色の冒険者タグを手に取った。よく見たら、タグの裏側に私の名前が彫られていた。
「ちなみに、タグの素材が冒険者のランクを表している。下のEランクから順番に銅、鉄、銀、金、白金さ。キミのところのリズペットは白金のタグ持ちだが、Aランクの中でも選ばれた存在であるSランクにのタグには専用の刻印が刻まれているんだ。帰ったら見せてもらうといい」
思い返してみて、私はリズの冒険者タグを見たことがないことに気付いた。身分証として肌身離さず所持しておくべき冒険者タグを持ち歩かないのは、タグごときが実力を表すわけではないという矜持と、いちいち持って歩くのが面倒という無頓着故のことなのだろう。
「他にも店によってはランクに応じて割引が受けられたり、良い部屋に優先的に泊まれたりすることもあるけど、この辺は些細なことかな? そうそう、あとは——」
ノアは私の目を見て、薄くにやりと笑いながら言った。
「冒険者になると、ギルドから依頼を受けられるようになる。これの意味するところはわかるかな?」
「私が、リズ様を介さずに個別の依頼を受けられる、ということでしょうか」
「その通り。同じパーティーだったとしても、個人で受ける依頼はパーティーのそれとは別になるし、報酬も別でもらえる。世の中にはパーティーを組みながらもパーティーとしての依頼は受けず、個人個人で好きに依頼をこなすパーティーだってあるぐらいさ。どう活用するかはキミ次第だけど、一応覚えておいてくれ」
非常にノアらしい言い方だな、と思った。
ノアは表向きは一つの支部をまるごと預かるギルドマスターだが、裏の顔は私と同じ、「教団」所属のメンバーである。
私やノアは、「教団」の意向を代行する直属部隊——ナンバーズの一員だった。
私たちは各自の裁量と判断で、各々の「役目」を果たすことを求められている。
ノアは遠回しに、そのための選択肢を提示しているのだった。
「とりあえずはそんなものかな? ——それじゃああとは必要な書類だけ記載してもらって終わりだ。クレア、よろしくね」
承知しました、と言って、クレアは私の前に一枚の紙を差し出した。
「これは冒険者の登録情報を記載する申請用紙です。カノン様は既に冒険者タグが発行されているので、書類は後付けになってます」
書類は簡素なものだった。名前や生年月日といった基本情報に加え、申請理由——すなわち冒険者になるための動機なども記載する欄があった。
受け取った羽ペンでもって書類を記載する私の手元を見て、クレアは「おや?」という声を上げた。
「カノン様、名字は無いんですか?」
私は、書類を書く手を止めた。
ノアの近い立場にいるクレアだったが、彼女はおそらく「教団」の関係者ではない。
もしそうだったら、そんな質問はしてこないからだ。
さてどう答えたものか。言い逃れをするのは簡単だが……。
「——ああ、クレア。彼女はいいんだよ」
私が答えるより先に、ノアが答えた。
「そこの欄はタグに刻む登録名を書いているだけだからね。名前だけでも良いし、何なら本名じゃない人だっている」
「しかし……」
「ごめんね。彼女はちょっと複雑なんだ」
それまで陽気に、朗らかに喋っていたノアの口調が、心なしか冷気を帯びて聞こえた。
表情はそれまでと変わらなかったが、今まで見せたことがない反応だったのだろう。ノアに言われたクレアは一瞬驚いた後、はっとした表情になる。
「ご、ごめんなさい。私ったら不躾なことを聞いてしまって……」
「あ、いえ。特に気にしてませんので……」
クレアの謝罪を受け入れた後は、何事もなかったかのように記載は進んだ。生年月日。出身地。どれも問題無く書ける。ノアもいつもの調子に戻って「カノンが書き終わったらお茶にしようか」などと全然関係ないことを喋っていた。
しかし、記入しながら、とある項目で手が止まる。
——所蔵するパーティーの名前。
そういえば、私はリズのパーティー名を知らなかった。
「そりゃあ、知らなくて当然さ」
私の手が止まった項目を見て、ノアは言った。
「だって、リズペットは名前決めてないからね」
「そんなことができるんですか?」
「できないよ。だから今はリズペットの本名がそのままパーティー名になっている。まあ元々は彼女の一人パーティーだったからそれでも問題なかったんだけど」
「そうなんですか……」
「まあ、とりあえずは空欄でいいよ。所属は後で変えられるしね。それにちょうど良かった」
何がちょうどいいのか。その疑問の回答はすぐに提示された。
「帰ったら相談してみてくれ。この機会に新たなパーティー名を決めたらどうか、ってね」




