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吸血鬼ミリ①

「実は、いつでも脱出はできる状態だったんですよ」

 クラウスは、簡単に自分の状況を説明し始めた。

「ただ、ぼくでは吸血鬼への対抗手段がなくて、どうしようかと思って様子を見ていました」

「賢明な判断です。詳しい事情は後で聞くとして、とにかく無事で良かったです」

 私は簡単に今の状況を説明した。マリーの奔走により、リズや私が救出に来たこと。既にリズが吸血鬼と交戦状態に入っていること。そして、その過程でマリーが負傷したこと。

「マリー、君には心配をかけましたね」

 話を聞き終えたクラウスは、マリーに労いの言葉を掛けた。一方のマリーは、未だに状況が信じられないようで、ぱくぱくと口だけを動かしていた。

「それに、カノン嬢。あなたにも感謝します。それと、この場にいないリズペット様にも」

「お礼なら、全てが片付いた後に頂くとしましょう」

 クラウスは「同感です」と言って、小さく笑った。

「それであれば、マリーは私にお任せ下さい。カノン嬢は、リズペット様に加勢しに行って下さい」

 それは願ってもない申し出だった。リズが簡単にやられるとは思っていないが、早く戻れるならそれに越したことはなかった。

「どの道、吸血鬼相手ではぼくも足手まといですからね」

 苦笑いするクラウスに、私はマリーの身体を引き渡す。

「カノンさま……」

 クラウスの腕の中で、マリーは心配そうにこちらを見上げていた。

「マリー。先程、あなたは『嘘をついた』と言いましたよね?」

「はい……」

「実は、私もなんです」

 驚くマリーに向かって、私は片目を閉じてみせた。


「本当は、リズ様のことが心配でしょうがないんですよ」


「カノンさま……ずるいです」

 マリーは、笑っているような怒っているような、その中間のような顔をした。

「ではクラウス殿。あとは頼みます。外に出ればあなたのお仲間が待っているはずです」

「わかりました。それと、カノン嬢」

 付け加えるように、クラウスは言った。


「吸血鬼のことで、あなたにお伝えしておきたいことがあります」



 私が戻った時点で、戦いの場所は動いていた。

 先程までは狭い通路での交戦だったが、もう少し先に進んだ広間に移動していた。

 目に入ったその広間は、手に持った松明で照らす必要もないほど明るかった。

 しかし、そこに広がっていたのは異様としか言えない光景だった。周囲を取り囲むようにして壁に埋め込まれた燭台は、多くの人間を明るく照らしていた。

 正確には、元はヒトだったモノ、である。

 首、肩、腕などが噛まれて真っ赤に染まっているモノ。手足が欠損し、壊れた人形のようになっているモノ。それらがあちこちに放置されていた。

 これが、「食糧庫」の実態だった。

 この場にマリーがいなくて良かったと、心から思った。

「……リズ様」

 私は、剣を構えてにらみ合っている後ろ姿に声をかけた。

「マリーは無事です。それと、クラウス殿も」

「……そう」

 リズは振り返らないまま、呟くように言った。どこかほっとした声だった。

「お前、ニンゲン……っ!」

 吸血鬼は私の姿を認めると、一際鋭い目を向けてきた。

「――カノン、来るわっ!」

 リズが言葉を発した瞬間、吸血鬼が動いた。両手を身体の横に下げた状態で、勢い良く駆けてくる。一見すると無防備に見える行動だったが、決定的に違うのは速度だった。勢いに乗った馬のような速度で、あっという間に私たちとの距離を詰めた。

 私とリズは示し合わせることなく左右に分かれて跳び、片手を付きながら一回転して着地する。私は左手に持っていた松明を地面に置いて、右手でナイフを抜いた。

 吸血鬼が一度私たちの横を通り過ぎた後、反転してこちらに向かって来るのが見えた。どうやら自分の獲物を持っていかれたことが相当頭に来ているようだ。

 一度手を付けた獲物に対する強烈なまでの執着は、まるで熊だなと思った。

 私は相手の腕が届く寸前のタイミングで後ろに跳んだ。吸血鬼の鋭い爪が空を切ったのを見て、その無防備になった右腕に向けてナイフを払った。ざくり、という鈍い音と共に、吸血鬼の腕から鮮血が飛び散る。

――少し浅かったか。

 内心で呟きながら追撃を入れようとナイフを構え直したが、吸血鬼は舌打ちを残しながら後ろに下がった。直後、リズの剣が地面を抉った。

「ニンゲン、なかなかやる。食べるの、惜しい」

 距離を取った吸血鬼は、だらしなく腕を垂らしながら言った。その間も斬りつけた右腕からはぼたぼたと血が流れている。だがそう思ったのも束の間で、流れる血はすぐに止まった。

「面倒ね」

 リズはぽつりと呟いた。

「斬っても斬ってもすぐ再生されるんじゃ、斬り甲斐が無いわね」

「そんなこと、ない」

 リズの呟きに、吸血鬼が反応した。

「斬られると、痛い。服も、ボロボロになる。それは困る。お前らと、同じ」

「ふん。化け物と同じだなんて、とっても光栄ね!」

 リズは言葉に殺意を乗せながら、再び剣を構えた。

 たった一太刀だったが、今ので吸血鬼の強さを知ることができた。

 吸血鬼の強さは、その理解不能なまでの再生能力にある。これは単に負った傷がたちまち回復する保険というだけに留まらない。

 その能力のおかげで、吸血鬼は相手の攻撃に()()ということがない。

 こちらの一撃に対して、相手は文字通りその身を犠牲にして前に踏み込んでくる。仮に腕一本を斬り落としても、残った方の腕で相手の命を刈り取る。当然ながら、命の削り合いでは勝負にならない。

 それを避けるためどうしてもアウトレンジ、つまりこちらの得物が届く且つ、相手の反撃をかわせる間合いを取らざるを得ない。そうすると必然的にこちらの攻撃もかわされやすく、決定打にはなりにくい。

 そして、このまま消耗戦を繰り広げても、不利なのはこちらだった。

「リズ様……」

「大丈夫よ」

 私が声を掛けると、先回りするように言った。

「確かに奴らの生命力は脅威よ。でも、不死身じゃない。欠損した部位は元に戻らないし、再生も、無限じゃない」

「前回は、どうされたのですか?」

「……前回は、倒せなかった」

 リズは少し険しい表情になった。

「最後に遭遇したのは十年前。あたしも未熟だったから、倒せなかった。みんなの協力もあって追い詰めたけど、逃げられた」

 十年前というと、リズが十五歳の時だ。

 その時の話や、「みんな」とは誰なのか。聞きたいことはあったが、今はそれどころではなかった。

「――作戦会議、終わったか」

 吸血鬼は先程斬られた右腕を軽く伸ばしながら言った。その声や表情からはまだまだ余裕が感じられる。

「そろそろ、お腹すいた。だから、いい加減、決める」

「言われなくても――」

「――その前に」

 リズが買い言葉を投げかけようとしたところで、私が口を挟んだ。


「吸血鬼。あなた、名前はありますか?」


「……カノン?」

「……どうして、そんなこと聞く?」

 私の発言に、吸血鬼はおろか、リズまでも驚きの表情を浮かべた。

「別に、深い意味はありませんよ」

 私は足元に置いた松明を拾いながら言った。

「ただ、名前を知っていた方が個体判別がしやすいと思いまして」

「…………」

「まあ、無理にとは言いませんよ。その時はこちらも勝手に呼ぶだけです」

 吸血鬼はしばし無言だった。だが、唐突に口角を上げてにやりと笑った。

「ニンゲン、面白い。そんなこと言う奴、初めて」

「それは、どうも」

「いいだろう。私、ミリ。ニンゲン、名前は?」

 名乗りを上げた吸血鬼――ミリに対して、私も返事を返した。


「私はカノンと言います。そして、こちらがリズペットです。別に覚えなくて良いですよ。あなたはここで殺すので」


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