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ミッシング・ネーム

 話が終わった後でその場は解散となったが、私は冒険者の登録のためもう少し冒険者ギルドに残ることになった。

「それじゃあ、また後でね」

 登録には少々時間を要するということで、リズは一足先に宿屋に戻った。

「それじゃあ、ぼくたちも失礼します。今回のお礼はまたどこかで」

 クラウスもそう言って、マリーと共に部屋を後にしようとした。

「…………」

 しかし、マリーが何やら真剣な顔で立ち止まっていた。

「……マリー?」

「あ、あのっ!」

 私が声を掛けると、対照的にマリーが大きな声を上げた。

「この度はありがとうございました! おかげで、彼も救い出すことができました!」

「あ、いえ。そんなかしこまらなくて大丈夫ですよ?」

 深々と頭を下げたマリーに対して、私は少々困惑しながら言った。

「ノアも言った通り、今回はあなたの勇気が皆を救ったのですよ。だから、もっと堂々として下さい」

「で、でも、カノンさまがいなかったらわたしもあそこでやられたと思います……ですから、お礼の気持ちは何度でも伝えさせて下さい!」

「まあ、そういうことならありがたく受け取りますが……」

「つ、つきましてはっ!」

 裏返った声で、マリーはさらに大声を上げた。

「おっ、お礼に、今度食事でもどうですかっ!」

「食事、ですか……」

 私は少し考え込んだ。正直、私はリズと私個人の「役目」のために行動したのであって、マリー個人に何か深くお礼をされるようなことをした覚えはない。そのため、マリーにあまり必要以上の「負い目」を持ってもらうのは少々心苦しかった。

 しかし、一方でこれはまたとない機会でもある。

 以前私も所属していた地を這う獣(クローリングビースト)は規模もそこそこ大きく、中堅の実力派パーティーとして各地を転々としている集団だった。既にリーダーのクラウスとの繋がりもあるが、いちメンバーとして、あるいは斥候としてパーティーの「目」を担う彼女との繋がりもあれば、それはそれで今後違った情報を得られるかもしれない。それに、リズはあまり他人との交友を積極的に深めるタイプではない。この機会に同性である彼女と関係を深めてもらうきっかけにするのも悪くはない。

 そうして考えている間も、マリーは何やら不安そうな目で私を見ていた。また、話が長くなると判断したのか、気が付いたらクラウスは先に部屋を出て、入口のところで待っていた。

 マリーも直近のごたごたで疲れているだろうし、あまり長く待たせるのは良くない。私は結論を出した。

「ええ、構いませんよ」

「ほっ、ほんとですか!」

 私が答えると、マリーは華が咲いたように笑った。

「いつ行きますかっ! 今日ですかっ! それともこの後ですかっ!」

「い、いえ。この後はギルドへの登録がありますので、できれば明日以降で……」

「そ、そうですよね……では明日のお昼にでもっ!」

 マリーがやけに積極的なことには理由があった。

 基本的に、冒険者というものは定住をせず、また明日どうなるかわからない立場である。今度会おうと約束した相手が、翌日帰らぬ人となることも珍しくないのだ。

 会いたい人間とは、会えるうちに会っておけ。

 私も冒険者になる以上、そういった冒険者たちの感情は理解しておく必要があった。

「わかりました。ではリズ様には私から話しておきますので、マリーはクラウス殿に話をしておいて下さい」

「あ、いや、その……」

 私が提案すると、マリーは何故か言いにくそうに言った。

「で、できればカノンさまと二人がいいんですけど……」

「私と?」

「も、もちろんリズペットさまにもお礼はします! だけど、まずはカノンさまから、かなって……」

 なるほど。しかしそうなると話は変わってくる。

 参加メンバーとしてクラウスを外すのは理解できる。彼はパーティーの長として多忙の身だろうし、マリーとしても女性同士の方が話しやすい話題もあるだろう。その目的を達成するにあたって私という人選が適切かどうかはさておき。

 しかしリズも外すとなると、話をする目的を考え直さないといけない。

 いや、これはこれで良いタイミングなのかもしれない。

 この後、冒険者登録を済ませるにあたり、そもそも冒険者とは何か、という説明がなされるだろう。この街において最も「冒険者」という職業に詳しいノアはこれ以上ない適任だとは思うが、一方で冒険者の「現場」がどういうものかも聞いておきたい。リズも言わずと知れた冒険者ではあるが、彼女はあまりに特異な例なので今回は不適格と言わざるを得ない。

 それに、リズがいない時に話しやすいことがあるという点では、私も同じだった。

「そういうことでしたら、私は構いませんよ」

「ほんとですかっ!? ありがとうございますっ!」

 その後、私たちは簡単に待ち合わせの予定と時間を話し合った後で、お互いに手を振って別れた。入口で待つクラウスの下に急ぐマリーの足取りは、どこか軽そうだった。

「さて。お待たせして申し訳ありません」

 私はすっかり待たせてしまったノアに向き直った。

「大丈夫さ。ただまあ、一応ボクがいるのも忘れないで欲しいかなって」

「……どういうことでしょうか?」

「何でもないよ。どっちかというとマリーに言いたいことだしね」

 そう言って、ノアはどこか意味ありげな表情を浮かべた。何か面白いものを見たかのような顔だったが、その真意は読み取れない。

 私が誰かと食事をするのが、そんなに珍しそうに見えるのだろうか。

「それにしても、意外だったよ」

「意外?」

「キミが、吸血鬼に名前を聞いたことさ。てっきりキミもリズペットと同じく、化け物に名前は必要ないと思っている側だと思っていたからね」

「ああ、そのことですか……」

 吸血鬼との戦いの中で、私は彼女に名前を尋ねた。

——ミリ。それが彼女の名前だった。

「同じことをリズ様にも言われました。『化け物の名前なんてどうせ忘れるのに、カノンも酔狂ね』とのことで」

「酔狂、とまでは思わないかな。ちょっと物好きだなとは思ったけど」

「そこまで深い意味はありませんよ」

 リズに「酔狂」だと言われた時、私は反論しなかった。名前を知るということは、相手を関心の()()()()に寄せるということである。そんなことをして何になるのかというのは、リズでなくても思いつく疑問だろう。

 吸血鬼という化け物が人の血肉を食らう天敵である以上、あの場で彼女を見逃すという選択肢は存在しなかった。どちらが殺してどちらが倒れるか。そこにあるのは生存競争である。

 故に、私の回答はひどく単純で、感傷的なものとなる。


「どんな化け物でも、名前が知られないのは寂しいですからね」


 私の言葉に対し、ノアは「なるほどね」と言ったきりで、その件に関してはそれ以上聞いてこなかった。同じ()()()()()()()同士として、理解できる部分があったのかもしれない。

 それからまもなく、ギルドマスター秘書のクレアが何枚かの羊皮紙を持って入室した。

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