カノンとノア②
「ボクは戦闘タイプじゃないんだよ。キミと違ってね」
道端にへたり込みながら、観念したような表情でノアは言った。
「代わりにこうして人々の生活の中に溶け込んで、色々な情報を集めてそれを『教団』に報告する任務を行っているんだ。まあ、俗に言う諜報要員ってやつかな」
ノアのスキルは、相手の精神に干渉するタイプのものだ。
その威力は先程身を持って知ったばかりだが、直接対処できない分だけ厄介な代物だと言える。
「今日、『教団』から連絡があっただろう。どんな内容だったか当ててあげようか? 『ギルドでは新たな依頼が渡される。内容はギルドマスターから聞け』だ」
「随分急だった割に中身が無い連絡だとは思いましたが、あれは——」
「そう。あれはボクが用意したものさ。キミたちに別行動してもらうためにね」
リズは、私が『教団』の命を受けていること、そして定期的に連絡を取っていることを知っている。
私が内容を言わずにちょっとした用事と伝える時は間違いなく「教団」関連であると、彼女は理解していた。だから、自分も同行するとは言わない。
そして私が一人になったところに、ノアが接触してきた。
「でも、どうしてそんな回りくどいことを……」
私と会うだけだったらいくらでも、もっと直接的なやり方もあった。
少なくとも、わざわざ迷子の子供を装う必要はなかったはずだ。
「理由は単純だよ。ボクは会ってみたかったんだ。ナンバー十三ではなく、冒険者リズペット・ガーランドの従者・カノンとしてのキミとね」
「……それはどうも」
「だが、ちゃんと『従者』をやっているようで何よりだよ。そうでなくともリズは——」
「あなたがその呼び名を使わないで」
「……リズペットは気難しい人間だと有名だからね」
私が睨みを利かせると、ノアは肩をすくませながら言い直した。意外と素直ではあるのかもしれない。
しかし、すっかり時間を使ってしまった。
私は投擲した槍のところまで歩き、壁から引き抜いた。槍を背中に戻した後、ノアに向き直る。
「そろそろ行きましょうか。あまりリズ様を待たせたくないですし」
私が提案すると、ノアは何故か苦々しい表情になった。
「それには同意なんだが、その前に手を貸してくれないかい?」
「……今度は何を企んでいるんですか?」
「もうしないよ! ボクのスキルは事前に警戒されると効果が出にくいし、それに、次やったら今度こそ首を飛ばされそうだしさ!」
「それなら、一体どうしたんですか」
「そうではなくてだな。その、大変言いにくいんだが……さっきので腰が抜けてしまって立てないんだ」
「…………」
嫌々ながら、私はノアの右手を掴み、彼女の身体を引っ張り上げた。
「はい。これで歩けますか?」
「……ははっ、やっぱり無理、かもしれない」
ノアは引きつった顔で笑っていた。その足は生まれたての小鹿のように震えており、傍から見ても歩くどころではなかった。
「……わかりました。では私におぶさって下さい」
「いいのかい?」
「歩けないのだから仕方ないでしょう?」
「悪いね。それじゃ、よっと」
屈んだ私の背中に、ノアが飛び乗った。重さはさほどなく、歩くのに支障は無かった。
私はノアがしっかり首に手を回したのを確認して、歩き始めた。
全く、災難な一日だ。
「そう言えば、」
道中、背中にしがみ付くノアは思い出したように言った。
「最初、カノンは言ったよね。『どうして手を繋ぐ必要があるのか』だっけ?」
あれも、答えは簡単な話さ。
「だって、手を繋がないとはぐれて迷子になってしまうだろう?」
私は、ノアという人物がよくわからなくなってきた。




