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カノンとノア①

 ややあって、私は街中で出会った少女――ノアと共に冒険者ギルドを目指すことになった。のは良いのだが。

「あの、いつまで手を繋いでいるんですか?」

 先程、ノアとの自己紹介を済ませた際に(ほぼ一方的に)握手をさせられたのだが、それが終わった後もノアは手を放すことなく、私の手を握り続けていた。

 ノアが私の右手を捕まえた形なので、必然的にノアは私の右側に陣取っていた。

「固いことを言うなよ、カノっち」

「カノっちはやめて下さい」

「そうは言っても、初対面で『カノン』といきなり呼び捨てにするのはさすがに失礼だろう?」

「あだ名で呼ぶ方が余程失礼ですよ」

「そっちこそ、ボクみたいな子供相手にまでそんなかしこまった口調で喋らなくても良いんだぞ?」

「私はこちらの方が慣れていますので」

「それならボクもカノっち呼びでもいいじゃないか。ボクにとってはこっちの方が慣れてるんだ」

「…………」

 ……調子が狂う。

 私はリズを補佐する立場上、色々な人と「交渉」をするのだが、こういうタイプの相手はなかなかいない。

 こういう、目的があまり見えてこない話し手というのは。

「わぁーかったよ。そんなに嫌ならやめるよ。それならボクはキミのことを『カノン』と呼ぶことにするよ。これでいいかい?」

「……まあ、それなら」

「よし決まりだ! それじゃあカノン、先を急ごうじゃないか」

 そう言ってノアは私の手を引いた。何だか良いように扱われている気がするし、結局先程の質問――何故手を繋いだままなのかについては答えてもらってないが、時間が惜しいのは同感だった。

 私は内心腑に落ちない気持ちを抱えながら歩き始めた。

「冒険者ギルドはどのぐらい遠いんだい?」

「そんなに遠くないですよ」

「十分ぐらい?」

「まあそんなところです」

「ふむ、意外と近かったのだな」

 ノアは何かを納得したように呟いた。

 私は、気になっていた疑問を投げかけてみることにした。

「ノアは、この街の出身ではないのですか?」

「よくわかったね。その通りだよ。ちょっと用事があって立ち寄っただけさ」

「保護者……お連れの方とかは?」

「さっきまで一緒だったんだが途中ではぐれてしまった。全く困ったものだよね」

 同じことを、たぶん相手も思っているのではないだろうか。

「そう言えばカノンは、冒険者じゃないけど似たようなもんだ、って言ってたけど、どういう意味だい?」

「そのままの意味ですよ。私は冒険者ではないですが、冒険者の仕事の手伝いをしています」

「そうすると、たとえば冒険者の同行者がいる、とか?」

「正解です。よくわかりましたね」

「まあね。ボクもそっちの方には詳しいんだ」

 冒険者に詳しいとなると、学校か何かで学ぶ機会があったのだろうか。それとも彼女の同行者が冒険者なのだろうか。

「それで、その同行している冒険者の人とはどういう関係なんだい? 仲間? それとも恋人?」

 いきなり不躾な質問をしてくる少女だった。

 そんな質問に答えてあげる義理はないのだが、何となく、ノアには答えても良いような、そんな気分になった。

「主人、ですよ。あとその方は女性です」

「ふーん、主人ねぇ……」

 そう言って、ノアは少し考えこんだ。てっきりさらなる追求が来ると思って身構えていたが、肩透かしを食らった格好となった。それとも冒険者において主従関係というのは珍しくもない関係なのだろうか。

 気が付いたら、グレゴール郊外の路地裏に行き着いていた。周囲に人気はなく、道の脇は木箱や樽、あるいはゴミなどが散乱していた。

 当然ながら、街の中心部にある冒険者ギルドに向かうのにこんな場所を通る必要はない。どうやらノアとの会話に興じるあまり道を間違えてしまったようだ。

 私は立ち止まって、右隣のノアに話しかける。

「……すみません、どうやら道を間違えたみたいで――」

「カノンは、その人のことをどう思ってる?」

 ノアは、私の言葉を遮って言った。

「……どう思う、とは?」

「そのままだよ。カノンがその主人に対してどう思っているのか。好き? 嫌い?」

「尊敬していますよ」

「本当に? 本当にそうかい?」

「何が言いたいんですか」

「じゃあその主人は、カノンのことどう思ってるんだろうね?」

「それは――」

 私は言葉に窮した。正直、考えたこともなかったからだ。

 彼女――リズが、私をどう思っているか。

 便利な従者だと思っているのか。それとも――

「それとも、役立たずの無能、って思ってたりしてね」

 その言葉を聞いて、まるで止まっていた心臓がどくんと脈打ったかのような感覚に陥った。

 すぐさま否定しようとしたが、咄嗟に言葉が出てこなかった。

「ねえカノン、その人は本当に従うに値する人物なのかな?」

 目の前が揺れるような感覚の中で、ノアの声だけがはっきりと聞こえる。

「じゃあもう一度聞くね。カノンは、その主人のことをどう思ってるんだい?」

「わ、私は……」

 私は、リズ様のことが――


 私は右手を振り払い、勢い良く前方に跳んだ。

 その後空中で反転し、着地と同時に背中の槍を抜いた。

 先程私が立っていた場所には一人の少女――ノアがやや驚いたような表情で立っていた。

「あなたは……何者ですか?」

 私は喉を絞るように声を出した。ひどく喉が渇いている。まだ多少めまいがした。

 ノアは答えなかった。

「私に、何をしたんですか?」

「そんな怖い顔しないでくれよ」

 二度目の質問に、ようやくノアは答えた。

「ちょっとしたスキンシップじゃないか。お近付きの印、ってやつだよ。いや、スキルを使ったからスキルシップかな?」

 ノアは自分で言った冗談が面白かったかのように、くくっと笑った。

 私は、これっぽっちも笑えなかった。

「ボクは他人の精神に干渉するスキルが得意でね。今使ったのは『劣等』って呼んでるスキルで、人のネガティブな気持ちを引き出すものさ。さっきみたいに肌が触れ合っていると効果がより増すんだけど、それでもカノンから悪い気持ちを引き出せなかったんだから、よっぽどその主人が好きなん――」

「私の、」

 ノアが言い終わるよりも先に、私は槍を持った右手を振りかぶった。


「――()()()()()()()()()()()()


 叫ぶと同時に、槍を投擲した。

 勢いのついた槍は電撃のように、前方のノアに向かって飛んだ。

 そして、ノアの頭をかすめ、背後の木箱を粉々にし、埃が高く舞う。

 埃が収まった先には、レンガの壁に突き刺さった槍があった。

「……何故、かわさなかったのです?」

 私は腰のナイフに手を掛けながら言った。

 確かに、今の一撃はノアを直接狙ったものではなかった。ただし投擲自体はスキルも発動した全力のものだった。

 槍の軌道を瞬時に把握し、自分を狙ったものではないと判断し、動かなかった。

 まるで技を見切られているかのように。額に冷や汗が浮かんだ。

「バカにしてもらっちゃ困るね」

 ノアは先程までと変わらない様子で、笑いながら言った。


「あんなもん、反応できるわけないじゃないか……」


 そう言って、ノアはその場にへたれ込んだ。

「ごめんよぉ。まさかそんなに怒るとは思ってなかったんだ……」

 半泣きになるノアの表情を見て、私はナイフにかけた手を下した。

「……あなたは、何者です?」

「ボクはノアだよ。さすがはナンバー(ツー)だね。いや、今はナンバー十三(サーティーン)だったっけ?」

「……その名を知っているあなたは、もしかして、」

「そう。ボクはナンバー(ファイブ)。キミの同類だよ」

 そう言ってノアは、くたびれたように笑った。


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