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帰路

「貴様には礼を言わなければならないようだな」

 襲撃犯たちの身柄を憲兵たちに引き渡した後、私のところにダミアンが歩み寄って言った。

「身体を張ってわしの身を守ってくれたこと、誠に感謝する」

「……良いんですか?」

 頭を下げるダミアンに対して、私は聞き返す。

「既にご承知だと思いますが、私はギルドの使用人ではありません。結果的に我々はあなたを騙していたのですよ?」

「ああ。ギルドマスターから聞いている。だが、今となってはどうでも良いことだ」

 ダミアンはどこかすっきりとした表情で言った。

「貴様は言ったな。わしが死ぬつもりかと問うた際に『冗談じゃない』と」

「ああ……」

 まずい。聞かれていたか。

「わかっておる。あれは危険に赴く自分自身を、そして怯えるわしをも鼓舞する言葉だったのであろう? ギルドの依頼とはいえ、自ら不退転の思いで死地に赴く姿勢、立派であったぞ」

「ええ、まあ……はい」

 かなり都合の良い解釈をしてくれているが、本人は納得してくれているようなので、私は曖昧に笑うに留めた。

「わしは、金で動く冒険者というものを信用していなかった。金のために自ら保身に走る、誇りはなき者たちであると」

 そう言って、ダミアンは小さく笑った。

 まるで、無知だった自分を笑い飛ばしているかのようだった。

「だが、貴様のような者もいるとなると、わしも認識を改めないといかんのかもしれぬな……」

「閣下。私は——」

「お話しのところ申し訳ないのだけれど」

 冒険者ではない。そう訂正しようとしたところで、ダミアンの背後からリズの声が聞こえた。

「あなたを無事に送り届けるまでが護衛なの。もう危険は無いと思うけれど、念のためあなたを邸宅まで案内するわ」

「うむ。よろしく頼む」

「カノン」

 リズが私に向き直って言った。

「あなたはノアをギルドまで送っていきなさい。彼女、放っておくとまた迷子になるから」

「承知致しました」

「人を子供扱いして失礼な。否定はしないけど」

 私が頷いて同意すると、ノアが不満の声を上げた。

「それじゃあ、また後でね」

 そう言って、リズはダミアンを連れて歩いて行った。途中、「ご希望ならまたあたしが担いであげても良いのだけど?」「じ、自分で歩けるわい」というやり取りが聞こえた。短い付き合いながら、それなりに打ち解けていたのかもしれない。

「それじゃあ、ボクたちも行こうか」

 ノアは切り替えるように言うと、さも当然という顔で左手を差し出してきた。

「……何ですか、この手は」

「何って、もちろん手を繋ごうと言ってるんだ。ボクが迷子にならないように、ね」

「…………」

 ノアと手を繋ぐのはあまり良い思い出が無いのだが、この期に及んで何か仕掛けてくるのは考えにくいと思い直し、諦めてノアの手を取った。

「いやあ、キミの主人にはだいぶ怒られたよ」

 歩きながら、ノアは笑った。

「『どうしてカノンを一人で行かせたの!』だってさ。キミがわざと捕まってアジトごと壊滅させる作戦、それを知ってて黙認しただろうって。まあその通りなんだけど」

「ですが、これが一番手っ取り早かったと思っています」

 私は迷わず言い返す。もしかすると、私のやり方は最善ではなかったのかもしれない。リズがやったように、ノアのスキルを用いれば彼らのアジトを割り出すことはできたのだから、護衛の先にある本来の目的——ダミアン・アーミテージを脅かす賊の討伐はもっと簡単に成し得ただろう。義勇団の連中がもっと短気だったら人質をすぐに殺されていた可能性だってあるので、結果的に私は無用なリスクを犯したとも言える。

 だが、それは全てがうまくいった場合の理想であり、つまるところは結果論だ。

 逃げ遅れた仲間がいるとわかれば、連中もアジトの場所が割れる可能性を考慮してすぐに場所を変えていたかもしれない。そうなると連中を一網打尽にする機会は失われ、対策はまた一から考え直しとなる。それに、及び腰のダミアンを使って同じ機会を作ろうにも、自身が襲われたとあっては重い腰がさらに重くなる可能性が高い。ノアの言葉ではないが、どこの誰かもわからない敵対組織の調査をいちいちやっているほど、私たちは暇ではないのだ。

 私の言葉に対し、ノアは「まあね」と同意した。

「キミの言う通り、これが『教団』のやり方さ。でも、冒険者のやり方ではなかった」

「冒険者の、ですか?」

「詳しくはキミの主人に聞くと良い。正直なところ、ボクもあまりよくわかっていないのさ」

「ギルドマスターのあなたが言いますか」

「だからこそ、だよ」

 ノアは肩をすくめながら言った。人懐っこい話し方のせいで忘れそうになるが、彼女もまたナンバーズの一員であり、私と同類の人間だった。

 話を続けながらも私たちは歩みを進める。やがて狭い路地裏を抜けて大通りに出た。ここは先程ダミアンの馬車が襲われた現場でもあったが、既にその痕跡は無く、何事も無かったかのように多くの人々が行き交っていた。

「それはそうと——」

 私は話題を変え、気になっていたことを質問した。

「あの場にアーミテージ卿を連れてくるのは、正直意外でした。大方、リズ様かあなたが強要したのでしょうが」

 ダミアンの馬車が襲われ、戦いの中で私が誘拐されること。そこまでは予定通りだった。私にとっての計算外は、あの場にリズがあれ程早く駆け付けたことと、そこにダミアンがついてきたことだった。それらのどちらか一方でも無ければ、予定通り私が彼らを全滅させて片が付いていただろう。

 その予定と今回の結果、どちらが良かったのかは判断が付かないのだが。

「ああ、あれはアーミテージ卿本人が言ったんだよ。意外かもしれないけどね」

 最初、ノアが嘘を吐いたのだと思った。だが、私の疑問に答えるようにノアは続ける。

「ボクは止めたんだけどね。でもどうしても『わしも連れていけ』って聞かなくてね。全身ガタガタ震えて、今にも泣きそうな顔で。それでボクらも時間が無かったから、仕方なく連れて来たってわけ」

「でも、どうして急に……?」

「さあ。少なくともキミのせいだと思うけどね?」

「私の?」

「わからないけど、馬車の中でキミが説教をしたことで、彼も思うところがあったんじゃないかな」

 ノアから「説教」という言い回しを受けて、自分の発言が思い出されて急に恥ずかしさが込み上げてくる。

 はっきり言って、あの場で私が雇い主であるダミアンを論破する理由も無ければ利点も無かった。生死に関わる恐怖は人間の根幹にあたる部分であり、それを言葉の一つや二つで払拭することはそもそも不可能だ。

 だが、あの時は言わずにはいられなかった。

 それは私らしくなかったし、「教団」らしくもなかった。

 リズだったら、何と言ったのだろうか。

「ま、おかげで冒険者に対する印象も良くなったみたいだから、ボクらにとってはありがたい話だけどね」

 そう言って笑うノアの抜け目の無さに、私も苦笑するしかなかった。

「さて。ここまでで良いよ。送ってくれてありがとう」

 気が付いたら、視線の先には冒険者ギルドの建物が見えており、その入口で一人のメイド服の女性——クレアが大きく手を振っていた。

「最初の話に戻すけどさ」

 ノアはクレアに手を振り返しながら言った。

「カノン。キミは冒険者ではないのかもしれないけど、今や冒険者リズペットの立派なパートナーだ。今後はキミが彼女のやり方を覚えていかないといけないんじゃないかな」

「……どういう意味ですか?」

「アーミテージ卿と同じく、キミも変わらなきゃいけないってことさ」

 そう言って、ノアは掴んでいた手を離した。


 「さあ、次はキミの番だよ。しっかり怒られておいで」


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