ギルドマスター
「……カノンにしては珍しく遅いと思ったら……」
待ち合わせの予定より少し——十五分程度遅れて来た私の姿を認めて、リズは呆れたように言った。
「申し訳ありません」
「いや、怒っているわけじゃないのよ。ただ驚いただけ。それに——」
そう言って、リズは私の背中にいる人物に目を向けた。
「あたしも、そっちの人に用があったし」
「やあ。こんなところからすまないね」
こんなところで悪かったな。
「……二人はお知り合いですか?」
「知り合いも何も……」
リズは少しだけ言いにくそうにした後、溜息交じりに続けた。
「そこの人が、あたしたちを呼び出したギルドマスターよ」
「えっ」
思わず肩越しのノアに目を遣る。そんな話は聞いていなかった。
「だって、聞かれてないからね」
私の疑問を察したノアは、先回りして言った。
「悪いね。騙すつもりはなかったんだ。ただまあ、ちょっとタイミングを逃したというか、それどころじゃなかったというか……」
ノアは少々トーンダウンしながら言い訳を並べる。どうやら、先程死にかけたことはそれなりに効いているようだった。
「カノン、ありがとう。ここまでで良いよ」
よっと、という掛け声と共に、ノアは私の背中から降りた。その後、少々ぎこちない足取りで私の前に出た。
「では、改めて」
彼女は、私の方を振り返って言った。
「ボクの名前はノア・テイバー。ここグレゴール支部でギルドマスターをやっている。あと、こう見えてボクはキミたちより年上だから敬うように」
ノアは、足りない身長で精一杯胸を張りながら言った。
年上だって話も聞いてないんだが。
初めて立ち入る冒険者ギルドの内装は、思っていたよりも立派だった。
床は簡素ながら赤いカーペットが敷かれ、吹き抜けの天井は開放感に溢れていた。レンガ造りで統一された壁は見た目にも美しく、各所に設置された窓から差し込む日光が建物全体を明るく保っていた。
私とリズの先頭に立つノアは、時折すれ違うギルド職員や冒険者に手を振りながら、迷いのない足取りで歩いていく。私の前ではいい加減だった彼女だが、ここでは信望と尊敬を集めているのが見て取れた。
「さて、着いたよ」
とある一室の前で足を止めたノアは、おもむろにドアをノックする。
どうぞ、という女性の声が聞こえたのを確認して、私たちは部屋に立ち入った。
室内は大きな机と椅子があるだけの簡素な部屋だった。机の上には大量の書類が散乱し、持ち主の性格を表現していた。
部屋の中央には、メイド姿の女性が立っていた。
「ギ、ギルドマスター! どこに行かれていたんですか!」
私たち、特にノアの姿を見た瞬間、女性は叫んだ。
「もう、心配したんですよ!? 街を歩いていたら急にいなくなるし、今日は予定があるのに時間には戻って来ないしで。待たされるこちらの身にもなって下さい!」
「ははっ、ごめんよ。ちょっと迷子になってたんだ」
「またですか! ギルドマスターは方向音痴なんですから外出時はわたしの傍を離れないようにといつもいつも……!」
「まあうん、説教はまた後で聞くからさ」
ノアは背後を指差すと、女性ははっとした表情になった。
「ああごめんなさい。今日はお客さまがいらっしゃるんでしたね。わたしはギルドマスターの身の回りのお世話を担当しております、クレアと申します。リズペット様は何度かお会いしておりますが、そちらの方は初めてですかね」
「はい、私は——」
「存じております。あなたがカノン様ですね。お話はかねがね伺っております」
冒険者でもない私がギルドの使用人に名を知られているのは意外だった。
だが、クレアの横でノアがわざとらしくウインクをしているので、どうやら彼女が話をしていたらしい。
「じゃあ悪いけど、クレアは席を外してくれるかな。彼女たちと話がしたい」
「承知致しました。後程お茶をお持ちしますね」
ごゆっくりどうぞ、と言い残して、クレアは部屋を後にした。
「……全く、クレアは素直で良い子だけど、ちょっと過保護なのが玉に瑕だね」
「そんな良い子を振り回している方に問題があると思うのだけれど?」
「まあ、違いないや」
リズの指摘に苦笑ながら、ノアは席に着いた。
「さて、と。今日はわざわざ来てもらってすまないね」
——早速だけど、仕事の話をしようじゃないか。
ノアは肘をつき、両手を顔の前で組みながら、私とリズに相対して言った。




