決戦、その後
どすんと音を立てて落下したドレイクドラゴンの首を、私は呆然と見つめていた。
その意味がわかったのと同時に、全身から力が抜けた。
「……リズ、様」
目の前には、いつの間にかリズが立っていた。
リズは無言で首が無くなったドレイクドラゴンの身体を見上げていた。そして生命を失った身体が大きな音を立てて倒れるのを見届けてから、構えていた剣を鞘に戻した。
全身は血で染まり、白銀の鎧も一部損傷が見て取れたが、本人に目立った外傷は確認できなかった。あれだけの戦いを経てもなお、彼女は傷を負うことがなかったのだ。さすがとしか言いようがない。
心の中で感心していると、リズはようやく私を見た。地面に座り込んでいる私を、上から見下ろしている。
一瞬、リズの顔が険しくなった。
「…………」
私を見るその目は、ひどく冷たいものだった。
——まあ、それも当然か。
今回、私は三つのミスを犯した。一つは私が事前の作戦——リズの後方支援に徹する——通り動かなかったこと。二つは無様にやられて崖から落下し、救助が必要になったこと。そして三つは、その挙句自力での撃退も叶わず、主人の助力を仰ぐ形になってしまったことだ。彼女が怒るのも道理だった。
リズは無言で私の前にゆっくりと歩み寄る。
どんなに怒鳴られ、どこまで罵られるかを想像しながら、彼女の言葉を待った。
そして彼女は、膝を折って目線を合わせ、
私を、静かに抱きしめた。
「……リズ様?」
「…………」
「リズ様、痛いです」
「…………」
「あの、私いま腕をケガしてしまっていて、その、あんまり強く抱きしめられると痛い、のですが」
「…………」
「……リズ様?」
「……どうして、あんな無茶をしたの?」
三度名前を呼び掛けたところで、ようやくリズは口を開いた。
「あたし言ったわよね? 無茶はするなって。危なくなったら退くって。あたし、言ったわよね?」
「それは……あのままでは徐々に不利になるのは明白であり、数的不利さえ何とかすればリズ様なら勝利できると考え……」
「それで死んじゃったら何にもならないじゃない!」
何かが決壊したかのように、リズは大声で叫んだ。きん、となった耳には、鼻をすする音が入ってきた。
「……ごめんなさい」
「どうして、リズ様が謝るのですか?」
「あたしがわがままを言ったばっかりに、あたしがドレイクドラゴンを討伐するって言ったばっかりに、カノンをこんな危険な目に遭わせてしまって、ごめんなさい、ごめんなさい……」
リズは、繰り返し謝罪の言葉を続ける。
壊れた人形のように同じ言葉を繰り返す姿に、私は胸が締め付けられるような、そんな痛みを覚えた。
「……謝らないで下さい」
私は右手で、リズの背中をぽんぽんと叩いた。
「リズ様は、人々のため正しいことをなそうとした。そして、それを手助けするのが私の務めなのです」
「……それは、『教団』の意思かしら?」
「否定は致しません。所詮私たちは『彼ら』の操り人形でしかありません。ですが同時に、これは紛れもなく、私の意思でもあるのです」
「カノンの、意思?」
「それに、無茶をしていたのはリズ様も同じではありませんか」
そう言うと、リズは身体を離した。私を見るその顔は、涙で濡らしながらも意外そうな表情だった。
「敵の強さがわからなくて、本当は不安で不安でしょうがないのに何でもないことのように気丈に振る舞って、作戦も自分が一番危険になるように自分を最前線に配置して、いざ戦ってみてうまくいかなくても自分で打開しようとして」
「……作戦に関しては、カノンも賛成してくれたじゃない」
「リズ様は自分勝手でわがままで、いつだって周囲を巻き込んで暴走して、協調性がなくて柔軟性がなくて世間知らずで常識知らずで」
「そこまで言うことないじゃない!」
「だからこそ、リズ様はもっと私を頼るべきです」
私は、力を込めて言った。
「完璧な人間などいません。誰にだって足りないところや抜けているところはあります。リズ様が大業を成し遂げたいのなら、人々のために何かを成したいのなら、そのために使えるものは何でも使うべきです。そのために——」
私が、いるのですから。
リズはしばし目を丸くしていた。その後、少し考えるように目を閉じてから、私の目を見て言った。
「今回は、カノンに助けられたわ。あのまま戦ってたら勝てなかったと思うし、炎を吐くのも知らなかったから、おかげで事前に対策できた。ありがとう。今後は、もっと頼らせてもらうわね」
そうして、リズはもう一度、私を強く抱きしめた。
リズ様、痛いですって。




