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吸血鬼ミリ③

 クラウスがその性質に気付いたのは、まったくの偶然だったという話だ。

 クラウスら地を這う獣(クローリングビースト)が吸血鬼ミリと戦った際、パーティーは劣勢となり、クラウスは壁際に追い込まれた。

 吸血鬼が迫る中で、彼は死を覚悟した。体勢を立て直すより先に相手の拳が飛んでくるだろう。万事休す、という言葉が浮かんでいた。

 だがその後、吸血鬼は()()()()()()をしてからクラウスに迫ってきたという話だった。

 後から気付いたことだったが、クラウスの前方数メートル先はに火のついた松明が転がっていた。また、油が地面に染み出して火が強くなっていたとのことだった。

 客観的に、吸血鬼はその松明を迂回して迫ってきたと言える。ともあれ、その動きのロスのおかげでクラウスは体勢を立て直し、窮地を脱することができたのだった。

 クラウスはそのことがずっと気になっていた。

 捕らえられていた牢獄の中で見張りから聞いたところによると、吸血鬼から食糧庫の明かりを暗くするよう言われたとのことだった。

 見張りは「やっぱり日の光に弱いんだから暗い方が好みなんじゃないか」と言っていたが、クラウスは先に目撃した動きからとある仮説を立てた。

――吸血鬼は火に弱い。

――正確には、過度に火を恐れる。

 残念ながらそれを検証する時間もタイミングもなかった、という前提の下で、クラウスはそのことを私に教えてくれた。

 聞いた情報を生かすため、私は松明を常に左手に持ち、リーチの長い両手用の槍ではなく片手で扱えるナイフを用いた。

 その結果、不死身の吸血鬼に致命の一撃を与えることができた。

「くそおおおお!」

 ミリは怒りに任せて叫んだ後、尚も血が流れ続ける左腕を押さえながら大きく後ろに跳んだ。私たちと距離を取って腕が再生する時間を稼ぐつもりのようだった。

 もちろんそのことはリズも理解しているようで、間髪入れずにミリを追いかける。如何に吸血鬼が圧倒的な身体能力を誇っていても、二対一で、且つ広さに限りのある室内で逃げ続けるのは限界がある。リズは直線的に、私は回り込みながら追いかけることで、ミリとの距離は徐々に縮まっていく。

 リズが振るった剣が逃げるミリの背中を斬りつける。ドレスが裂けて、わずかに血が滲んだ。

 ここに来て逃げ切れないと判断したのか、ミリは足を止めてリズに向き直った。左腕は既にくっついていたが、糸の切れた人形のようにゆらゆらと揺れるのみで、文字通り皮一枚で繋がっているだけのようだった。

「あら。鬼ごっこはもう終わりかしら?」

「うるさいうるさい! 殺す殺す!」

 リズの軽口に対して、ミリは殺意で応えた。左腕を押さえる右手が小刻みに震えている。完全に、先程までの余裕はどこかに行ってしまっているようだった。

 リズは側頭部に剣を構えて、前に踏み込んだ。勢いを付けて突き出された剣先が、ミリの左肩を貫く。ぐっ、とうめき声を上げた後、ミリは無事な右腕を振りかぶる。やがて繰り出された爪の一撃をリズは一歩後ろに跳んでかわすと、伸び切った右腕めがけて剣を振るった。剣は手首をわずかに斬りつけ、血が噴き出した。

 ミリは先程から動きに精彩さを欠いており、不用意な動きや大振りな攻撃が目立っていた。火を目にしてから、ミリが冷静さを失っているのは明白だった。

 私は二人と一定の距離を取りながら、踏み込むタイミングを窺っていた。

 決着は、そう遠くない内につくだろう。

 そう思った直後、ミリが動いた。

 剣を構えるリズに向かって駆け出すと、前方数メートルのところで大きく跳び、落下の勢いに任せて右腕を振り下ろす。リズが後ろに跳んでかわすのを見て、ミリはすぐさま体制を整え、跳んだ先を追いかける。その後は二度、三度と殴り掛かるミリの攻勢と、それを跳んで避けるリズの防戦が繰り返された。

「逃げるな! 戦え! 殴らせろ!」

 怒りの声を上げながらも、ミリは攻撃の手を緩めない。リズは言葉には応じず、尚も攻撃をかわし続ける。

 何度目かの攻撃をかわし切った後、リズは足を止めて剣を側頭部に構えた。ミリとの距離が急速に詰まる。射程に入ったところで、ミリは走りながら身体をひねって飛んだ。

 ミリの勢いに乗った拳が迫る。リズは剣を構えたまま、動かなかった。

 既に、私は動いていた。

 私は二人の間に横から割って入ると、今まさに殴り掛からんとしている右腕めがけてナイフを振るった。ミリの視界外からの一撃で、ミリの右腕が切断され、宙に舞う。

「――終わりよ」

 今度は、ミリは叫ぶ暇さえなかった。

 次の瞬間には、リズの剣がミリの身体を貫いていた。



「……死んだ、のでしょうか?」

 壊れた人形のようにその場にくずおれた吸血鬼の姿を見据えながら、私はリズに尋ねた。目は閉じたままで、貫いた身体からは未だに血が流れていた。

「いや、まだ生きているわ」

 リズはうんざりしたように言った。

「奴らは生命活動に支障をきたすほどの外傷を負うと、一時的に『死眠』と呼ばれる休止状態に入る。やがて身体が回復すると、また目覚めるの。それが何週間かかるか、何か月かかるかはわからないけどね」

「では、殺す手段はないのですか?」

「そんなことはないわ。奴らの生命力の源は心臓なの。だから心臓を潰せば殺せるんだけど、どうやらカノンがもっと手っ取り早い方法を見つけてくれたみたいね」

 手っ取り早い方法と言われて、すぐに合点がいった。

 私は吸血鬼の身体に近付くと、ポケットから瓶を取り出した。マリーから預かっていた、松明用の油である。主にヒノキなどの針葉樹から抽出される植物油で、松明で使われる松脂と合わせると強く、且つ長持ちする火を生み出す。また、空気にも溶け込みやすいため、大量に散布すると大きく燃え上がる特徴もある。一方で心地良い香りを発することから香水としても用いられる、というのはマリーの言葉だ。

 中の液体をその身体にかけ、私は手に持っていた松明を近付けた。火は瞬く間に燃え上がり、吸血鬼の身体を包み込んだ。肉が焼ける音と共に、灰が焼けるような、何とも言えない臭いが辺りに広がった。

「カノン、大丈夫だった?」

 リズは私に向き直って言った。先程、吸血鬼に殴られた時のことを言っているのだろう。

「ええ、問題ありません。今回はあらかじめ備えていましたので」

 私が答えると、リズはどこか残念そうな表情を浮かべた。

「そう? つらかったらまたおぶってあげてもいいのよ?」

「……お戯れを」

 私は苦笑いを返した。私も、主の前でそう何度も情けない姿を晒すわけにはいかないのである。

 リズはふふっと笑った後で、「あっ」という声を上げた。

「化け物の死体、あっさり燃やしちゃったけど、そう言えば討伐の証取り忘れたわね」

 討伐の証とは、文字通りその魔物を討伐したことをギルドに対して証明するための品である。

 細かい定義はあまり無いが、基本的には魔物の身体の一部、一般的には耳などの比較的取りやすい部位が選ばれることが多い。

「せっかく苦労したんだから、報酬ももらっておけば良かったわね。その辺にあいつの破片とか落ちてないかしら」

「破片は無いと思いますが……先程、私が斬り落とした腕がどこかに落ちているかと思います」

「ナイスよ、カノン」

 そう言って、私たちは周囲を見回す。運が良いことに、吸血鬼の右腕は燃えさかる火のすぐ近くに落ちていた。

「あったあった。……これ、大丈夫かしら? 残った手から他の身体を再生したりしないわよね?」

「だとしたら恐ろし過ぎますが……」

 絶対にない、と言い切れないところが少々歯がゆいところだが。

 リズは苦笑しながら、拾った右腕を私に向かって放り投げた。私はそれを受け取ると、上着のポケットに差した。少し長さがあるので、ポケットから細い腕が生える形になる。

「それじゃ、帰りましょうか」

 リズは私に向かって微笑みながら言った。


「カノンの活躍、みんなにたくさん自慢してあげないとね」


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