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独白

 クラウスとはその後もいくつかの情報を交換した。彼のパーティーはドレイクドラゴンがいなくなった後のヴォイド山脈の交易路回復のため、調査及び残存する魔物の掃討の依頼を受け、明日にもこの地を離れるとのことだった。一方で私とリズはもう少しこの街に留まった後、新たな依頼をこなす予定だった。リズペット・ガーランドを頼りにする依頼は、文字通り山のようにあった。

「さて、そろそろぼくは失礼します」

 一通り話を終えた後、クラウスは席を立った。そして、ふと思い出したように言った。

「個人的なことですが、近々結婚することになりました」

「それはそれは。おめでとうございます」

「相手は、パーティーメンバーのマリーです。あなたもご存知でしょう?」

 マリー、という名前を聞いて、ヴォイド山脈道中で楽しそうに話をしてくれた女性の顔が思い浮かんだ。

「実は、プロポーズはずっと前にしていて、少し考えさせて欲しいということで返事は保留になっていたのですが、先日回答をもらうことができました。もしかしたら、リズ様やカノン嬢と話をして彼女も思うところがあったのかもしれませんね」

 言われてみて、当時の会話を思い出してみるが、特にそれらしい記憶には思い至らなかった。もし私やリズ様の会話がきっかけになったのだとしたら、そこから自分の行動を導き出した彼女自身の功績だろう。

「最後に、こちらをお受け取り下さい」

 そう言ってクラウスは、上着のポケットから銀の指輪を二つ取り出し、テーブルの上に置いた。装飾は無い簡素なものだったが、指輪には何やら文字が彫られている。

 私は、それが何かを知っていた。

「……それは以前、不要だとお伝えしたはずですが」

「ええ。ご存知の通りこれはパーティーメンバーの証みたいなものです。あなた方は既にメンバーではありませんが、そんな今だからこそお受け取り頂きたいのです」

「ですが、」

「一時とはいえ、ぼくたちは同じ仲間だったのです。結果的に道を違えることにはなりましたが、そのことだけはどうか覚えておいて頂きたい。どうしてもいらなければ適当に換金してもらって構いません」

「……そこまで仰るのであれば、頂きましょう」

 私はテーブルに置かれた二つの指輪、私とリズの分を手に取り、右のポケットに入れた。

「こんな品に頼らなくとも、私はあなた方のことは忘れないですよ?」

「そうかもしれませんが、まあ気持ちの問題ですよ」

 そう言って軽く笑った後、クラウスは「それではまたいつか」と残して店を後にした。

 私はその背中を見送った後、しばらくしてから席を立った。


 ……今回は、色々と想定外なことが多かった。

 ドレイクドラゴンは元々「教団」から指定された討伐対象の一体だった。「教団」が信仰を集めるため、人々の生活を脅かし、不安に陥れる強大な魔物はすぐにでも排除する必要があった。正義感の強いリズをその気させるのはそれほど難しくない。困っている住民の声を聞けば、こちらが止めても向かおうとするだろう。一方で、世間知らずの彼女はドレイクドラゴンがどれほど人々、特に冒険者から恐れられていることをわかっていない。急に方針転換をして、ドレイクドラゴンを討伐すると言えばメンバーは反発し、パーティーはバラバラになることは想像に難くなかった。

 想定外だったのは、クラウスが思っていたよりも早くパーティーを掌握したことだった。

 私にとって最悪なのは、彼らが私たちと一緒にドレイクドラゴンの討伐に参加したいと言い出すことだった。

 リズはわがままで自分勝手であると同時に、一度仲間と決めた人間のことは何があっても守ろうとする。パーティーでの戦闘時に誰よりも最前線で戦っていたのは、他メンバーを危険に晒したくない気持ちの現れだ。ドレイクドラゴンとの戦いの時に、足手まといにいられてはリズが全力を発揮することができないばかりか、最悪負ける可能性まであった。

 結果的にクラウスは勇敢な臆病さを発揮してくれて、道中の支援までに留めてくれたことが幸いした。そうでなければ、私はどんな手を使ってでも彼らを追い払うか、何とかして戦いを回避する必要があっただろう。

 そしてもう一つ想定外だったのは、私が負傷したことに対して、リズがあれほどまでに動揺したことだ。

 今回の件で、彼女が危険な依頼に対して消極的になるような事態は避けなければならない。

 彼女には、まだまだ働いてもらわなければならないのだ。「教団」のために。

 そして、私のために。


 私はポケットに手を入れ、先程受け取った指輪を握りしめる。

——一時とはいえ、ぼくたちは同じ仲間だったのです。

 それは違う。

 リズの「仲間」はこの私だ。

 私以外の、彼女に不要な人間は全て排除しなければならない。

 たとえ、どんな手を使おうとも——。

 私は握りしめた手を取り出し、手の中の指輪を近くの池に向かって放り投げた。

 ぽちゃん、という音の余韻に浸ることもなく、私はリズの待つ宿への帰路についた。


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