吸血鬼ミリ②
「私、殺す言うか。ニンゲン、面白い」
吸血鬼――ミリは面白そうに笑った。
「化け物にも名前なんてあったのね」
一方のリズは、どこかつまらなそうに言った。
「でも興味ないわね。どうせ殺したら忘れるし」
「奇遇。どうせ、ニンゲンの名前、食べたら、忘れる」
変なところで意見が合う二人に、思わず苦笑した。
一人の人間として、吸血鬼を生かしておけないのは同意だが、その前に聞きたいことがあった。
「吸血鬼ミリ。一つだけ教えて下さい。どうしてあなたは人間と共に行動を?」
「ニンゲン? ああ、あいつらのことか」
ミリは近くに転がっている、黒装束をまとった死体を一瞥して言った。
「私、ニンゲン食うしか、知らない。食べない使い道、聞いた」
「……聞いた?」
「代わりのニンゲン、連れて来させる。ただ食べるより、お得。聞いた」
「誰よ、そんな迷惑なこと教えた奴は」
「試したの、気まぐれ」
私たちの疑問にミリは答えなかった。淡々と、呟くように語るだけだった。
「でもあいつら、役立たず。全然、足りない。途中から、私、自分で取りに行った。騙された」
時折苛立ちすら見せながら、何でもないことのように、当然のことのように、ミリは語る。
「だから、あいつら、食べた」
「――もう、いいでしょ」
リズはうんざりしたように言って、構えた剣の切っ先をミリに向ける。
「話すことは終わりよ。やっぱりこの化け物は、ここで撃滅しないといけない」
「私、別にいい。逃げ帰るなら見逃すこと、考えてもいい」
「……随分嬉しいこと言ってくれるじゃない」
どこか余裕のありそうなミリに対し、リズは怒りを隠さなかった。
もう少し聞きたいこともあったが、この期に及んでこれ以上の対話は不可能だった。
「――カノン」
視線は前に向けたまま、リズが小声で言った。
「わかっていると思うけど、奴にナイフでの接近戦は不利よ。やるなら首を落としなさい」
「承知しました」
私は返事をしながら、ナイフを構えた。
「……残念。やはりニンゲン、愚か」
つまらなそうに、しかしどこか楽しそうにミリは言った。まるで、その方がわかりやすいと言わんばかりだった。
「リズ様、このまま消耗戦を続けるのはこちらが不利です」
「わかってる。けれど――」
「私が隙を作ります。リズ様は、そこを突いて攻撃して下さい」
「……わかった。無茶は駄目よ?」
「今度は、失敗しません」
前回の失敗――ドレイクドラゴンとの戦いのことが思い出される。リズの前で、二度とあのような醜態を晒してはならない。
私はナイフを構えたまま、一歩前に出た。
「まずはお前か。カノン」
ミリは私の名前を呼んだ。相変わらず戦闘の構えは取らず、腰に手を当てて立っていた。
「さあ来い。お前、どんな味するか、試してやる」
そう言って、ミリは口角を上げた。
――それが、合図だった。
私は前方――ミリに向かって駆け出した。一方のミリもそれに応じてこちらに向かってくる。相手との距離はあっという間に詰まる。
先に仕掛けてきたのは、ミリの方だった。
ミリは走りながら身体をひねって飛ぶと、回転する勢いのまま右腕を振り下ろす。隙だらけな大振りの攻撃をジャンプしてかわすと、どごっ、という大きな音と共に地面を大きく抉った。
私はミリの背後に着地すると、無防備な首筋に向かってナイフを振るった。
ざくり、という鈍い音が辺りに響いた。
だが、相手の首を狙った一撃は、左腕を深く傷つけたところで止まっていた。
「惜しかった、な」
ミリが笑ったのと同時に、腹部に強い衝撃が走った。
私は一瞬の浮遊感の後、二度、三度と地面を転がった。全身を強く打ち付けながらも、何とかすぐに立ち上がる。殴られる瞬間、咄嗟に後ろに跳んでいたおかげでダメージは最小限で済んでいた。まだ、動ける。
視線の先では、ミリが腕に食い込んだナイフを抜いて、足元に捨てていた。そして、とどめを刺さんとばかりに私の方へ駆けてくる。
「カノンっ!」
遠くでリズの声が聞こえる。いつぞやと似た状況だった。手元に武器は無い。絶体絶命。そんな言葉が頭をよぎる。
――しかし、まだ手は残されている。
私は右側のポケットから一本の瓶を取り出すと、足元の地面に叩きつけた。瓶はパリン、という音と共に割れ、中から液体が飛び散った。
「……?」
ミリは足を動かしたまま、小さく首をひねった。その反応は、私にとって都合が良かった。
私は足元の液体に向かって、左手に持っていた松明を振り下ろした。
その瞬間、人の背丈ほどの炎が上がった。火は辺りの液体に次々と移って、あっという間に広がる。
「あ、あ、あ、」
立ち上る炎を目の前にしたミリの動きが止まった。呼吸は荒くなり、明らかに動揺している。
「はあああっ!」
リズの叫び声と共に、ミリの首を狙って剣が振るわれる。
ミリは避けきれないと判断したのか、咄嗟に左腕でガードする。
これまでの攻撃ならそれで防げていただろう。リズも私も、攻撃に怯むことがない吸血鬼に対して、反撃を避けるために有効射程の外からの攻撃を行わざるを得なかったからだ。
しかし、今回は違った。
隙を見せたミリに対して、リズは全力で踏み込んだ斬撃を叩き込んだのだ。ドレイクドラゴンの首さえ斬り落とす、強烈な一撃である。吸血鬼の身体がどんなに頑丈であろうと、その細腕で受けてただで済むはずがない。
次の瞬間、左腕が宙を舞った。
「ああああああああっ!!!」
ミリは声にならない声を上げた。だが生き物の本能か、続くリズの剣戟を身体をひねってかわすと、飛んだ左腕を掴んで後ろに跳んだ。
左腕の切断面からは、おびただしいほどの血が流れていた。
「くそが! くそが! くそが!」
ミリは激しく毒づきながら、斬られた左腕を切断箇所に押し当てる。血は尚も激しく噴き出していたが、その勢いは次第に収まっていくのが見て取れた。
「へぇ、驚いた。そんなこともできるのね」
「ニンゲンっ! なぜ、なぜそれ知ってる!?」
ミリは左腕を押さえながら、私に向かって激しい怒りと共に著しい動揺を露にした。
「聞いたんですよ。あなたが気まぐれで見逃した人間の男にね」
私は地面に落ちたナイフを拾い、もう一度構え直した。
「あなたたち吸血鬼は、火に弱い」




