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「教団」

「少々手ぬるいのではありませんか?」

「教団」施設の一室で、椅子に腰を掛けながら私からの報告を聞き終えた()()は、開口一番でそう言った。

 ()()に名前は無かった。私たちは「聖女」、または「シスター」と呼ぶ存在だった。

「『教団』からの要請には応えています。何か問題でも?」

「ナンバー十三(サーティーン)。あなたのことはナンバー(ファイブ)からも聞いています」

 ナンバー(ファイブ)とは、つまりノアのことである。

 聖女はナンバーズを統括・監督する立場なので、当然ながらノアからも報告を受けていた。

「リズペット・ガーランドの実力とあなた自身の能力を、『教団』は高く評価しているのですよ」

「つまり、これでは足りないと?」

 聖女は答えなかった。仮面のような無表情で、まっすぐこちらを見据えるだけだった。

「……報告にも上げている通り、彼女は非常に気まぐれなのです。こちらから働きかけたところで、彼女が関心を持つとは限りません」

「それが手ぬるいと言っているのです」

 にべもなく、聖女は言い放った。

「わたしたちの使命は重いのです。来るべき『審判の日』のため、人々を導かねばなりません」

「それは……わかっています」

「教団」の目的は、端的に言うと世界平和である。

 世界平和とは、人間が人間らしく安心して暮らせる状態のことだ。

「教団」の教義では、世界が終末を迎える際に人々の信仰心が神によって試され、神に認められた人間は天国に行けるという。これが「審判の日」と呼ばれるものだ。

 その日のために、「教団」は平和を希求する。文字通りあらゆる手段を行使して、人々の暮らしや安全を守っている——これが表の側面だ。

 一方で、「教団」はそうした活動を通じて市民や貴族といった人々や国家、果ては社会全体にまで影響力を持つことを目的にしている。

 きれいな建前で人々を欺きつつ、自身の影響力を広げて信仰を拡大する——これが裏の側面である。

 ただし、そのための活動を遂行するには、「教団」という組織は小さ過ぎる。

 そこで「教団」は、冒険者に目を付けた。

 冒険者は元々、魔物が巣くう洞窟や建物に潜る者を指す職業だったが、一獲千金を夢見てその成り手が増加すると、彼らは魔物関連以外の依頼もこなすようになった。依頼者は村や街が主だったが、次第に裕福な貴族や国家も名乗りをあげるようになると、彼らの影響力は無視できないものとなった。

「いいですか、ナンバー十三(サーティーン)

 聖女は、聞き分けの悪い子供を諭すような口調で言った。

「高貴な者には果たすべき義務がある。優秀な冒険者たちは、自らの力の使い方をわかっていないのです」

「だから、私たちが導く必要があると?」

「それが『教団』として、果たすべき『役目』なのです」

「教団」の教義において、「役目」とは使命であり、生きる目的そのものである。「教団」に所属する者は全員、それを遂行する義務が課される。

 たとえ、その身を犠牲にしたとしても。

「しかし、相手の意思を無視した指導は反発を招きます。『教団』としても、彼女と敵対するのは本意ではないはずです」

「あなたは彼女と十分な信頼関係を築いていると、ナンバー(ファイブ)からは報告を受けています」

 にべもなく言われて、内心舌打ちをする。

「あなたが失敗している、とは言いません。ただ、予定通り事が進んでいるようにも見えない。それが『教団』の判断です」

 正直なところ、そう言われることは予想していた。

 私は、リズに対して直接的に「教団」からの要請を伝えて、そのように動くよう依頼するようなことはしていない。これは別に、彼女に対して遠慮しているわけではなく、そもそも気まぐれな彼女が言われたからと言ってその通り動くとは到底思えないのが理由だ。

 気まぐれな一方で、正義感の強いリズを動かすには、言葉よりも目の前に困っている人を差し出す方が効果的。

 それが、ここまでリズと行動を共にしてきた私なりの結論だった。

「それで、私はどうすれば?」

 違うやり方があるならむしろ教えて欲しい。私は皮肉っぽく聞き返した。

「ナンバー十三(サーティーン)。聞くところによると、あなたは冒険者になろうとしているそうですね」

「耳がお早いことで」

「ナンバー(ファイブ)から報告を受けています」

 私を冒険者に推挙してもらう。

 その意思をリズに伝え、話をノアに持っていたのはつい先日である。どうやらノアはかなり緊密に「教団」と連絡を取っているらしい。

 まったく何て素晴らしい仕事ぶりなのだろう。今度会ったら文句の一つでも言ってやりたい。

 心の中で恨み節を述べていたところで、聖女は私の目を見ながら言った。


「率直に言いましょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私はすぐに答えなかった。回答に窮したわけではない。痛いところを突かれた気持ちはない。それはあくまで「教団」の主観でしかない。

 ただ、私にも少しだけ、冷静になる時間が必要だった。

「あなたの目的は彼女と友好を結ぶことではありません。導くことなのです。彼女も含めた、よりよい世界のために」

「……それが『教団』の意思でしょうか?」

「無論です」

 聖女は淡々と答える。まるで本人に自由意思などなく、用意されている原稿を読み上げているかのようだった。それでいて、聞かれたくないところを容赦なく突いてくる。

 その姿は、見ていて憎たらしいほどだった。

「彼女——リズは大きな可能性を秘めた人物です。今はその可能性を自由に発揮させるべきです。心配せずとも、そう遠くない先に世界は彼女を知ることになるでしょう」

「それは理解しています。だからこそ——」

「——それで、前任者は失敗したのではありませんか?」

 私の言葉で、聖女は口を止めた。彼女の表情に変化は見られない。少しだけ目に力が入ったような、そんな気がする程度だった。

 少しの間、沈黙が続いた。

「……やれやれ。『教団』に対して面と向かって反論を試みるのはナンバー(ファイブ)とあなたぐらいですよ」

 聖女は苦笑するように目を閉じた後で、改めて私を見据えて言った。

「良いでしょう。もうしばらく、全ての手段をあなたの判断に委ねます。ただし、『教団』の判断は心にとめておきなさい」

 そう言って、聖女は椅子に深く背中を預けた。もう帰っても良いという合図だった。

 言いたいことはあったが、ひとまず妥協は引き出せたので、私としてもこれ以上ここに留まる理由はない。

「――すべては(オムニア)()我が父のために(プロ・パトレ・メオ)

 私は誓いの言葉を述べて、部屋を後にした。

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