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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第三章
38/104

遭遇、吸血鬼

 吸血鬼は非常に珍しく、且つ謎が多い種族である。私も話程度は聞いたことがあるが、実際に遭遇したことはなかった。

 わかっていることは、奴らは非常に長寿で、個体数が少なく、脅威的な生命力で少々の傷はすぐに治癒し、日の光に弱く、そして、圧倒的な戦闘力を保有していることだ。

 加えて、奴らには人の言語を解する知能があり、相手の弱点を攻めたり、逆に自身の弱点を隠したりできる強みがある。その点において、ドレイクドラゴンのような本能のみで生きる魔物とは一線を画していた。

 その吸血鬼が、今まさに目の前にいる。

 私は思わず息を飲んだ。

「ここ、私の家。急にずかずか上がり込んで、迷惑。ニンゲン、常識ない」

 足元に転がったマリーの松明を蹴り飛ばしながら、やや片言で吸血鬼は語る。見た目は人間だったら十歳ぐらいだろうか。変な感想だが、年相応という言葉が頭に浮かんだ。

「カノン」

 リズは剣を構えたまま、振り返らずに言った。

「マリーを連れて、一度離脱しなさい」

「リズ様、私も戦います」

「あたしは大丈夫。それより、マリーが心配よ」

 マリーは私の手の中で、力なくぐったりとしていた。チュニックは脇腹から胸にかけて大きく避け、割れ目から覗いた肌から血が流れていた。

 すぐにでも、安全な場所で治療を施してあげる必要があった。

「……無視しないで。これだからニンゲン、嫌い」

「——気安く話しかけるんじゃないわよ。この化け物」

 やや気の抜けたような口調の吸血鬼に対し、リズは強い口調で言い返す。

 その言葉には、殺意すらこもっていた。

「あんたたちは所詮、あたしたち人間を食べ物としか見ていないんだから」

「そっちこそ。ニンゲン、野蛮。すぐに襲ってくる」

「そうね。あたしはそうだけど、そうじゃない人間もいたんじゃないかしら?」

「いた。この前のニンゲン、そうだった。ニンゲンの男。事を構えるつもりはない、言ってた」

 そして、吸血鬼は何でもないことのように言った。


「でも、よくわからなかったから()()()


「……やっぱり、クラウスは重大なミスを犯したわね。()()()()()()()()()と交渉なんかしちゃいけないのよ」

 リズは剣を両手で持ち、側頭部で構えた。

 一方の吸血鬼は、特に構えを取ることなく棒立ちだった。

 一瞬の沈黙の後、リズが跳んだ。迷いなく突き出された剣先は吸血鬼の頭を狙っていた。

 吸血鬼はその剣先を首を最小限捻ってかわすと、すぐさま後ろに跳んだ。直後、リズの剣が元いた場所を薙ぎ払う。

「——へぇ」

 吸血鬼は感心したように言う。

「結構速い。ニンゲンのくせに、よくやる」

 リズは答えなかった。相変わらず鋭い眼光を相手に向けていた。

 続けて、リズは剣を水平に構え、一歩踏み出した。吸血鬼は変わらず、不敵に笑っている。まるで、戦いを楽しんでいるかのようだった。

 その後もリズの剣戟を素早い動きでかわしていく。リズも攻撃の手を緩めず、二度、三度と剣を振るう。

 そして、リズが四度目の攻撃に移ろうとしたところで、吸血鬼は足を止め、剣先に向かって右腕を差し出した。

 私は一瞬、その行動の意図が読めなかった。リズの剣は片腕一本で止められるものではない。如何に吸血鬼の身体が頑丈であろうと、骨ごと切り飛ばして終わりだ。

 だが、そうはならなかった。

 相手の動きを見たリズは、今まさに振るおうとしていた剣の腕を止め、逆に一歩、二歩と後ろに下がった。

「……ニンゲン」

 意外そうな顔をしたのは、吸血鬼の方だった。

「お前、私たちと戦ったこと、あるな?」

「肉を切らせて骨を断つ。腕を犠牲にする代わりにカウンターで相手の首筋を掻っ切る。あんたたちの常套手段だったわよね?」

 そう言って、リズは改めて剣を構えた。

「さあカノン、早く行きなさい!」

 リズの言葉を受けて、私はぐったりとしたマリーの身体を抱えて立ち上がる。

「おい! 私の食べ物、持ってくな!」

 吸血鬼は叫んでこちらを睨みつける。ただし、私に向かって飛びかかろうとした動きは、リズの剣によって阻止された。

「ニンゲン! 邪魔、するな!」

「頼んだわよ! カノン!」

 二つの声を背後に聞きながら、私は急いでその場を離れた。


 

 リズと吸血鬼の声が届かなくなる場所まで戻ったのを確認して、私はマリーを地面に寝かせた。

「うっ……」

 マリーがうめき声を上げる。ここに来る道中で意識は取り戻したようだった。

「カノンさま……」

「喋らないで」

 私はぼろぼろに割けたチュニックを脱がせながら答える。

「わたし、死にますか?」

「この程度の傷では死にませんよ」

 実際、出血はひどいが傷自体は大したことがない。止血さえできれば命に関わるようなケガではないように見えた。

 ただ、身体以上に心に対して傷を負っているようだった。

「カノンさま……わたしは役立たずです……」

「そんなことはありません。マリーはよくやっています」

「違うんです……わたしは一つ、嘘をついたんです……」

 弱々しい口調で、マリーは続ける。

「みなさんの前で言いました……『わたしたちは立ち向かいました』と。でも嘘です。だってあの時わたしは、吸血鬼を前にして一歩も動けなかったんですから……」

 私は無言で、治療の手を進めた。薬草や医薬品が無い現状、できることは止血することぐらいだった。本当は傷口も消毒した方が良いのだが、今は流れる血を止めることが先決だった。

「ずるいですよね……? 卑怯ですよね……? これじゃあまるで、彼は私のために犠牲になったようなものじゃないですか……」

「まだ、死んだと決まったわけじゃないですよ」

「気休めはやめて下さい……。『食糧庫』って、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 私はマリーの言葉を否定しなかった。薄々わかっていたことではあった。

 一体誰にとっての「()()」なのかということは、いずれわかることだった。

「……止血は終わりました。具合はどうですか?」

 私に言われて、マリーは包帯の上から傷口をなぞるように触った後で、「はい、大丈夫です……」と言った。

 応急治療は終わったので、あとはマリーを安全な場所まで連れて行くだけだ。

「……嫌です。下ろして下さい」

 私が身体を持ち上げると、マリーは抗議の声を上げた。

「マリー、こんな時にわがままは——」

「わたしのことは放っておいて、カノンさまはリズペットさまを助けに行って下さい」

「馬鹿なことは言わないで下さい。まだ盗賊の残党が残っているかもしれないんですよ?」

「大丈夫、です。敵はほとんど見てないですし、一応わたしもCランク冒険者です。盗賊相手に、遅れは取りません」

「そういう問題ではありません」

「それに、これ以上、みんなの足を引っ張りたくない……」

 言いながら、マリーはぽろぽろと涙を零した。自責と罪悪感が形となった、そんな涙に見えた。

 それでも私はマリーの身体を抱えたまま、入口に向かって歩き始めた。

「カノンさま……っ!」

「——申し訳ありませんが、あなたの頼みは聞けないです」

 私は、敢えて突き放すように言った。


「私は、あなたのことをリズ様から託されていますので」


「どうして……?」

 マリーは信じられない、という表情で首を振った。

「リズペットさまのこと、怖くないんですか? 心配じゃないんですか?」

「はい。怖くはありませんし、心配でもありません」

「それは……リズペットさまが強いからですか?」

「否定はしませんが、そうではありません」

「それじゃあどうして……?」

「簡単な話ですよ」

 確かに、リズは強い。「一騎当千」「歩く攻城兵器」と呼ばれることもある。本来、彼女に仲間など必要無い。

 そんなリズが、私に託したのだ。「頼む」と言ったのだ。

 私は、そんなリズのことを——。

「——信じると、決めたので」

 その瞬間、私は人の気配を感じ取った。


「——そこに、誰かいるんですか?」


 ふと、前方から声が聞こえた。私はマリーを抱えながら警戒を強める。暗闇の向こうから、こつこつと地面を歩く足音が聞こえる。

 しかし、その警戒はまもなく解かれた。

「……カノン嬢? それに、マリー?」

 視線の先にいたのは、見慣れたスキンヘッドの男——クラウスだった。


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