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変わっていくもの

「ただ今戻りました」

 滞在している宿屋に戻ったのは、やや日が傾いた夕刻の時間だった。

 ノアと別れた後、本当はもう少し早く戻れたのだが、賊に殴られた頭の治療のため医者のところに立ち寄っていたせいで遅くなってしまった。

「大丈夫なの?」

 窓際に立っていたリズは私の頭——巻かれた包帯を見て言った。既に鎧は解かれ、動きやすい布のドレスの恰好だった。

「問題ありません。ちょっと出血しただけですので」

 本当はまだ痛みが残っており、包帯の上から触ると顔をしかめる程度には痛むのだが、嘘ではなかった。治療してもらう際に「どうしてもっと早く来なかったんですか!?」と怒られたのは秘密だ。

 リズは気にした様子はなく「そう」と言っただけだった。

 私は姿勢を正して、次のリズの言葉を待つ。

——さあ、次はキミの番だよ。しっかり怒られておいで。

 別れ際、ノアに言われた言葉を思い出す。リズの怒りはもっともだ。事前に何の相談もせず、単身敵のアジトに乗り込んで、結果的に負傷までした。前回無茶をするなと泣かれたにも関わらず、だ。

 ただ、今回は私にも言い分がある。次があったとしても私は同じ行動を採るだろう。

 今私ができることは、リズの怒りを受け止めることだけだ。

「カノン。ちょっと目を閉じて」

 内心身構える私の気持ちとは裏腹に、リズは穏やかな口調で言った。

——ああ、今回はそういう方向か。

 私は言われるまま素直に目を閉じた。視界が真っ暗になった後、こちらに近付く足音が聞こえた。

 それで彼女の気が済むのなら、甘んじて受けよう。

 まもなく来るであろう衝撃に備えて、私は歯を食いしばった。

 そして、次の瞬間——


 ごつん、という鈍い音が、私の後頭部から聞こえた。


「~~~っ!」

 思わず声にならない声が漏れた。あまりの激痛に身体を支えきれなくなり、反射的に包帯の上から頭を押さえながらその場にへたり込んだ。先程治療したばかりの箇所がズキズキと痛んだ。

「リ、リズ様っ……!」

 涙目になりながら抗議の目を向けると、リズは拳を握りながら、じっと私の方を見ていた。

 そして——

「ふふっ、ははははっ!」

 弾けるように、笑った。

 出会って以来、初めて見る表情だった。


「ほらやっぱり。大丈夫だなんて嘘じゃない」


 リズは、勝ち誇ったように言った。その表情は、まるで秘密を暴いた子供のようだった。

 主人の新たな一面を見られたのは喜ばしい一方で、やはり少し納得がいかない。

「リズ様、それは卑怯です……」

 彼女がやったことは、相手を突き倒しておいて「何転んでるのよ」と言っているようなものだ。

「何よ。ちょっと軽く小突いただけなのに、大袈裟ね」

 それはその通りかもしれないが、成人男性を手荷物のように片手で軽々持ち上げる腕力から見た「軽く」というのはおよそ信用ならなかった。

 私が尚も抗議の目を続けていると、唐突にリズはふふっ、と吹き出した。

 何を笑っているんだ。

 その気持ちを丁寧な言葉でどう伝えたものかと思案し始めたところで、リズは急に真面目な顔になった。

「あたし、カノンのこと勘違いしてた」

「……勘違い、ですか?」

「ドレイクドラゴンとの戦いの後から、ずっと無茶して欲しくないって、傷ついて欲しくないって思ってた。けど、カノンはそう思ってなかった。だから『無茶しないで』なんて言っても全然噛み合わなかった。今回だってそう」

「それは……」

「わかってる。今回はあのやり方が最善だった。事前にあたしに話さなかったことも含めて、カノンは正しかったと思う。カノンはいつだってあたしのことをよくわかってる。でも——」

 そう言って、リズはどこか寂しげな表情を浮かべた。


「あたしは、カノンのこと何にも知らない」


「そんなことは!」

 私は反射的に叫んだ。考えるより先に言葉が出ていた。

「……そんなことは、ない、です……」

 とにかく否定しないといけない。その気持ちだけで話し始めてしまったので、続く言葉が何も出てこない。

 何て、惨めな気持ちなんだ。

「ふふっ、ありがとう。でも大丈夫よ。あたしは過去を振り返らない主義だから」

 私の気持ちを汲んでか、リズは優しく笑った。

「だから、あたしはもうカノンに『無茶しないで』とは言わない。上っ面だけ優しい言葉をかけて、カノンのこと気遣ってる振りなんてしない。ただ——」

 そこまで言って、座り込む私に向かって右手を差し出した。

「カノンのこと、もっと理解できるように頑張る。だから、応援して欲しい」

 私は差し出された手とリズの顔を交互に見遣った。正直なところ、彼女の言葉の意味はまだわからなかった。

 ただ、答えは既に決まっていた。

 私が目の前の手を取ると、リズは私の身体を引き起こした。

「カノンのその呆けた表情、新鮮ね」

 リズは私の顔を見て、小さく笑った。

「——リズ様。それは卑怯です」

 それにつられて、思わず私も笑ってしまった。


「そういうわけでね」

 閑話休題、と言わんばかりにリズは話題を変えた。

「カノンはこれまで通り好きに動いてもらって良いけれど、何かあったらあたしにも相談してね。もしかしたら力になれるかもしれないし」

「ではリズ様。一つご相談が」

「あら。早いわね。何?」

 そこで私は、先程ノアと別れて以降、ずっと頭にあったことを話した。


「私を、冒険者に推挙して頂けませんか?」


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