護衛依頼
少し前、リズと私が冒険者ギルドを訪れた時まで遡る。
新たな依頼に先駆けて、私たちはダミアン・アーミテージという男について聞いていた。
「まあ、平たく言うとめんどくさいんだよね」
彼がどういう人物かを聞いた際、ノアは真っ先に身も蓋もない感想を述べた。
ノアの話によると、アーミテージ卿は非常に気難しい人物ということらしい。
利己心と自尊心が服を着て歩いている、と言われる一方、人一倍神経質で臆病なのだという。
「アーミテージ卿は産業、特に紡績業に積極的な投資をして、街の発展に貢献した男なのさ。一方で、新たな土地確保のために元々の住民を一方的な地上げで追い出すなど、なかなかにあくどいことをやっていて、一部の人間、特に貧困層には相当恨まれているらしい。正直、あんまり関わり合いになりたくない人物さ」
それでもギルドが彼を無視できないのは、彼が重要な出資者だからである。
最近、彼に脅迫状が送られてきた。送り主はヴァコダ義勇団を名乗っているが、早い話がこの近辺を縄張りとする無法者の集団であった。
ダミアンは大いに震えあがったが、周囲の家臣たちはこけ脅しだとして一笑にするよう進言した。だが後日、使用人の一人が謎の死を遂げると、ダミアンは一層恐怖し、屋敷から一歩も出なくなった。妻や子供たちにすら外出禁止を言い渡す徹底振りだった。
「そこで、彼はギルドに依頼してきたのさ」
「自分を護衛しろって?」
「いや違う。自分を付け狙う賊を討伐しろ、だってさ」
ノアは両手を上げて、呆れたように笑う。
「確かにボクらは何でも屋ではあるけど、何でもできるわけじゃない。第一、こういうのは治安維持を担う憲兵の仕事さ」
「……気の進まない仕事ね」
「ああ。だけど、ボクらは彼を無下にできない。何といっても彼は大事な金づる、じゃなかった出資者だからね」
「いっそ、トラブルの元凶の方を断った方がわかりやすいんじゃないかしら」
リズは不快感を隠さずに言った。半分は冗談なのだろうが、真面目で正義感の強いリズは今回の話を複雑な気持ちで受け止めているようだった。
「いずれにせよ、ここまでの話はアーミテージ卿とボクらの都合さ。キミたちは、ただ依頼を遂行してくれれば良い」
「……そのことなのですが」
ここで私は口を開いた。普段なら依頼の話はリズの領分で口を出すことはないのだが、リズには少し冷静になる時間が必要だと感じたからだ。
「先程ノアは私たちに『護衛』を依頼したいと言いました。一方で彼の要求は『賊の討伐』。両者には少し乖離があるように思うのですが」
「良い質問だね。結論から言うと、その二つは何ら矛盾しない」
ノアはにやりと笑って言った。
「先にも言った通り、ボクらは憲兵じゃない。治安維持のためにどこの誰かもわからない敵対組織の調査なんていちいちやってられない。それなら、向こうから出てきてもらえば良い」
「……アーミテージ卿を生餌にするつもりですか」
「人聞きが悪いなぁ。まあその通りなんだけど」
「……それでよく彼のことを『あくどい』なんて言えたわね」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
リズの指摘にも、ノアは気にした様子はなく言った。「教団」のナンバーズは本来表舞台に立つ人間ではない。武器を扱う能力はなくても、これが彼女にとっての「戦闘」であり、彼女の「領分」なのだろう。
「とはいえ、彼に万が一のことがあっては困るから、護衛はしっかり遂行してもらいたい。キミたちが賊に遅れを取るとは思っていないけど、だからと言って全滅させてしまっては得られる情報も得られなくなる。よって、今回の依頼の条件一つ目は『誰も殺さないこと』だ。特にリズペット」
「何であたしなのよ」
「……キミは自分が『生きる攻城兵器』であることを自覚した方が良い」
苦笑するノアに対し、リズは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。確かに、ドレイクドラゴンの首を落とす腕力で斬られて生き残れる人間はいない。
「わかったわよ。それで、『一つ目』ってことは他にも条件があるの?」
「ああ。だが安心して欲しい。条件はあと一つさ。その条件は、」
ノアはそこで一度言葉を区切り、私の方を見て言った。
「護衛は、カノン一人にやってもらいたい」
「はぁ!?」
ノアの言葉に、リズは素っ頓狂な声を上げた。
「厳密には、アーミテージ卿に同行するのはカノンだ。リズペット。キミは後方で待機して、何かあったら駆けつけて欲しい」
「だったら、最初からあたしも同行すれば良いじゃない!」
「いや、先にも言った通り彼は神経質でね。知らない人間を身近に置くのを極端に嫌がるんだ。あまり物々しい警備を付けるのは得策じゃないし、一人ぐらいならボクの使用人ということで説明できるだろう」
「だったら、カノンじゃなくてあたしでも……!」
「駄目だ。キミは偉い人への対応に慣れてなさそうだし、何よりキミは目立ち過ぎる。普段のキミがどれだけ周囲の注目を集めているか、そっちの従者はよく知っているんじゃないかな?」
そうなの、と言わんばかりにリズが私の方を見た。私は何も言わず、肩を竦めた。確かに、道行く誰もが振り返る美麗な女性が近くにいては「護衛している」と大々的に発表しているのと同じだ。まして今回は相手からお越し願うわけなので、あまり相手の警戒心を上げないに越したことはない。
「その点、カノンは適任だ。その実力はキミがよく知っているだろうし、見た目も地味で冴えない。武器や防具が無ければ市井に紛れてもほとんど目立たないだろう」
「……もしかして馬鹿にされていますか?」
「まさか。最大限に褒めているよ。それに――」
ノアは何かを言いかけたところで口を止めた。だがすぐに続きを話し始めた。
「――カノンなら適当にメイド服でも着せてあげれば、ボクの使用人として説明もできるだろうしね。あと言い忘れていたけど、護衛にはボクも同行するよ。彼の相手はボクがするから、カノンは護衛の方に集中してもらえれば良い」
それは、護衛対象が増えたということではないだろうか。
先程からリズは何かを言いたげだったが、言葉が出ずに歯ぎしりをしていた。言いたいことはあるが、ノアの言うことにも一理あるというのを理解しているのだろう。
「……カノンはどうなの?」
助けを求めるように、私の方を見て言った。
「私は、リズ様の決定に従います」
「……そうよね。カノンはそうなるわよね」
リズは諦めたように呟くと、ノアに向き直った。
「その依頼、請けるわ。ただカノンに何かあったらあたしも介入する。それで良いわね?」
「それでいい。ありがとう」
「お礼なんかいらない。報酬は忘れないでよ」
リズは乱暴に言ってそっぽを向く。彼女にとって余程気に入らない依頼なのだろう。
それから、私たちはクレアが持ってきてくれた紅茶を嗜みながら、いくつかの確認を行った後に解散した。護衛の開始タイミングは二日後、冒険者ギルドにて出資者を集めた会議が行われる時だ。
「――一応、確認ですが」
部屋を出る直前、私はノアに背中を向けたまま声を掛けた。
「私は先程言われた二つの条件を満たしつつ、目的を達成すれば良いんですよね」
「ああ。キミはキミの『役目』を果たしてもらえればいい」
ノアの返事を確認して、私は振り返らずにそのまま部屋を後にした。




